母校・八戸高専で非常勤講師として高専生教育に携わりながら、岩手県立大学で教鞭をとられている猪股俊光先生。高性能なソフトウェアを設計・実装するための研究にご尽力されており、猪股先生の著書は、高専の教科書としても採用されています。高専時代の思い出や高専生に伝えたいことについて伺いました。
専門分野を“こだわらなかった”からこそ充実した高専時代
―高専に進学したきっかけを教えてください。
兄が高専出身ということもあり、私服や車で通学する姿を見て「普通高校とは違った学生生活が送れて、面白そうだな」と思ったのが1つの理由です。
また、工学系に興味があったことから、中学卒業後から専門的なことを学びたいという思いもあり、高専への進学を決意。なかでも、オーディオ機器をはじめとする電子機器が好きで、スマートな印象があったので、電気工学科を選びました。
とは言っても、電気分野に対する思い入れがそこまで強かったわけではないので、入学後に「アマチュア無線をつくった」とか「趣味で回路を組み立てている」といった学生が同じクラスにたくさんいたときは、関心の高さに驚きましたね。
―高専時代の思い出はありますか?
当時は、工学分野だけでなく、「文章を書く」ことにも興味があったため、新聞委員会の一員として、高専祭や高専大会といった行事に合わせて、年に3~4回ほど学内で新聞を発行していました。
新聞づくりのノウハウを学びながら、顧問の先生の研究室に入り浸り、放課後の時間はほとんどそこで費やしていましたね。専門分野だけを突き詰めたいという思いはそこまでなかったからこそ、広い分野に関心を持ちながら、充実した学生生活を過ごせたと思います。
モデル化でバグを検出! 製品の根幹となるソースコード解析
―大学院時代はどのような研究を行っていたのでしょうか。
システム工学の分野で研究を行っていました。ここで言う「システム」とは、たくさんの部品から構成されながら全体として機能している航空機や大規模プラント、製造ラインに加えて、コンピュータを内蔵している家電製品に代表される「組込みシステム」と呼ばれるものまで、幅広いものを指します。
私は「そういったシステムをどのように設計すればよいのか」「システムが本来の目的を果たしているのか」について、システム工学的なアプローチで解決するための研究を行っていました。
具体的には、まず、数式や記号を使ってシステムの振る舞いを数学的に表現します。これによりシステムの「モデル」ができあがります。次に、そのモデルを使って、「システムが望みの動きをするかどうかを調べる」ための解析法を適用します。そうすることで、実際に製品を使った実験を行わなくても、コンピュータを使ったシミュレーションによって、システムの持つ性質を調べることが可能になるのです。
システム作りでは、計画から設計、実装、運用に至る各段階において、課題を合理的に解決することが求められます。そこでは、モデルに基づいた設計・解析が有効な手法の1つとされています。そのための、新たなモデルと解析法を提案することが大学院時代の主な研究でした。
―現在はどのような研究を行っているのですか?
最近では、システムに組み込まれているコンピュータ向けのソフトウェアの品質向上に関する研究をメインで行っています。
現代では車や飛行機、家電はもとより、社会インフラの多くがソフトウェアでコントロールされていますよね。つまり、そのソフトウェアが正しく動かなければ、製品や公共サービスの目的を果たせないどころか、重大な事故につながりかねません。そこで、「ソフトウェアが本来持つべき性質を満たしているのか」について事前に調べることは、すべての製品の品質向上につながります。
プログラムを実際に動かしてみれば、異常に気付くことはできます。ただ、システムの規模が大きくなればなるほど、実機のもとでプログラムを動かすことは簡単ではありません。自動運転の車を例にすると、「とりあえず走らせてみて、事故が起きてからプログラムを手直しする」というわけにはいきませんよね。
だから、実機を動かす前にどれだけミスを発見して減らせるのかが重要なんです。私の研究では、それをより効率良く、精度よく行うためのモデル開発を目指しています。
現在は、共同研究を通じて車載ソフトの品質向上に取り組んでいます。車載ソフトといっても最近の車種になると、膨大なサイズになっていて、全体を一度に検証することは難しいです。
もし、モデルチェンジなどのためにプログラムの一部を修正したとき、それの影響を受ける範囲が事前にわかれば、プログラム全体をコンパイルし直して検査をすることなく、影響を受ける範囲だけを検査すればよくなります。これにより、開発期間を短くすることができます。
そこで、プログラムの変更が影響をあたえる範囲を正確に特定するための手法の開発に取り組んでいます。
「学び方を学ぶ」意識で、学業に取り組んでほしい
―先生は、教科書の執筆も行っているそうですね。
高専時代から文章を書くのが好きだったこともあり、大学院時代、研究室の後輩のために、コンピュータの使い方やプログラムの書き方についてまとめたものを書き溜めていました。
そして弓削商船高等専門学校で講師(当時)をしている研究室時代の同級生である益崎真治先生(元弓削商船高専副校長)から声をかけてもらい、共著として1冊目の教科書を出版しました。それ以降、担当した授業のために書き溜めたものがまとまる度に出版社と交渉し、これまでに6冊を出版しました。一部の高専では教科書としても採用していただいています。
普段の授業では、履修している学生にしか伝えることができません。そこで、書籍化することで、より多くの方にプログラミングの基礎知識や面白さを伝えることができればいいなと考えています。
―高専生にメッセージをお願いします。
高専を卒業することで、みなさんは“高専の卒業生”という全国的なネットワークの一員になります。これは、実際にその立場になってみないとあまり分からないことかもしれませんが、他の教育機関では得られない感覚だと思います。私自身、振り返ってみても、これが1番の財産だと感じています。
また、母校である八戸高専では非常勤講師を併任していますが、高専で授業をしているときのほうが進めやすいです。高専生は数学を十分に勉強しているため、それほど丁寧に説明しなくても理解してもらえることが多いです。そういった工学を学ぶための基礎もまた、高専で得られる財産の1つです。
たとえ、学業や研究において良い成果が出なかったとしても、それに取り組んだプロセスが大事だと思います。学校で学んだ知識だけで生きていけるわけではないですし、社会に出てからの学びの時間の方が長いです。高専や大学では「学び方を学ぶ」意識で、学業に取り組んでほしいです。
猪股 俊光氏
Toshimitsu Inomata
- 岩手県立大学 ソフトウェア情報学部 教授
(八戸工業高等専門学校 電気情報工学コース 非常勤講師)
1982年3月 八戸工業高等専門学校 電気工学科 卒業
1984年3月 豊橋技術科学大学 工学部 生産システム工学課程 卒業
1986年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 生産システム工学専攻 修了
1989年3月 豊橋技術科学大学大学院 工学研究科 システム情報工学専攻 修了
1989年4月 豊橋技術科学大学 工学部 助手
1992年4月 静岡理工科大学 理工学部 講師
1995年4月 同 助教授
1998年4月 岩手県立大学 ソフトウェア情報学部 ソフトウェア情報学科 助教授
2007年4月より現職
2007年4月~現在 八戸工業高等専門学校 電気情報工学コース 非常勤講師(併任)
2012年4月~2016年3月 岩手県立大学 ソフトウェア情報学部 学科長
2015年4月~2017年3月 一関工業高等専門学校 電気情報工学科 非常勤講師(併任)
2016年4月~2020年3月 岩手県立大学 ソフトウェア情報学部 学部長
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