社会に必要とされる力を身に付けるため、「自主探究」という独自の活動を行っている八戸高専。学生の柔軟な発想から、様々なものが生み出され、高い評価を受けています。自主探究に関する業務を担当されている八戸高専 馬渕雅生先生・中村嘉孝先生、実際に取り組んだ経験のある2名の学生にお話を伺いました。
学生全員が「世界初」への挑戦
―「自主探究活動」とは、どのようなものなのでしょうか。
馬渕先生:学生が主体となって自ら取り組みたい課題を見つけ、実験や観察、考察を繰り返しながら、解決のための答えを探究し、最終的に自分の言葉で発表するという活動です。自主探究で扱うテーマは、まだ誰も答えを出していない「世界初」の取り組みである必要があります。
可能な範囲で調べた上で、「世界初」だと胸を張って言えるテーマであれば、どんな分野を題材にしても構いません。ただ、方法としては科学的であること。「自分はこう思った」で終わりではなく、仮説を立てて検証し、報告書を書き上げて、1つのテーマを完結させます。
中村先生:これは、他の高専にはない取り組みです。もともと自主探究という活動を始めた背景には、文部科学省の方針として、課題解決力を身に付けるような教育が必要だと言われていたことがあります。
さらに、課題解決だけではなく、課題を発見できる人材が必要だとの意見が、中央教育審議会で提言されました。この背景にはAppleやGoogleなど、これまでの経済概念では出てこなかったビジネスモデルが急成長し、日本企業はどの様な商品を作ればヒットするのか分からなくなっている様です。
今までの画一的な教育を受けた結果、同じ発想しか生み出せない人材ではなく、各個人の興味、性格などから生み出される多種多様な視点を有する人が欲しいという産業界からの要望もありました。そこで社会の課題、人々の抱える問題などを発見できる柔軟な発想を持った人を育てる探究型の教育が注目され始めていました。
そういった背景があり、来年からは、全国全ての高校生が「探究型学習」という教育を受けることが定められました。それを何年も前から先取りして取り組んでいたのが、八戸高専の「自主探究」活動というわけなんです。
―八戸高専の「自主探究」には、どのような特色がありますか?
馬渕先生:高校の場合、毎週決められた時間に、先生の指導を受けながら取り組むことが多いです。一方、八戸高専では時間割に「自主探究」という時間はなく、学生それぞれが時間を見つけて取り組んでいるという点で、大きく異なっています。
また、自主探究において1番難しいのは、自分で課題を見つける段階です。そのため、春・夏学期には月に1回程度、教員が指導する時間を設け、1年を通して毎週水曜日には先輩が後輩に教える機会を設けています。教員が教えるよりも、先輩が生の体験を教えたほうが良い刺激になるんですよね。
中村先生:われわれ教員は、これまで経験してきた常識の中で、「これは難しいんじゃないかな?」といったネガティブな意見を出してしまいがちです。そうすると、学生が持っている柔軟な感性を潰しかねないんです。それをなるべく避け、学生の考えをできるだけ尊重したいという思いから、現在は先輩が後輩に指導する形態をとっています。そのおかげか、最近では柔軟なアイデアを出しやすい環境がつくれていると感じています。
ペン先の曲がらない「多色ボールペン」で特許を申請!
ここからは、自主探究活動で高い評価を受けた、八戸高専5年 豊島 遼太朗さんと河原木 康平さんに加わっていただきます。
―お2人はどのようなテーマで自主探究を行ったのですか?
河原木さん:普段使っているモノの中で何か改善できるものがないかを探していたところ、学生ということもあり、「文房具」にテーマを絞ることにしたんです。それから、身近にある文房具を観察していると、多色ボールペンのペン先が曲がっていることに気づきました。
豊島さん:単色ボールペンであれば、ノックすると真下にインクが出てきますが、多色ボールペンの場合、外側から内側に向けてインクが出るため、どうしても中心の軸から逸れて、ペン先が斜めになってしまうんですよね。なので、ペン先が真っすぐに安定した多色ボールペンをつくるために「ボールペンの機構を改良してみない?」という話になったんです。
念のため、学生を対象に多色ボールペンに関するアンケートを行ったところ、「改善したほうがいい」という意見が多かったため、最終的なテーマとして設定することにしました。
河原木さん:私は、ペンをノックした時に動く中身の部分の設計を担当し、豊島くんは多色ボールペンのボディの部分を、というように役割分担して、製作に取り掛かりました。
豊島さん:最終的には、お互いに3Dプリンターでつくったものを合わせて、これまでにはない機構を持った多色ボールペンの模型をつくることができました。それが結果的に特許申請という形になり、企業さんに興味を持っていただいたことから、製品化という話も出ています。
一生懸命に取り組んできた分、自分たちの取り組みに自信はありましたが、特許申請にまで進むとは想像もしていなかったので、驚きました。
―自主探究活動を通して、どのようなものが得られましたか?
河原木さん:製作にあたっては、3次元で設計ができる3DCADを使用したのですが、自主探究に取り組むまでは、触ったことすらなかったんです。そのため、インターネット等を使って独学で勉強していましたが、操作を覚えるまではかなり時間がかかりました。
苦労した部分ではありますが、自主探究がなければ身に付けることができなかった技術でもあります。やらされる活動ではなく、自分の興味を探究する中で新しい技術を身に付けることができたのは、幸せなことだなと感じています。
豊島さん:最初は、ペン先が曲がるという小さな発見だったのですが、それを形にした時にたくさんの人から「すごいね!」と言ってもらえたことが、自分の中では強く心に残っていて、どんな小さなアイデアでも、自分がしっかりと向き合い、形にすることで評価してもらえるということに気づくことができました。
また、高専の5年間で何を学んだのかを考えた時に、「自分たちが考えたもので特許を申請した」という目に見える結果があることは、今でも自信につながっています。
「自主探究」によって、社会で活躍できる人材を
―学生側から見て、八戸高専がこれからも自主探究活動を続けていくことについてどう思いますか?
河原木さん:高専の中で、八戸高専が先陣切って取り組んでいる活動なので、途切れることなく、八戸高専の代名詞になるくらい、続いてくれればいいなと思っています。
豊島さん:課題を見つけられる人材が必要ということは、企業からの意見としてもあると思うので、そのニーズに沿った教育システムは大切だと感じています。また、私自身、自主探究活動を通して、考える力や自分の言葉で説明する力を身に付けることができたため、この活動を続けていくことは学生にとっても必要な事だと思います。
―先生方から見て、自主探究によって学生のプラスになっていると感じるのはどのような部分ですか?
馬渕先生:自主探究のテーマを設定するにあたって、学生は「自分が本当にしたいことってなんだろう」、「自分が疑問に思っていることって何だろう」と考えるんですよね。そのように、自分自身と向き合う教育というのは、今までにないものではないかと思っています。
中村先生:プレゼンテーション能力というのも、かなり身に付いていると感じています。というのも、最終発表の際には教員や保護者の方から、細かいところまで厳しい質問が飛んできますし、研究計画や進行状況を報告するなど、プレゼンをする機会が非常に多いんですよね。そのような経験を通じて、先輩・後輩問わず大人の方ともコミュニケーションを取れる学生が育っているのかなとは思います。
自主探究活動の最終的な目標は、学生それぞれが自信を持って強くたくましく生き、社会に出てからも活躍していって欲しいということです。全国高専の中でも先陣を切ってここまで活動してきましたが、改善すべき部分はまだ残っています。今後もより良い「自主探究」活動のため、教員側もそのやり方についてきちんと「探究」していきたいです。
馬渕 雅生氏
Masao Mabuchi
- 八戸工業高等専門学校 総合科学教育科 教授
1986年 京都大学 理学部 卒業
1990年 新潟大学 理学研究科 修了
1991年 八戸工業高等専門学校 総合科学教育科 講師、2006年 同 准教授
2020年より現職
中村 嘉孝氏
Yoshitaka Nakamura
- 八戸工業高等専門学校 産業システム工学科(電気情報工学コース) 教授
1990年 岩手大学 工学部 電子工学科 卒業
1996年 山形大学 工学研究科 システム情報工学専攻 博士課程 修了
1996年 八戸工業高等専門学校 電気工学科 助手、2003年 同 講師、2006年 同 准教授
2021年より現職
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