高専教員教員

気持ちは登山家——宇宙という山に“みんなで”アタックし続ける、研究者の挑戦

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気持ちは登山家——宇宙という山に“みんなで”アタックし続ける、研究者の挑戦のサムネイル画像

宇宙が好きという思いから研究者の道へと進み、現在もなお宇宙の謎に挑み続けている、大分工業高等専門学校の藤本教寛先生。挑戦し続ける姿勢が印象的な藤本先生について、学生時代から遡り、そのルーツを明らかにしました。

音楽に、ゲームに、小説に・・・多趣味な学生時代

―大学へ進学する前は、地元の高校に通っていたのですね。

地元の普通高校で3年間を過ごしました。当時は、進学の選択肢に高専は全くありませんでしたね。中学時代に所属していた剣道部で一緒だった女の子が地元の高専へ進学したと聞き、そこで初めて存在を知ったんです。

高校では様々なことに興味を持っていました。親父に教えてもらったギター、友人と通い詰めていたゲームセンターの音楽ゲーム、友人と書いていた小説、放課後の時間がとにかく楽しかったです。

1度だけ高校生ロックフェスに参加したこともあります。ベーシストが足りないからと声をかけられたのですが、フェスの2週間前に頼まれたので、焦って練習しました(笑)

―理系を選択したきっかけはありますか?

お友達2人と写真に写る藤本先生
▲小学生のころの藤本先生

小さい頃からSFモノが大好きだったのが大きいと思います。『スター・ウォーズ』は、セリフを覚えるほど見ていました。成長するにつれて、宇宙や科学者に憧れを持つようになり、進学を考えるようになった頃には、ライフワークとしてその道へ進みたいと思うようになりましたね。

理系に進むと決めたものの、大学選びはだいぶ迷いました。大都会は苦手ですが、田舎なのも嫌で、候補に挙がったのが九州大学と神戸大学です。両大学の赤本を解く中で、自由に考えて解く必要のある神戸大学の問題が好きで、神戸大なら私が理想とする大学での勉強ができるんじゃないかと思い、選びました。

―大学での生活はいかがでしたか?

バーベキューをする藤本先生と、研究室の方々
▲神戸大学の研究室メンバーでBBQ(右:藤本先生)

理学部は面白い先生や学生がたくさんいて、想像通りの学生生活でした。授業もバラエティに富んでいましたし、学生のキャラも個性的でした。理学部の友人と、女の子からモテるための方法について、大学の学食で延々と語り合った日々は今でも忘れません(笑)

また、ギター部に所属していたので、部活動での活動も印象深いです。神戸大のギター部は伝統があり、活動も活発でした。経験者はもちろん、初心者もいたのですが、真面目にやる部分もある一方で楽しい部分もあり、部の雰囲気は良かったと思います。

スーツを着てギターを弾く藤本先生と奥様
▲大学院生のころ、ギターコンクールに参加された藤本先生(左)。ご一緒に演奏されているのは、今の奥様

あと、当時よく活動していたホールが、『火垂るの墓』のモデルとなった場所でした。古い建物だなとは思っていましたが、まさか戦前からあったとは知らなかったんです。神戸ならではの出来事の1つでしたね。

5つある夢の中から選んだ、高専教員の道

―高専教員になられたきっかけを教えてください。

院生時代の私には、夢が5つありました。小説家、作曲家、ギタリスト、教師、そして研究者です。その中のどれかになれればと思っていましたが、好きな研究を続けたいとも思っていました。最終的には、博士課程へ進む道を選んでいます。

博士課程に進んでしばらくすると、学部時代からお世話になっていた素粒子実験の原先生に声をかけられました。その時に、明石高専の非常勤講師を紹介していただき、高専と関わりを持つようになったんです。

建物の前で集合写真を撮る皆さま
▲原先生の最終講義にて(前列中央:原先生、前列1番左:藤本先生)

そして、博士課程を修了する頃に、家族の都合で地元の大分に戻ることになったのですが、ちょうどその時に大分高専で教員の募集があったんです。高専教員になることは、そこで決意しました。大分に戻ることも、高専教員になることも学部生の頃は想像していなかったので、人生いろんなことがあるなと思いましたね。

―非常勤講師として教えていた頃の、高専に対するイメージはどのようなものでしたか?

高専出身ではなかったので、はじめの頃は1年生と5年生が一緒にいる空間に驚きました。普通なら高校生と大学生で、交わることのない年代ですから。ですが、普通高校っぽい一面もあったりして、私にとっては新鮮でした。

実は、高専の非常勤講師をしていた頃、再び原先生から声をかけていただき普通高校の非常勤講師としても教鞭をとっていました。ですので、高専と普通高校を同時に見ることができて、両者の違いや似ているところ、面白い部分を比較してみることができたと思います。

―指導をする上で、年代の違いから生まれる難しい点などはありますか?

学生のみなさまとピースサインをする藤本先生
▲大分高専の高専祭にて。学生のみなさんと(1番右:藤本先生)

部活動での指導に難しさを感じていますね。私はサッカー経験がないので、活動が4・5年生中心に行われ、上に立つ学年の雰囲気によって自然と部全体の雰囲気も左右されていきます。ですので、上下間のずれなど、部全体について気をつけなければなりません。

私は指導する際、1度相手の話を聞き、なるべくフェアな立場から話すように意識しています。どんな理由でそのような考えを持ち、そのような行動をとったのか、自分にはわからない背景が相手にもありますから。一方的に価値観を押し付けるのではなく、人間同士で向き合うようにしています。これは、神戸大学での恩師である坂本先生からの影響ですね。

スライドを見る研究室の皆さま
▲神戸大学の研究室セミナーにて(1番左:坂本先生、1番右:藤本先生)

好きなことにこだわり続けた、学生・研究者としての姿勢

―藤本先生のご専門について教えてください。

「宇宙はどのように始まり、どのようにして今の姿になったのか?」という疑問に答えるため、素粒子理論という分野を専門にしているのですが、その中でも「高次元」について考えています。縦・横・高さ・時間の4つの次元以外にも実は別の次元があるんじゃないか、ということは昔から検討されておりまして、私も学生の頃からずっと考えていました。

スライドを見せながら説明する藤本先生
▲韓国KIASでの招待セミナーにて

例えば、蟻について考えてみてください。蟻は、縦と横しか知らないため、壁にぶつかると行き詰まってしまいます。それと同様のことが現在起きていると考えられるのです。私たちは4つの次元しか知りませんが、それは気づいていないだけで、本当は存在しうるのではないか、ということですね。

実は、この考えを数式に当てはめて考えるとすんなり説明できます。これまで、宇宙について4次元という前提のもと数式上で考えると、行き詰まってしまうことがありました。ですが、次元が1つ増えるだけで式が成立してしまうのです。面白いですよね。これが、現実と数学上との違いだと思います。

―大学時代も同様の研究をされていたのですか?

学部生の頃から現在まで、一貫して同じテーマで研究を続けています。宇宙という1つの山に対して、昔から学者や研究者たち登り続けていますが、まだまだ謎が多いですね。私も挑戦を続けてはいるものの、途中で行き止まりになってしまいます。

院生時代は、同期が2〜3人いたのですが、研究室でこの考えはどうかとか、あれこれ議論しては各々自宅で計算して、確かめることの繰り返しでした。いざ次の日に計算式を見せあうと全く違ったりして、たくさん時間をかけてようやく少し前進する日々でしたね。

研究室で、先生と学生と笑顔で議論をされている藤本先生
▲神戸大学の研究室にて。先生も学生もみんなで一緒に議論します(1番左:理学部 教授(当時)の林(リン)先生、右から2番目:藤本先生)

ところで、素粒子理論の分野では、教授や先輩の研究者を先生と呼ぶのは禁止されています。私の恩師である坂本先生も、「坂本さん」と呼んでいました。これについて、坂本さんに聞いてみると、偉いのは教授ではなく宇宙であり、学生も教授も一緒に挑戦し続ける者同士だとおっしゃっていましたね。立場関係なく、対等に挑み続ける姿勢も素敵だなと思います。

―藤本先生の挑戦する姿勢は、学生時代から変わりませんね。

やってみるという姿勢については、大学進学時から続いているかもしれません。理系の中でも、工学部ではなく、マイナーな理学部を選んだこと、修士課程で終わらず、博士課程まで進んだこともそうです。これらの分岐においては、父親がいつも背中を押してくれていました。

理学は、就職先が多いわけではなく、宇宙という分野は産業界に直結した貢献ができるわけでもありません。ですが、アインシュタインの相対性理論が現在の社会に広く活用されているように、理学の考えが工学やその他の礎になることもあります。

学生2人と写真に写る藤本先生
▲大分高専の卒業式の日、藤本研究室の学生と(右:藤本先生)

このような考えは、高専の中にいるとより強く感じますね。高専は工学系がメインの学校なので、理学系の規模は小さく、論文の執筆にも時間がかかるため、成果を残すのにも時間がかかってしまうのです。しかし、研究者として素朴な疑問を研究し続けたら、いつか社会に貢献できる結果が残せるのではないかと考えています。

最近、地域の方に向けて公開講座を開いているんです。大分高専近辺の高等教育機関では、理学を専門にしている教授が少ないため、私ともう1人の先生で、相対性理論についての分かりやすい話をしたりしています。初めの頃は3人くらいでしたが、徐々に人数も増え、少しずつ浸透してきました。

スライドを見せながら解説をする藤本先生
▲大分高専の公開講座で講演される藤本先生

―最後に学生の皆さんにメッセージをお願いします。

自分に嘘をつかず、やりたいことをやってください。今ぐらいの年代ですと、本当はやりたいことがあっても、周りを気にして躊躇してしまうことがあると思います。ですが、打算的な選択は誰も幸せにしません。

これは、勉強だけでなく、人生全てに当てはまることですが、いろんな道を見て「やっぱりこれだ!」と思うものがあるのなら、ぜひ挑戦してみてほしいです。その方が、最後に振り返ったとき、自分を含めみんなにとっていい結果になると思います。

山頂で青空の下、写真に写る藤本先生
▲大分県にある久住山を登頂。神戸大学 物理学科時代からのご友人(右)とご一緒に

藤本 教寛
Yukihiro Fujimoto

  • 大分工業高等専門学校 一般科理系 准教授

藤本 教寛氏の写真

2005年3月 大分県立大分上野丘高等学校 卒業
2009年3月 神戸大学 理学部 物理学科 卒業
2011年3月 神戸大学 理学研究科 物理学専攻 修士課程 修了
 2012年4月~2012年9月 神戸市立工業高等専門学校(物理)非常勤講師(任期満了)
 2012年4月~2013年3月 兵庫県立長田高等学校(物理)非常勤講師(任期満了)
 2013年4月~2014年3月 明石工業高等専門学校(数学)非常勤講師(任期満了)
2013年9月 神戸大学 理学研究科 物理学専攻 博士課程 早期修了
2013年10月 神戸大学 理学研究科 物理学専攻 素粒子論研究室 日本学術振興会特別研究員
2014年4月 大阪大学大学院 理学研究科 物理学専攻 素粒子論研究室 日本学術振興会特別研究員
 2014年4月~2015年3月 神戸市立工業高等専門学校(物理)非常勤講師(任期満了)
2015年4月 大分工業高等専門学校 一般科理系 助教
2017年4月 同 講師
2020年4月より現職

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