小学校のとき、理科の授業で太陽電池を使ったことがある人は多いのではないでしょうか。では、太陽電池そのものをつくったことはありますか?
「新しい技術を世の中に広めたい」「若者に世界を見せたい」と、太陽電池のキットを開発する、玉ねぎを利用したCO₂の回収など、精力的に活躍する群馬高専の藤野先生にお話を伺いました。
20年以上勤めたNTTを離れ、高専に
—先生の来歴について教えてください。
大学院ではプロセス工学を専攻し、有機物の物性を調べていました。身近な物ではレーザープリンタの感光体に使われている、基礎的な物質の研究です。
士課程修了後は日本電信電話公社、現在のNTTに入社しました。配属されたのも基礎研究部隊。半導体の新しい素材を生み出せないか試行錯誤していました。
半導体の多くに使われているシリコンは、基本的に固く重たいものです。それを印刷できる素材でつくろうとしていました。
プリンタブルエレクトロニクスと呼ばれる技術で、将来的には太陽電池や有機ELディスプレイを製作するプロセスを簡略化して、安価に仕上げることができます。
太陽電池を印刷できれば、大面積でも短時間で作製可能です。しかもポスターのように薄く、曲げられるプラスチック製。持ち運びや災害時の発電設備として使うことを目指していました。
—NTTには20年以上いらっしゃったんですよね。なぜ高専教員の道を選んだのですか?
40歳くらいのとき、子会社に出向する機会がありました。始まったばかりの新ビジネスで、おもしろいかなと思ったんです。
そのまま社長を目指してがんばる道もあったのですが「教育の世界に出てみたい」という気持ちが強くなって。再び本社の研究所に戻って研究の勘を取り戻したのち、群馬高専の公募に応募しました。
学生に広い世界を見せたい
—はじめての教育分野への挑戦。気を付けたことはありましたか。
学生に刺激を与えたかったですね。研究よりも、とにかく学生を育てることに専念しようと決めていました。
学校の授業っておもしろくないじゃないですか、教科書をめくるばっかりで(笑)。教室の外の、現実世界や研究の現場を見るべきだと思います。
私自身、博士課程の1年生でNTTの研究所に一カ月、愛知県の分子科学研究所に半年ほど研修に行ったことがありました。今でいうインターンシップですね。そこで研究の手伝いをして、非常に刺激を受けました。
施設が新しくてきれいで、普段使う手ごろな設備から大きな設備まで、最新のものがそろっている。研究費も潤沢にある様子を見て「こんなところに行きたい」と思ったんです。その経験が忘れられず、就職先にもNTTを選びました。
その経験から、学生に高専以外の景色を見せたい、という気持ちが強くありますね。私の研究室では、ほとんどの学生に卒業研究を学会発表させています。
―そのほか、取り組んだことはありますか?
工場見学を充実させようと入職当初から考えていて、担任を受けもったときには見学先決めの段階から学生を巻き込み、雰囲気を盛り上げることに務めました。
他には、まだ実現していませんが高専にとっての修学旅行である「社会見学旅行」で学生を海外に連れていきたい。台湾には世界シェアトップレベルの電子機器メーカーが数多くあります。そういった企業を見学する経験をさせてあげたいですね。
—学生のうちから海外の製造現場を見られるのはすごいことですよね。では、学生教育以外に取り組んでいることはありますか?
小中学生向けの太陽電池組み立てキットをつくりました。色素増感太陽電池の低コスト化を目指し研究していますが、新技術を開発して論文に書くだけではつまらない。新しいモノを世の中に広めたい、という思いがあります。
そこで、小学校高学年の子どもでも2~30分で完成させられる教材を考案しました。いろいろなイベントで使うために、自分の研究室で100個程度のキットを試作したんです。
群馬県生涯学習センターや文部科学省情報ひろばでの体験教室では、たくさんの小中学生や一般の方に楽しんでもらえました。
もっと購入しやすい価格で商品化するために、今後は原材料費を300円ほどに下げられないか、改良を考えています。
もう一つ取り組んでいるのは、たまねぎの栽培です。
—玉ねぎ?? 先生の研究と、何の関係があるのでしょうか……。
要は、環境問題を解決するための手段なんですよ。
玉ねぎが地球を救う?
CO₂の増加により、地球温暖化が懸念されています。発電所や工場から大量に排出されるCO₂を回収する技術はすでに確立されているんです。回収したCO₂については、液体や固体にして地殻や海底へ沈める方法や、水素と反応させてメタンガスなどに変換して利用する方法などが検討されています。
かえって大きなエネルギーを使ったり、大規模な設備が必要になったりと違和感を覚えました。そこで、玉ねぎにCO₂を固定させようと思いついたんです。
植物は光合成をしますよね。空気中のCO₂を吸収して育つ。これはまさにCO₂を固定して保存していることになります。
玉ねぎをCO₂が混合した空気(CO₂雰囲気)で水耕栽培しLEDを照射すると、通常の2倍以上の速さで成長することがわかりました。
玉ねぎは葉物野菜に比べると省スペースで育ち、保存もきいて流通させやすい。”固定化”にはぴったりなんです。
さらにLEDを太陽電池で光らせることができればもっと環境問題に貢献できる。今後は使いやすいCO₂分離膜も開発し、大気中のCO₂濃縮から安定した生産まで一貫した体制づくりを目指します。
大学生向けのレクチャーサイトをつくりたい
—今後、やりたいことを教えてください。
高専での教育経験をもとにして、練習問題を5分で解説する動画サイトをつくりたいと考えています。高校を卒業して大学に入った途端、勉強がわからなくなる学生は多いんじゃないかと思うんです。私自身、入学当初は苦労しました。
大学での学習は教科書通り覚えれば良いというものでもないし、先生にも気軽に聞けません。図書館やインターネットで調べるにも「何が分からないのか分からない」と初歩でつまずいている人は多いようです。
そこで、基本的な練習問題を5分ほどで解説する動画サイトを考えています。ゆくゆくは、ビデオチャットシステムを利用して一対一で教えるサービスも追加する予定です。理工系大学生にとって塾のような場所があれば、困っている人を助けられるかなと思います。
藤野 正家氏
Fujino Masaie
- 群馬工業高等専門学校 物質工学科 嘱託教授
1979年 京都工芸繊維大学 繊維学部 繊維化学科 卒
1984年 大阪大学大学院 工学研究科 プロセス工学専攻 博士課程 修了。日本電信電話公社(現NTT) 入社、武蔵野電気通信研究所 所属
2001年 NTT-ATアイピーシェアリング株式会社 企画営業部長
2005年 群馬工業高等専門学校 物質工学科 教授、2020年 同 嘱託教授
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