インタビュー

根っからの“高専人”。 キャリアを生かして、研究にも学生支援にも全力投球!

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阿南高専をご卒業後、一般企業への就職や進学を経て、32歳の時に母校に帰って来られた東 和之先生。さまざまなキャリアを積んだ先生だからこそわかる、高専での学びやその魅力、現在の技術職員としてのご活躍について伺いました。

進路に葛藤した現役時代

―高専に進学を決めた理由と、学生生活について教えてください。

畳の上で、ハイハイの弟と、寝そべる幼少期の東先生
幼少期。左は弟で、私と同様、阿南高専に進学しました

将来は、地元である徳島県内で就職したいと考えていました。「県内就職に強い学校がある」と聞いて進学をしたのが、阿南高専の建設システム工学科です。当時、普通高校は今のように土日休みが当たり前ではなく、月 2 回は土曜にも授業がありました。しかし高専は毎週末に休みがあって、この点にも惹かれました(笑)。

阿南高専のブースで研究発表をした際の集合写真
高専時代の写真。後列右から3番目が東先生で、前列真ん中が現技術部長の原野先生

1~2年生の頃は寮生活をしながら過ごしました。安易な理由で高専に進学を決めてしまったので、専門科目の勉強が始まった2年生の時に、「本当に土木系の勉強を続けていくのか」「将来この仕事に就くのか」と悩みました。文系への進路変更も考えていたのですが、結果的に高専に残る決断をしました。

そして、高学年の時に学んだ「環境工学」で、ようやく自分の興味のある分野に巡り会えました。しかし環境工学を専門にされている先生が在籍されておらず、深く研究できないまま本科を卒業しました。

就職・進学を経て、憧れの高専教員へ

―卒業後は、一度就職されたのですね。

地元の建設コンサルタント会社に就職し、川の護岸の設計をしていました。ですが、どうしても「専門的に環境工学の研究をしたい」という気持ちがあり、母校の先生に相談をしたところ、「環境系の先生が来年から新任でくるよ」と教えていただいたんです。そこで考えた末に退職し、専攻科に帰ってきました。

学校の校内、廊下にて、研究室のメンバーとともに。
橋本研究室の写真。前列左が橋本先生で、後列左が東先生

専攻科時代には、赴任されたばかりの橋本温先生(現在は県立広島大学教授)に、ビシバシと鍛えていただきました。年齢も割と近く優しい兄貴のような存在でした。恋愛や進路の話など人生相談もたくさんして、よく食事にも連れて行ってもらっていました。

研究のおもしろさを教えてくださったのも橋本先生です。初めての学会発表の事は今でも本当によく覚えています。当時は徳島大学のゼミに連れて行ってくださっていたこともあり、卒業後は徳島大学の修士課程へ進みました。

進学後は「干潟研究グループ」に配属され干潟研究を始めたのですが、幼少時から生き物が苦手だったので、最初は干潟にいる生き物を捕まえるだけでも本当に苦痛でした(苦笑)。当時はヤマトオサガニというカニを研究対象としていたのですが、そのカニに追われる夢を何度も見ましたね(泣)。

―高専の職員になるきっかけは、いつ訪れたのでしょう。

修了式の際、正装してみんなで集合写真
大学院時代研究室の同期と修了式の様子

32歳の時です。大学院修了後は、いくつかの民間企業で働いていたのですが、いつかは高等教育機関で仕事をしたいという気持ちをずっと胸に抱いていました。

そんな矢先に、恩師である橋本先生から教えていただいたのが、阿南高専の技術職員の公募です。高専で働くことには、かねてから憧れがあったので、すぐに応募を決めました。当日試験場に入ると私を含めて 16 名もの受験者がいて、試験を受けずに帰りたくなったのを覚えています。運良く合格して、晴れて母校で技術職員になることができました。

現在は、化学コースの技術職員として、実験実習の対応やレポート指導や実験室や試薬の管理などを担当しています。コースの業務以外に特に力を入れているのは、学生相談室の業務です。

学生からの相談窓口となる中で、相談室の業務がいかに学生にとって重要であるかを、日々認識しています。カウンセラーの皆さんは公認心理師や臨床心理士の方ばかりですので、心理学を学ぶことが相談室の業務にとってプラスになると考え、今年度から放送大学に入学し心理学を学び始めました。

学生のキャリア教育に関わることもあり,私自身の経験談や失敗談を挟みながら、「新卒カード」の重要性や新卒で選ぶ会社の大切さ、転職のリスクなどを伝えています。

また、本校と阿南市との連携事業「阿南市生物多様性保全・活用事業」の一員として、地域貢献活動にも積極的に参加しています。

賞状を手にした人たちと、記念撮影。
30名程で、木々の生える緑のなか、集合写真
[左]阿南市環境保全功労者表彰の写真。阿南市との連携事業「阿南市生物多様性保全・活用事業」が表彰されました。前列左から2番目が大田先生、後列左から2番目が東先生。 [右]ササユリ保全活動

本事業は、阿南市の生物多様性ホットスポットの選定や、離島のササユリの保全活動を実施するもので、中でもササユリの保全活動は「国連生物多様性の 10 年日本委員会」により、連携事業として認定されるなど、外部からも高く評価されています。

―先生の研究について教えてください。

潮が引いた干潟で作業をする東先生。採取した海の生き物を手に載せている
[左]干潟調査時の写真 [右]ニホンスナモグリ

入職後に干潟研究をしている本校の大田直友先生に誘っていただき、すぐに干潟研究を再開しました。当時から現在に至るまで徳島市にある沖洲人工海浜を、メインの研究フィールドとしています。現在研究の対象としているのは、「ニホンスナモグリ」という甲殻類の一種です。

ニホンスナモグリは大きくなっても7cmほどの小さな生物なのですが、干潟に1m近くも深く巣穴を掘るんです。掘った砂は穴の周辺に堆積するのですが、そこに棲んでいる生き物が埋もれて死んでしまい、環境に順応できる生き物しか干潟で生きられなくなってしまうんです。生き物が単調になると干潟環境も単調になるため、その実態調査をしています。

高専でしか経験できないことはたくさんある

―今後の目標を教えてください。

表彰状を手に、少し緊張した面持ちの東先生
理事長賞表彰式での写真

研究面では、今年度、科研費(若手研究)に採択していただきました。奨励研究以外の科研費には,これまでなかなか手が届かなかったので本当に嬉しかったです。私の研究のメインフィールドである沖洲人工海浜は、高速道路建設のために埋め立てられた海浜の代償措置として造成されたのですが、生物の現状などから見るとその期待には応えられていません。

現在の研究を発展させて、生物多様性の高い人工海浜の造成手法の知見としたいです。そして、研究や啓発活動を通して沖洲人工海浜をたくさんの人が集まる憩いの場としていきたいです。

また、これまでの研究活動や地域貢献活動が評価され、今年度、高専機構の理事長表彰(技術職員部門) をいただきました。今後も積極的に活動を続けながら成果を残していきたいです。

―最後に、高専生にメッセージをお願いします。

女学生3名と、左右対称になるように、同じポーズをとる東先生
学生と一緒の写真。確か、ニットの色が似ているということで、教室に呼ばれて写真を撮りました(笑)

高専に入学したみなさん。良かったと思っていますか?そうであれば嬉しいです。でも、「こんなつもりじゃなかった」と思っている人も当然いると思います。私自身もそうでした。高専は一般的な高校とは違う、特殊な環境なので戸惑うことも多いかもしれません。

しかし、ここでしか経験できないようなこともたくさんあります。私も気づけば根っからの“高専人”となりました。みなさんもぜひ在学中に楽しさを見つけていただきたいですね。

でも、もし悩みや相談がある場合は、決して一人で抱え込まずに、私たちに頼って相談してください。私たち教職員は学生が楽しく高専生活を過ごし、学び、技術・知識を身に着けて希望の進路に旅立っていってくれることを望んでいます。

高専生活は一生の友人と過ごす大切な学びの期間です。 5 年間を有意義に過ごしてくださいね。

東 和之
Kazuyuki Higashi

  • 阿南工業高等専門学校 技術部 技術専門職員

東 和之氏の写真

1998 年 阿南工業高等専門学校建設システム工学科卒業
2002 年 阿南工業高等専門学校専攻科構造設計工学専攻修了 学士(工学)
2004 年 徳島大学工学研究科エコシステム工学専攻修了 修士(工学)
2011年 阿南工業高等専門学校 入職
2015 年 徳島大学先端技術科学教育部知的力学システム工学専攻修了 博士(工学)

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