沿岸域を中心に、水域環境や防災に関する研究を行っている香川高専の柳川竜一先生。民間企業から研究センターまでさまざまな環境で活躍した後、現在は高専で教員を務められています。学生時代のお話や研究内容、教育への思いなどを伺いました。
海に囲まれて過ごした幼少期
―鹿児島大学で土木の勉強をしようと思ったきっかけを教えてください。
父が土木職員として県庁に勤めていたのが最初のきっかけかなと思っています。小さい頃に父の職場を何度か見せてもらう機会があり、土木の仕事は人々の生活の基盤になるものをつくれるという点に魅力を感じました。
また、小さい時には、たびたび夏休みに父の実家である鹿児島県の離島(甑島)に行き、釣りをしたり、船に乗ったり、海水浴をしたりと、海が身近にある生活を送っていました。土木系学科の中でも「海洋土木工学科」を専攻したのは、幼少期にそのような環境で過ごしたからというのが大きいと思います。
鹿児島大学を選んだのは、地元だからという理由もありますが、海をテーマとした授業が多かったからです。土木系の学部として海洋領域まで本格的に取り扱っている大学はそう多くありません。ですが、鹿児島大学では学部名に「海洋」と入っている分、海の分野に詳しい先生が多く在籍しており、興味のあった海洋気象や天気図、海底の地質など、普段の土木工学科で学ぶことの出来ない学問に触れる事が出来ました。
―大学ではどのような研究を行っていたのでしょうか。
卒業研究の担当の先生(浅野敏之名誉教授)から複数のテーマを提示いただき、その中で興味を持ったのが防災分野の津波のシミュレーションでした。当時はまだまだ一般的でなかったパソコンをメインで利用する必要がありましたし、直感的におもしろそうだなと感じたのが大きな理由です。
卒研では、南西諸島や日向灘で海底地震が発生した際、奄美大島をはじめとする南九州の離島や九州本土の主要な地域に津波が何分後に到達するかという解析を行いました。どの程度の津波高さが発生するのかではなく何分後に各地に津波が到着するのか、つまり「規模」ではなく「時間」に着目した解析です。
―大阪市立大学大学院へ進学された理由と、大学院時代の研究テーマについて教えてください。
もともと大阪に親戚が多かったこともあり、都会に出るなら大阪だと思っていました。また、大学での恩師が神戸のご出身で関西にも知り合いが多く、関西圏の大学の研究施設や取り組みといった情報を事前に知ることができたのも大きな要因だったと思います。
関西圏の中でも、大阪市立大学大学院は長さ100メートルの波浪水槽をはじめ、巨大な実験施設を数多く有しています。通常、実験は小さな縮尺模型で行われるケースが多く、大きな水槽を持つ大学は日本にそうそうありません。そこで、「大学院では原寸大の実験ができたら」と考え、大阪市立大学大学院に進学を決めました。ただ、研究テーマの関係で、結局、巨大水槽を使うことは一度もありませんでした(笑)
博士論文は水域の環境修復がテーマです。私の指導教員(矢持進名誉教授)は工学部所属ながら水産系を専門に活躍されてきた方で、当時はまだ環境問題において明確にされていなかった干潟の機能や水域生態系での役割に着目されていました。土木は社会の基盤を作る分野ですが、農学や水産学といった分野は私たちの生活環境に直接繋がっており、社会実装には切っても切れない関係です。指導教員のお話を聞いて「おもしろそうだ」と感じ、水域の環境修復をテーマに選んだのです。
また、鹿児島にいた頃はどこに行っても海が綺麗だったのですが、大阪に来てから赤潮やヘドロの堆積、酸欠で死ぬ海の生物が問題になっている海が存在することを初めて知り、問題意識をもってこの分野に取り組んでみようと思いました。
会社勤務を経て、ふたたび研究の道へ
―博士課程修了後は企業へ就職されていますね。企業ではどのようなことをされていたのでしょうか。
大学院を出てからは、研究で付き合いのあった企業からご縁をいただき、愛知県に本社を置くIT企業へ入社します。数値シミュレーション技術を基盤とした水域の環境アセスメントを行う部署に配属され、国内・海外の沿岸域開発に関するプロジェクトに従事しました。
例えば、当時、UAEのDubaiは沿岸開発で活況しており、パームアイランドと呼ばれるヤシの木を模した埋立地を造成したら海水の流れや水質がどう変化するのかといった事前予測等を行いました。大学・大学院時代の研究や積み上げてきたものを活かして、仕事として現象の解明や解決策の模索を行う事にとてもやりがいを感じていました。
ただ、ある時、会社の方針として水域の環境アセスメント部署縮小が決まったことで、自分がしたい事ができなくなるのではないかと思ったんです。そのような経緯から、自分の経験を活かせる場所へと身を置くことを考え始めるようになりました。
そのような中、2011年3月に東日本大震災が発生し、その後、岩手大学 地域防災研究センターで研究職員の公募がでたんです。大学時代の津波シミュレーション経験が活かせるのはもちろん、自分の知識・経験を世の中に還元でき且つアカデミアの立場で研究活動に取り組めるという思いから応募し、受け入れていただきました。当時、妻から「好きなことをやったらいいよ」と背中を押してもらったことも、研究の再開へと踏み出せた大きなきっかけでしたね。
―岩手大学 地域防災研究センターではどのような研究をされていたのですか。
自然災害解析部門に配属され、東日本大震災の被害解析や評価だけでなく、津波の規模や建物群の配置状況でどの程度の建物被害が生じるのかを判定するモデルづくりも行いました。単なる災害解析に留まらず、復興後に同様の災害が起きた場合も対応できる組織体制の構築や、避難施設の最適配置、津波発生時の避難行動や避難路整備に関する検討を行うなど、沿岸地域の復興まちづくりについても取り組みました。
また、沿岸自治体の地域防災計画の修正にも携わりました。地域防災研究センターは東日本大震災の発生後にできた全学組織ですので、着任当初は「まずは何をやる?」という議論から始めました。とにかく災害解析だけに拘らず、地元の震災復興に関わることなら何でもやっていこうというスタンスで連日沿岸地域に通い、在籍した4年間で200回ほど盛岡と沿岸地域間を行き来しました。
ただ、この仕事の任期は最長5年と決められていたんです。そのため、海岸域の研究を継続的に行える職場を探し、最終的に香川高専に受け入れていただきました。
―現在、高専で行っている研究内容について教えてください。
今までの沿岸域の水域問題の研究を行ってきた経緯から、沿岸域での身近な諸問題を解決できればと考え、沿岸水域工学研究室(CREL:Coastal Region Engineering Laboratory)を立ち上げました。
2023年度は防災関連の研究を多く行っています。例えば、研究センターでも行っていた津波発生時の集落被害を評価するモデルづくりは1つの例です。今までは津波の高さで被害を評価するのが一般的でしたが、当時、より細かく評価ができるよう「津波の高さ」に加えて、「家の密集具合」と、木造なのかコンクリートなのかといった「建物構造の違い」の3点で評価ができるモデルを独自に作成しました。
ただ、このモデルは海岸堤防を越流する津波高さが低い場合に、実際の被害状況とは推定が合わない事を岩手大学にいた頃から認識していました。このズレの原因はおおよそ予想がついていたので、原因解明の調査を行いました。
日本の沿岸には津波・高潮対策のために防潮堤を整備しています。津波が防潮堤の高さを超えてしまうと、防潮堤のすぐ横にある家には水が真上から落ちてくるような状態になってしまいますよね。既往の津波数値モデルでは陸上を遡上する時に水の塊が水平移動するようプログラムされていますが、堤防を越える場合は堤防内側の地面に超えた分だけ水塊を置き換えますので、高い場所から水が勢いよく地面にたたきつけて内陸側へと拡がっていく効果が含まれません。
普通に考えればイメージできる現象かと思うのですが、津波のシミュレーションは縦(水が落ちる)の効果を含まないのです。この様な場合、本当は防潮堤に近い家は被害が大きくなる(これまで考えられた水量より少なくても建物はひどく破壊される)のではと予想し、この仮説検証のために、防潮堤の有無での被害状況の変化について室内実験を行っています。また、その効果を実際の現場に適用できるよう、四国の防潮堤の整備状況を並行して調査しています。
―外部での活動として、2023年11月には高専主催の市民向けのイベントを開催されていますね。
そうなんです。毎年11月18日の「土木の日」に向けて、香川高専では市民の方々に土木への関心を持ってもらうイベントを開催しています。昨年は私が担当をしました。今までは施設見学がメインだったのですが、「せっかくやるのだったら施設を見るだけではなく、記憶に残してもらいたい」と思い、リプレースが予定されている丸亀市の新・旧浄化センター敷地内で建物のコンクリート診断や、下水の浄化処理体験、処理放出された下水の水質を測定する体験が可能なイベントに衣替えしました。
参加者は主に小学生とその保護者30人ほどです。小学生は純粋に「楽しい」と言ってくれまして、終始ワイワイ賑やかでしたね。土木関係の施設の中で行われていることを見る機会はなかなかありませんので、直接体験することで、土木をより身近に感じてもらえたらと思っています。
「教えている」というより「一緒に取り組んでいる」
―研究を進める上で苦労する点はありますか?
子どもが生まれてからは家庭での時間を増やしていますので、「もっと研究ができれば」というもどかしさはあります。でも妻をはじめ家庭あっての今の自分ですから、最近の目標は教訓の意味を込めて「家庭やや優先での仕事との両立」と掲げ、メールの署名部分に記載しています。
目標の達成具合で言うと、個人的にはまだまだですね。理想は17時には帰宅して子どもの相手をしたいところですが、やはり学校で色々やっていると18~19時になってしまうことも多く……。両立の難しさを実感しています。
―素敵な目標ですね。お休みの日はご家族とどのように過ごされているのでしょうか。
子どもから「どこかに遊びに行きたい」と言われたら、一緒に行っています。ただ、家を建てるタイミングで200平方メートル程の家庭菜園用土地を確保したので、休日は畑作業をすることが多いです。
災害研究をしている事にも関係するのかもしれませんが、自給自足は大事だと思うんです。なるべく安全なものを食べるなら自分でつくるのが一番ですし、食は生活の基盤です。災害時でも食料を確保することに繋がります。単純に土いじりが楽しい、というのもありますけどね。
今は冬なので、白菜や大根、キャベツなどが収穫できます。タマネギがもう少ししたら大きくなり始めて、5月には収穫できそうです。ビワ・ミカン・イチジク・レモン・ブルーベリー・ブドウといった手間のかからない果樹も植えているので、実りの時期になればそのままもいで食べています。子どもたちは幼稚園の頃までは興味を持って一緒に畑作業をしてくれていたのですが、大きくなるともう時々しか手伝ってくれなくなってしまいました(笑)
―企業や研究センターでの経験を経て、高専で「学生に教える」という教員の仕事をどのように感じていらっしゃいますか。
高専では「学生に教えている」というより「学生と一緒に取り組んでいる」という感覚です。授業では、私が教える分野の特性上物理関係の内容が多く、数式を理解する必要があるのですが、単なる暗記では学生達はやる気が起きないですし、覚えろと指示するだけでは高等教育機関とはいえないのでは……と感じます。そのため、「なぜこのような数式になるのか」をなるべく噛み砕いて学生の視点に落とし込み、授業資料をつくることを心がけています。
ただ、学生たちにきちんと理解してもらえるよう筋道立てて説明するためには、入念な準備が必要ですし、場合によっては私自身勉強し直さないといけません。授業の準備中に自分の理解が深まる瞬間も多く、学生とともに切磋琢磨している気持ちになります。
高専の学生は理解力・認知力という視点でレベルが高いと感じます。真面目で、伸びしろがある学生が多いですね。大学や企業、研究センターなど、さまざまな場所に身を置いてきましたが、高専という場所はいろんな学生の頑張っている姿を見られて、私としても、とてもやりがいを感じられる環境です。
―高専生へのメッセージをお願いします。
好き嫌いをせずに何でも吸収してください、ということでしょうか。この先、どこで何が起こるかは分かりませんし、自分の意志でのみ人生を選択できるとは限りません。いろんなことに見聞きしたり、触れておくと、その経験が活かせる機会がやってくるかもしれません。コスパ・タイパといった言葉がよく踊っている時代ですが、学生のうちは時間の融通も利きますし、無駄と思うことに取り組んでも損はしないと思いますよ。
柳川 竜一氏
Ryoichi Yanagawa
- 香川高等専門学校 建設環境工学科 准教授
1994年 鹿児島市立鹿児島玉龍高等学校 卒業
1999年 鹿児島大学 工学部 海洋土木工学科 卒業
2001年 大阪市立大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 修士課程 修了
2004年 大阪市立大学大学院 工学研究科 土木工学専攻 博士課程 修了
2004年4月 株式会社中電シーティーアイ 解析アナリスト・エンジニア
2012年5月 岩手大学 地域防災研究センター 自然災害解析部門 特任助教
2016年4月 香川高等専門学校 建設環境工学科 講師
2017年4月より現職
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