広島商船で高専時代を送った、東京高専電子工学科の水戸慎一郎先生。世界初の技術で物理乱数の生成に成功するなど、輝かしい研究成果を残されています。社会に役立つ技術の研究開発に勤しむ水戸先生に、これまでの足跡と研究についてインタビューしました。
ロボコンや研究に没頭した学生時代
―小・中学校時代はどのように過ごされましたか?
広島の田舎出身で、幼い頃は典型的な理科少年でした。河原や山で石を拾って種類分けしたり、ミニ四駆で遊んだりと、自然の中でのびのびと育ちましたね。中学時代は自然科学部で、理科室を自由に使わせてもらった記憶があります。理科が得意だったと言うより、どの教科も好きで、一番の得意科目は国語でした。どんな研究をするにも読解力は大切なので、今の仕事にも生きていると思います。
田舎だったので家の近くには高校がなく、進学先を考える必要がありました。「好きな理数系の勉強に注力したい」という思いもあり、広島商船の学校説明会に参加したのがきっかけで進学を決めました。
専門性が高い授業なので、特に理工系の勉強には苦労しましたが、半年ほどで慣れました。授業以外ではロボコン部に所属し、仲間たちとロボットの開発に明け暮れる日々。寮生だったので、22時半の門限ギリギリまで開発をして寮に戻り、夜食を食べ、レポートを書いて0時ごろに就寝。充実した学生生活でしたね。
―それからはどのような道を歩まれたのでしょうか。
先生に薦められたのがきっかけで、豊橋技科大へ進学することにしました。技科大では、電子工学系で一番厳しく実績もある井上研究室に所属しました。磁気光学効果を使い、情報処理速度の速い小型ディスプレイ(空間光変調器)を開発することがメインテーマで、教員や事務員など合わせて40人くらいの組織です。
厳しいだけではなく成果を出す研究室だったので、大変おもしろく研究できました。興味のある分野に集中できたし、自分で考えて筋道を立てるのが好きなタイプなので、私には向いていたのでしょう。1カ月に1回の成果報告会に向けて、みんなガツガツと研究に没頭していました。
井上先生は面倒見の良い熱いボスで、人材育成にも力を注いでおられました。早く卒業して独り立ちできるよう指導してくださったおかげで、期間短縮で博士号を取得。浮いた半年間でアリゾナ大学へ研究留学に行くことができました。
―留学の様子や、現地での思い出を教えてください。
現地では光ドップラー効果の研究をしながら、夜間は大学内にある語学学校(Center for English as a Second Language)で発音とビジネス英語のクラスを受講していました。研究室にはロシアや中国からの留学生が、語学学校には東南アジアやメキシコからの移民が多く在籍していて、多様性というものを初めて肌で感じられたと思います。
短い滞在期間でしたが、研究室の先生や現地の日本人組織が良くしてくれ、自宅のパーティに招かれたり、一緒にボルダリングに行ったりもしていました。
現地に入ったのが2011年の11月。アメリカでは12月にクリスマス休暇があるので、渡米してすぐに長期休暇に入りました。大学の近くにあるレンタカーショップで、「ダッジ・アベンジャー」というアメリカ車を借りて、高速を5~6時間走り、グランドキャニオン国立公園へ。奇妙な形をしたアンテロープ・キャニオンやパウエル湖、セドナなどの観光地を2泊3日で周りました。
世界最大の鉱物フェアとして知られる、ツーソンのジェムフェアへも自転車で遊びに行きました。方鉛鉱やカルサイトといった鉱物や、自分の誕生石であるアクアマリンの原石など、いくつか気になるものを買いました。小さい頃、石を集めるのが好きだったのが、こうしてつながるものなんですね(笑)。
異分野の融合で生まれた世界初の技術
―現在の研究について教えてください。
大きく2つあり、1つ目は「磁気光学乱数生成器」の開発です。「乱数」って、どんなものかわかりますか?
例えば、インターネットで情報をやり取りする場合、本来のデータに乱数を用いた処理を行い、意味が読み取れない状態にして送信されます。データが届くと、送信時に使ったら乱数を用いて元のデータに戻します。このようにして私たちは、高度なセキュリティ状態を保ちながらデータをやり取りしています。
また一方で、がんを発症する確率や株価の変動など、社会ではさまざまな状況の数学的なシミュレーションが成されています。これらの情報セキュリティやシミュレーションでは、高品質の乱数が今後大量に必要になると考えられていますが、そのニーズを満たす乱数の生成手段は、実はまだ確立されていません。乱数が貴重な「資源」だとすると、私たちは近い将来、確実に資源不足の状態に陥るというわけです。
乱数を発生させるには、物理現象を引き起こす「ノイズ源」が必要です。サイコロを何度も振ってランダムな目を出すとして、頑張れば何度も振ることはできますが、限界がありますよね。この動作を、より高速かつ低コストで繰り返すにはどうすればいいか。そんなイメージです。加えて重要なのが、物理現象をコンピュータへ読み込ませる速度です。
そこで、小さくて低コスト、かつ入手しやすいノイズ源として、スマホなどに使われるイメージセンサを応用する考えに至りました。イメージセンサを使えば、光を電気信号に変え、データを転送することができるのです。
現在は、磁気光学材料の磁区構造をノイズ源として、イメージセンサと組み合わせた構成の研究・開発を進めています。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)と日本学術振興会(JSPS)の支援のもとで開発を進め、プロトタイプの作製と乱数の生成に成功。この成果の一部は、2020年の電気学会で「優秀論文発表賞」を受賞しました。
―どのようにして、その発想に至ったのですか?
磁気光学が専門だった学生時代、光変調器の研究に携わった経験がベースになりました。高専に着任し、何か新しいテーマを探す過程で「モノのインターネット(Internet of Things, IoT)」の研究を始めたのですが、そのつながりで情報系の先生や学生たちと話していると、不意に乱数の話が出たことがありました。将来的に、高品質な乱数が不足することを聞いて、当時の研究内容が応用できるのではないかとピンときました。
近年はどの業界でも、分野横断的な視点がないと新しい研究テーマは見出せなくなってきています。物理乱数とイメージセンサを掛け合わせるという発見は、私にとって大きな成果でした。
情報系の先生との付き合いを作ってくれたIoTに関する研究は、科学技術振興機構(JST)の支援のもと、もう1つの主軸として現在も継続しています。
泰興物産株式会社をはじめとした複数の企業と連携して開発を進めていて、成果の一部はすでにトンネル工事などに応用され、社会実装されています。(西松建設株式会社、2020年08月06日プレスリリース、無給電・無線電力センサーを用いた水中ポンプ監視システム「Newt(ニュート)」を開発 -IoTによる無人監視で休日のトンネル坑内水没事故を未然に防ぐ-)。
これに関連する成果は、第31回中小企業優秀新技術・新製品賞において産学官連携特別賞を受賞しています。
―東京高専に着任された当初は、どんなお気持ちでしたか。
大学の先生という道もあったと思いますが、高専出身なので「せっかくなら」と思ってやって来ました。広島商船出身の私からすると、東京高専なんて都会のなかの都会ですよ(笑)! 着任当時は27歳とまだ若かったし、最初はかなり緊張しました。
学科の先生にはかなり気にかけて頂き、授業方法や学生との接し方を丁寧に教えてもらいました。研究に関しても、研究環境が整うように装置や部屋を貸していただいたり、予算を案内したりしてもらえたので、とてもスムーズに仕事を始めることができました。
着任3年目には、高専機構と両技科大による「三機関が連携・協働した教育改革」事業で、英語を用いた授業法を学ぶ1年間の研修に参加させて頂き、ニューヨークとマレーシアに滞在して授業方法を学び、実際に英語での授業を実施したりしました。
今こうして振り返ってみると、様々なことに興味を持って挑戦し、いつもと違う環境に身を置いたり,多くの人に触れ合ったりしたことが良い刺激になったと思います。アメリカでの滞在や英語研修では異文化や生きた英語にふれることができました。専門外だったIoTの研究は分野外の先生や企業とのつながりを作ってくれ、それが新しい研究の種になりました。
高専在学中には、いろんなことに興味を持って、自分がいるからこそ出せた成果を見つけてほしいと思います。うまくいったこと、前進したこと、何でもかまいません。大きな発見じゃなくてもいい。実験のほんの少しのアイデアとか、何かひとつだけでも、どんなに小さなことでもいいんです。
進路に関しては、相談にのったり選択肢のメリット・デメリットを伝えたりすることはできますが、最後は人それぞれです。でも、高専時代に何か成功体験をしておけば、必ず自信につながります。どんな道を歩むにせよ、その経験はきっと人生で役に立つはずです。
水戸 慎一郎氏
Shinichiro Mito
- 東京工業高等専門学校 電子工学科 准教授
2005年4月~2007年3月 豊橋技術科学大学 工学部 電気電子工学専攻
2007年4月~2009年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 修士課程 電気・電子工学専攻
2009年4月~2011年9月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 博士後期課程 電気・電子情報工学専攻
2009年4月~2011年3月 豊橋技術科学大学 グローバルCOE リサーチ・アシスタント
2011年4月~2011年9月 日本学術振興会 特別研究員 DC2
2011年10月~2012年3月 日本学術振興会 特別研究員 PD
2011年11月~2012年3月 アリゾナ大学 College of Optical Sciences 客員研究員
2012年4月~2014年3月 東京工業高等専門学校 電子工学科 助教
2014年7月~2014年12月 Queens College、City University of New York Visiting scholar
2014年4月~2017年3月 東京工業高等専門学校 電子工学科 講師
2016年10月~2017年3月 豊橋技術科学大学 高専連携推進センター 連携講師
2017年4月~2020年3月 豊橋技術科学大学 高専連携推進センター 連携准教授
2017年4月~現在 東京工業高等専門学校 電子工学科 准教授
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