2024年2月8日(木)、滋賀県の栗東芸術文化会館SAKIRA 小ホールにて【滋賀県立高専共創フォーラム 「創立記念講演&トークセッション」イベント】が開催されました。滋賀県立高専と企業とはどのように連携していけばよいのか、講演とトークセッションから先行例を学びつつ、これからについても見えてきた本イベントをレポートします。
なお、滋賀県立高専の開校に向けた取組の経緯や目指されている学校像などに関しては、滋賀県知事の三日月大造氏へのインタビューを月刊高専にて先日公開いたしましたので、コチラもご覧ください。
高専生×AIで新領域を生み出すことの重要性
2028年4月に滋賀県の野洲市に設置・開校される予定の滋賀県立高専。2024年3月には、滋賀県立高専のグランドデザインとして「基本構想2.0」の策定が予定されており、施設整備に向けた準備や、学校運営体制の検討など、着々と準備が行われています。
そうした中、2022年5月には県内経済6団体、県建設業協会、公立大学法人滋賀県立大学、滋賀県の9者で「高等専門学校の設置に向けた共創宣言」が行われ、「互いのリソースを提供し合える連携の枠組み(プラットフォーム)を設け、滋賀県初の高専の実現とその開校後の持続的な運営に向けて共に取り組むこと」が掲げられました。
そして2023年11月、この共創宣言に基づき、「県立高専に関するコミュニケーション・情報共有の場」「県立高専と各企業等が直接つながる仕組み」として「滋賀県立高専共創フォーラム」が始動。それを記念して開催されたのが、今回の【滋賀県立高専共創フォーラム 「創立記念講演&トークセッション」イベント】です。
現地とオンラインのハイブリッドで開催された本イベント。当日は会場の約150席が企業や団体などの方々でほぼ満席となり、滋賀県立高専(以下、県立高専)への関心の高さがうかがえました。
まずは創立記念講演として、東京大学大学院 工学系研究科の松尾豊教授が「高専生の未来可能性、滋賀県立高専・産業界への期待」をテーマに(事前録画放映形式で)お話をされました。松尾教授は日本のAI研究における第一人者であり、内閣官房「新しい資本主義実現会議」有識者構成員、内閣府「AI戦略会議」座長などのほか、全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(DCON)の実行委員長も務められています。
松尾教授の講演は「AI・ディープラーニング」「人材育成」「高専生の可能性」の3部構成。現在の県立高専の基本構想2.0(案)では、機械系・電気電子系・情報技術系・建設系(環境・インフラ系)の4コース共通で「情報技術」を基盤とした学びを1年次から行う予定であり、「AI・ディープラーニング」はその学びに大きく関連します。
講演の中で松尾教授は、昨今のAI・ディープラーニングの現状として、2015年ごろから画像認識の実用化例が一気に増加していること、そして、2017年ごろから自然言語処理の精度が向上していることをお話しされました。自然言語処理の精度向上は、Googleの研究者らが見つけた「トランスフォーマー」という仕組みや、「自己教師あり学習」という方法に起因しています。
さらに、2020年にはScaling Law(スケール則)が発見され、その精度はさらに向上しました。パラメータの数をどんどん増やすことでAIの性能を上げるという、従来の考え方とは真逆の方法がスケール則では実現でき、それを用いてOpenAI社は大規模言語モデル(LLM)の汎用版「GPT-4」を開発。そして、GPT-4を事後学習で対話用につくりかえたのが、世間でもよく知られている「ChatGPT」になります。
ChatGPTに代表される生成AIが社会に与える影響は非常に大きいと考えられており、すでに多くの日本の企業・行政などで使用されている段階です。世界的な視点だと、生成AIの開発には少なくとも数兆円規模が投資され、松尾教授は「日本でも巨大産業になっている医療や金融、製造分野に生成AIが貢献することで、付加価値の増加やコスト削減を実現し、そこから投資につなげる構造をつくる必要がある」とお話しされました。
そのためには、高専や地方の大学などで「人材育成」を行い、スタートアップにつなげ、そのスタートアップと大企業・地域企業がうまく連携することで新しい経済圏をつくることが大事とのこと。その人材育成の例として、松尾研究室で実施されている「講義」「社会実装」も紹介されました。
松尾研究室ではWEB工学やディープラーニング、アントレプレナーシップなどのオンライン講義を年間で20以上実施しており、2022年度は5,600人が受講。今年度は1万人を超える見込みです。そして、そこで技術を身につけた受講者(学生)に対して企業との共同研究・共同開発のプロジェクトを提供することで、実際の開発方法やマネジメントを学び、きちんとできるようになったらスタートアップを興すという流れをつくっています。
これまでに松尾研究室からはスタートアップが23社も生まれており、上場した企業も2社あります。その中には高専出身者もいます。松尾教授は「高専生の可能性」として、「AIというソフトウェア技術と、高専生が持つハードウェア技術の相性は非常にいい」とお話しされていました。AI・ディープラーニングと多様な領域とを掛け算することで、新しく事業領域を広げることができるのです。
松尾教授が実行委員長を務めるDCONも、そのような狙いがあって2019年に始めたコンテストです。高専生の持つスキルとAI・ディープラーニングを組み合わせ、事業・ビジネスとして企画してもらい、VC(ベンチャーキャピタル)が評価額をつけるDCONによって、本当に起業につながった例が8社あります。
AIなどを用いたスタートアップを促進することで経済を成長させることが、これからの日本では重要だと考える松尾教授。「滋賀県立高専がAI・デジタルの人材を育成する場になると同時に、スタートアップが生まれ、滋賀の企業と連携していくことで、滋賀や日本全体が発展していくという、日本ならではのイノベーションにつなげていただきたいなと思っています」と最後にお話しされました。
高専と企業の連携。その具体例から見えること
後半のトークセッションは、神山まるごと高専 校長の大蔵氏、万協製薬(株)システム部 課長の中川氏、鳥羽商船高専 情報機械システム工学科 5年生で留学生のハリス氏、京セラ(株)研究開発本部の三浦氏、滋賀県知事の三日月氏の5名をパネリストとして、「高専と企業との連携・共創の現状と未来への展望」をテーマに実施されました。
このトークセッションの大きな狙いは、「高専と企業は、何をきっかけに、どのように連携すればよいのか」をイメージすることだと言えます。
その参考の1つとなるのが、万協製薬と鳥羽商船高専とが連携したPBL(課題解決型学習)です。県立高専の基本構想2.0(案)にある「カリキュラムの方向性」の中でもPBLは大きく取り上げられています。そのPBLが始まったきっかけを、万協製薬の中川氏と鳥羽商船高専のハリス氏がお話しされました。
中川氏:鳥羽商船高専に求人を出しに行ったのがきっかけです。私は鳥羽商船高専のOBで、先輩が教授としていらっしゃったので、お話しする機会がありました。そこで雑談レベルから「こういうことをしたいんだよね」と言ったら、「鳥羽商船高専の学生だったらできるから、一緒にやりませんか」と話していただき、実現できたんです。実際にPBLを行った際は、「好きに使ってください」と、広い間口で高専生を受け入れました。
ハリス氏:万協製薬さんが来校されたとき、説明を聞いて「これはチャンスだ!」と思いました。高専含め、学校で学ぶことはすごく論理的ですから、どうやったら実践に組み込めるのかがイメージしにくいんです。これまで勉強してきたことを自分は本当に理解しているのか、本当にできるのかを試したくて、オファーを受けました。
そのようなきっかけで始まったPBL。内容は「光電センサを用いた生産ライン遠隔監視システムの開発」でした。万協製薬が持っていた「工場内の状況把握」という課題を、「生産ラインの稼働状況と製品生産数の可視化」と明確化し、それに対する技術開発が現在も進められているところです。
現状、PBLによって生産個数を正確にカウントできるところまで達成しています。PBLのメリットについて、中川氏とハリス氏は以下のようにお話しされました。
中川氏:もちろん授業の一環で行うので、進捗は遅いです。ただ、自社が欲しい機能だけをつくれるので、今回のケースですと費用面は外部に委託する費用の1/10~1/2ほどになると思います。また、学生さんによる新鮮な考え方によって、私たちの視野が広がりました。社内での改善提案の内容もIoT関連などが増えてきましたね(笑)
ハリス氏:自分の知識を実際に試せること以外ですと、鳥羽商船高専のPBLは2年生から5年生で構成されたチームとして活動しますので、2年生からしてみれば5年生を目標として動くことができ、5年生からしてみれば社会で必要とされるチームマネジメント力を養うことができるので、とてもいい授業だと思います。
中川氏がお話しされた「考える視野が広がった」というメリットに関連して、ZOZOでCTO(最高技術責任者)を務められた大蔵氏も別途コメントされていました。
大蔵氏:企業側の視点で言うと、他人にちゃんと教えることができるよう、自分の中であやふやだったことをもう1度勉強し直すことで、中堅どころの社員の方々はもう一段レベルアップできると思っています。最近はリスキリング(新しい知識やスキルを身につけ、新しい業務や職業に就くこと)という言葉がよく使われていますが、学生とのPBLによって社員の能力が向上するということとは、まさにそういうことではないでしょうか。
一方、2023年11月に日経新聞で発表された「2023年春入社 国立高専生の就職先ランキング」で10位(38名採用)だった京セラは、高専生を対象としたインターンシップに力を入れています。また、京セラ 鹿児島国分工場と鹿児島高専の間では、連携に関する協定書を2022年10月に締結。PBLとは異なる連携を実施しています。
三浦氏:滋賀地区3工場で実施しているインターンシップは、弊社の仕事、技術、雰囲気などに触れることができる職場実習になっています。2023年の夏季インターンシップは実施期間が5日間で、参加いただいた高専生は21名でした。21の部署でそれぞれ独自の実習テーマを準備し、興味のあるテーマに応募いただく形式にしています。
国分工場と鹿児島高専の連携内容については、2022年度ですとキャリア教育の一環として工場見学会を実施。2023年度は工場見学会の回数を増やすとともに、授業を1コマいただきまして「コンデンサの特性と実用例」というテーマで、弊社社員が講師として授業を行いました。2024年度は後期(10月~3月)に教養教育(リベラルアーツ)を、こちらも弊社社員が講師として授業する予定です。
また、インターンシップの具体的な実習テーマや、鹿児島高専との連携での経験についても言及している場面がありました。
三浦氏:実習テーマは現場の不良改善や、工場設備の消費電力の改善、ハリスさんが取り組まれたような設備稼働の改善などといったものです。しかし、弊社には様々な部署がありますので、それぞれの色が出るようにしています。
鹿児島高専との連携の際は、大事な授業の時間をいただいて実施していますので、「高専のカリキュラムとどのようにマッチさせるか」が1番大事です。これに関しては弊社としても今後さらに検討していくべき課題だと考えています。
PBL、インターンシップ、高専との連携による授業の実施など、「共創」のために企業と高専が連携する形はさまざまあることが感じられたトークセッション。終盤には、「共創」というテーマに関して、大蔵氏から、神山まるごと高専の目指す人物像と紐づけてコメントがありました。
大蔵氏:神山まるごと高専は、「モノをつくる力で、コトを起こす人」の育成を目的に、テクノロジーとデザインと起業家精神に重点を置いて教育をしています。そのため、高等教育機関として専門性の高い知識や技術を学ぶことを主目的としつつも、いろいろな分野を幅広く知ることに重点を置いているんです。
そうすることで、社会に出て新しいものに出会った際に、「そういえば高専でちょっと習ったことがあるな」と思うことができます。なるべく幅広く勉強し、他の視点・分野との結びつきをいかにつくり上げるか——ここが重要です。今はAIが出てきていますが、最終的には人間がプロダクトとしてつくり上げるべきですので、「組合せの力」を高専では学んでほしいなと思います。
その「組合せの力」を養うために、「共創」は非常に有意義であることが予感されます。高専生が持つハードウェアの力、県立高専が目指す情報技術能力や実践能力を高められる環境、そして大企業・中小企業が持つ課題を掛け合わせることで、滋賀および日本の産業へ貢献する——その道筋が見えてきたイベントになったのではないでしょうか。
イベント最後の、三日月知事からのコメントは以下の通りでした。
三日月氏:今回お話しいただいた万協製薬さんと鳥羽商船高専さんによるPBL「生産ラインの稼働状況と製品生産数の可視化」のように挑戦したい課題を抱えている中小企業も多いと思います。PBLの事例やインターンシップの受入れ体制などを学び、滋賀県全体をコーディネートしていければと思います。ぜひ共創フォーラムの中でいろいろな出会いやつながりを構築していきたいです。本日はありがとうございました。
◎イベント情報
【滋賀県立高専共創フォーラム 「創立記念講演&トークセッション」イベント】
日時:2024年2月8日(木)13:00~15:30
場所:栗東芸術文化会館SAKIRA 小ホール
内容:
1.創立記念講演(※事前録画放映形式での講演)
テーマ「高専生の未来可能性、滋賀県立高専・産業界への期待」
講演者:東京大学大学院工学系研究科教授 松尾 豊 氏
2.トークセッション(※会場現地での対面形式)
テーマ「高専と企業との連携・共創の現状と未来への展望」
パネリスト
・神山まるごと高等専門学校校長 大蔵 峰樹 氏
・万協製薬株式会社 中川 浩孝 氏
・鳥羽商船高等専門学校5年生 ハリス イスマイル 氏
・京セラ株式会社 三浦 桂 氏
・滋賀県知事 三日月 大造 氏
主催:「高等専門学校の設置に向けた共創宣言」9団体(滋賀県商工会議所連合会、滋賀県中小企業団体中央会、滋賀県商工会連合会、滋賀県経済同友会、滋賀経済産業協会、びわこビジターズビューロー、滋賀県建設業協会、公立大学法人滋賀県立大学、滋賀県)
共催:株式会社滋賀銀行、メディア総研株式会社
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