九州大学大学院で博士号取得後、母校・熊本大学で教授を務められた後、沖縄高専に着任された伊原博隆(いはら ひろたか)校長先生。伊原校長先生は、なぜ母校での教員になることを選択されたのか。また沖縄高専の特徴や、学生に対しての思いについても伺いました。
チャレンジすることが大好きで、難しいほどアイデアが湧く
-伊原校長先生は、熊本大学をご卒業後、九州大学で博士号を取得したのちに、母校に戻って教員になられたんですね。
そうなんです。熊本大学大学院で修士課程を修了したのですが、その後は九州大学大学院に進学し、博士課程を修了しました。その後の進路を選ぶときに、いくつかの選択肢がありましたが、自分の古巣である熊本大学で教員になるという道を選びました。
熊本大学を選んだ理由はいくつかありました。最も大きな理由は有機合成のエキスパートであり恩師である山田 仁穂(やまだ きみほ)先生の下で「研究をさらに進化させたかったから」。さらに、山田先生の真面目な人柄にも惹かれていたので、「山田先生と一緒に研究したい」という思いで、母校での飛躍の道を選びました。
熊本大学での卒業研究では、「人工酵素を作る」という研究テーマを選択しました。当時はまだ創成期の研究分野で、困難な研究テーマだと説明を受けました。昔からチャレンジすることが大好きで、難しいといわれると、挑戦したくなる気持ちがあったんです(笑)。だから、人工酵素を作る難しさに惹かれて、人工酵素の研究には3年間のめり込みました。
―その後、九州大学に進まれたそうですね。
はい、そうです。そのときも複数の選択肢があって、その中から九州大学の博士課程に進学する道を選びました。
九州大学では「生体膜モデルの研究」をしたのですが、これは熊本大学で研究していた酵素モデルとの関連性もありましたが、むしろ、この分野のパイオニアである国武豊喜教授(※1)の下で新しい化学を学ぶ機会を選択しました。
※1 合成二分子膜(生体膜モデル)の研究で、その後、日本学士院賞(2001年)、文化勲章(2014年)、京都賞(2015年)等を受賞
生体膜は、簡単にいうと「細胞」の源となる組織のことです。生体膜の中に酵素も含まれているのですが、「酵素がより活躍するためには、どのような環境が必要なのか」という部分に興味をもち、生体膜モデルの研究をするようになったんです。自分の中では、酵素モデルから生体膜モデルに研究テーマが進化したと感じていました(笑)。
当時は、合成化学に基づいた生体膜モデルも研究する人は少なかったんです。学会などで「二番煎じ」といわれるのも嫌だったし、私がやる研究は「まだ誰も研究していない新しいものなんだ」という気持ちで常にポジティブに研究を進めていました。もちろん「研究かぶり」がないかは、後付けで調べていました(笑)。他に例がない研究ということで難しさはありましたが、私の中ではそれも楽しさとなっていましたね。
時代のせいにせず、自力で生き残っていくことが大切
-沖縄高専の特徴を教えてください。
沖縄高専は、2年後に創立20周年を迎えるまだまだ新しい学校です。だから、きれいで最新の設備が整った環境で学べるのは、沖縄高専でのメリットですよね。あとは沖縄らしい自由な校風なので、学生生活を自分なりに色付けできる楽しさもあるかと思います。
私は高専出身ではありませんが、沖縄高専の校長をさせていただく中で、高専のカリキュラムは大正解だと感じていますね。大学教授をしていたときに、普通高校から進学してきた学生と、高専から編入してきた学生の違いを見て、「高専から編入してきた学生は非常に質が高い」と感じていました。
高専って、何より大学受験から開放されるのが圧倒的なアドバンテージだと思います。スタート時点では普通高校と同様に一般科目を学びますが、早い時期から、基礎科学−専門科目−実践科目に触れることができます。こんな勉強が5年間みっちりできる場所、高専くらいしかありません。「自由な校風で高専のカリキュラムを学びたい」という人には、沖縄高専はぴったりだと思いますよ。
それに沖縄高専は、28年の時を経て創設された、たいへん新しい国立高専です。その分、時代に即した学科構成となっていて、モノづくり基盤を担う機械系の学科と、二つに情報系学科、そして沖縄ならではの生物資源工学系の学科があるのが特長です。この学科構成のアドバンテージを活かし、どの学科に進んでもICTやIoT、サイバーセキュリティのベースとなる情報基礎を学ぶことができます。
また、地域資源を活用したものづくりも活発で、沖縄高専ブランドの商品開発も進んでいます。地域貢献のマインドが高いことも、沖縄高専の特長の一つではないでしょうか。
―学生に向けて、セミナーも開かれたそうですね。
今年度から新たに「みらい創造セミナー」というイベントを立ち上げました。その第一回目を現2年生に向けて行ったんです。実は、私が沖縄高専に着任して初めての重い決断が「入学式の中止」でした。ここで入学式ができなかったのが、現2年生だったんですね。
もちろんコロナ禍という状況にあり、やむを得ない判断ではあったものの、入学式が開けなかったことは、新入生やその親御さんに対して本当に申し訳なかったと思っていました。そこでこの「みらい創造セミナー」を活用し、「未来のあなたのために〜For Your Beautiful Dream」と言う題目で、入学式を挙行できなかった2年生に、私なりのメッセージを伝えてみました。
私自身、学生時代に世界的な大不況、オイルショックを経験しました。大手新聞の第一面に「求人ゼロ」の活字が大きく見出しとなっていたことを今でも鮮明に覚えています。そのときに「こんな時代だからできることはないだろうか」、「時代のせいにするのではなく、自分の力で生き抜くこと」が大切だということを、このオイルショックの時代に学んだように思います。
今まで経験したことのないコロナ禍にあって、「今だからできること」を意識して、学生には生きてほしいんです。私の思いが、この「みらい創造セミナー」を通じて伝わっていれば嬉しいですね。
なお、第2回目の「みらい創造セミナー」では、高専機構の谷口功理事長をお招きし、全校生および全教職員に対して、「Social Doctor/Innovator として活躍する高専生」という題目で心強いメッセージをいただきました。
「個人力も組織力も強化すること」が、私の役割
-先生の今後の展望を教えて下さい。
私が沖縄高専に赴任してきた当初は、「沖縄高専の強みと弱み」を認識することから始めました。最初に感じたのは、「熱心な教育」と「活発な地域貢献」。この2点については、想像以上に優れていると感じました。
その一方で、「組織的な研究力」と言う点では物足りなさを感じました。ある意味、「自由な校風」が組織力の必要性を弱めている要因となっているのかもしれません。もちろん、この課題は短期間で解決できるとは思っていませんが、「組織力の強化」にはまず「個人力の向上」が重要と考え、教員と個別に向き合いながら、個々の長所を把握し、それを活かす方法を考えました。道半ばですが、この2年で私自身、かなり手応えを感じています。
一方、高められた個人力が集って組織研究に発展し、より高い目標を一丸となって目指す姿はこれからです。これについては個人力の強化より難しい課題かもしれません。
そこで再登場するのが、「難しいことこそやりたくなる」という自分の性格もあるのかもしれませんが、「個人力も組織力も両立して強化するための環境づくり」が、私の校長としての役割だと思っています。教員は皆、個性的。それぞれの研究も個性的。連携し、融合させて、組織としての研究レベルを上げていきたいですね。
あとは、「研究力強化」の一環として、「国際的な連携研究」にも力を入れたいと思っています。今はコロナ禍で国際的な交流も難しい世の中ですが、現在、この課題についても組織的な強化策を組み立てている最中です。研究力に優れ、国際的に活躍する教員が、高専教育のさらなるレベルアップに繋がると信じています。
実は、校長になってからも研究は続けているんです。もちろん「自分の手を動かして研究をする」ことはできませんから、「頭を使って研究すること」を今でも継続しています。考えることは誰にもとめられませんし、オンラインを活用して国際共同研究を進めることも可能です。
私のアイデアやアドバイスが、教員や学生たちの研究活動にインパクトやヒントになってくれたらと思います。そして、それが高専の研究力アップ、さらには教育力アップにつながれば嬉しいですね。
伊原 博隆氏
Hirotaka Ihara
- 沖縄工業高等専門学校 校長
1977年3月 熊本大学(工学部・合成化学科)卒業
1979年3月 熊本大学大学院(工学研究科・合成化学専攻) 修士課程 修了
1982年6月 九州大学大学院(工学研究科・合成化学専攻) 博士課程 修了
1982年7月 熊本大学 助手
1985年4月 熊本大学 講師
1988年3月 熊本大学 助教授
1997年4月 熊本大学 教授
2003年4月 九州大学 教授(先導物質化学研究所)
2004年4月 国立大学法人熊本大学 教授
2019年4月 国立大学法人熊本大学 名誉教授、シニア教授
2020年4月 国立高等専門学校機構 沖縄工業高等専門学校 校長
英国王立化学会フェロー(2001)、高分子学会賞(2014)、高分子学会フェロー(2015)、高分子科学功績賞(2018)
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