大島商船高専を卒業後、専攻科に進学し、現在は北海道大学大学院で研究をしている的場遥佳さん。実は、高専に入学するまでパソコンをほとんど触ったことがなかったそうです。高専で着実に実力を身につけていった的場さんに、高専時代の思い出や、現在のご研究について伺いました。
技術が未熟なら知識だけでも
―的場さんが大島商船高専に進学されたきっかけを教えてください。
母がロボコンの番組を見るのが好きで、小さい頃から一緒にロボコンを見ていたんです。当時は幼いながら、お兄さんたちがロボットをつくって、奇想天外なことをしながらも熱く戦う様子を見るのがおもしろかったです。
中学生時代の進路選択の頃に、技術職に就いている方の話を聞いて、そこから高専が選択肢に入りました。もともと小さいころから数字が好きだったので、「高専に行けば数字がたくさん見られるのか」と思い、大島商船の情報工学科に進学することに決めました。
―高専に進学されていかがでしたか。
授業は常におもしろくて、驚きと発見ばかりでした。ただ、それまでパソコンを触ったことがほとんどなく、タイピングすらできない状態だったので、タイピングのテストではいつも最後まで残っていました。パソコンやソフトを使う経験こそ乏しかったものの、「最後に出来上がったモノが良ければいいよね」という気持ちで、人一倍勉強に打ち込みました。
ほかにも、技術が未熟なら知識だけでも、という思いで、積極的に資格勉強をして、在学中に応用情報技術者とエンベデッドシステムスペシャリストの資格を取ることができました。
本科2年生の時には友人と一緒に「席替えアプリ」をつくりました。今までクラスの席替えはトランプを使ったアナログな方法でやっていたので、自動的に席替えを考えてくれるアプリケーションに挑戦しました。
システムはほとんど友人に任せて、デザインを担当したのですが、小さいスマホの中に、クラス全員の席をどう表示させるかが大変でしたね。「前に座りたい人は前に行ける」といった機能設計にもこだわりました。反響があって卒業間際まで使ってもらえたことがうれしかったです。
知識や技術だけじゃない、モノづくりに大切なこと
―高専時代はどのような部活に所属していましたか。
ロボット研究部に所属しており、顧問の先生や先輩・同期・後輩にはとてもお世話になりました。特に副顧問の先生は、マイコンプログラムのすごく厚い説明書を持ってきて、「マイコンのプログラマはこの資料を読み込みながらプログラムを作っていくんだ」という話をしてくれたことがありました。
それまでは「勉強して、技術を身につけていけばいずれ何とかなるだろう」と漠然と思っていたのですが、「実際にモノをつくるためには、こういう思想がなければならない」という、モノづくりのマインドセットを教えていただきました。学生だからと大目にみることなく、真摯に向き合ってくださいましたね。
ロボコンの大会用に木製ロボットをつくっていた時期は、本当にがむしゃらにやっていて、すごく忙しかったです。目に見えない電気を把握するのが難しくて、製作中は何度も回路を壊してしまいました(笑) 当時は先輩方に付いていくのに必死でしたね。最後の最後でロボットが動かなかったことは、少しだけ苦い思い出です。
それと、在学中、学校と陸地を結ぶ唯一の橋に外国船がぶつかり、半年ほど休校になった時期がありました。当時はコロナ以前でオンライン授業の準備もなかったため、その期間を利用して、ロボット研究部の同級生たちと広島県の無線機屋さんに足を運んだことが思い出に残っています。詳しい友人に教えてもらいながら店内を1~2時間ほど見て回り、部品をいくつか購入しました。
―卒業研究はどのようなことをされたのですか。
私は情報工学科の学生だったのですが、電子機械工学科の浅川先生の研究室に頼み込んで入らせてもらって、専攻科まで進みました。私はもともと人を楽しませることが好きで、楽しさの提供方法として「エンターテインメント」か「福祉工学」のいずれかに関心を持っていたのですが、エンターテインメントにはセンスがないと自覚していたので(笑)、福祉工学なら研究を通じて誰かを助けることができるかもしれないと思ったからです。
本科時代の卒業研究は「スマートフォンを用いた歩行動作による脳血管疾患の早期発見手法」というテーマで取り組みました。
この研究では、スマートフォンの加速度センサーを活用し、「今、少し変わった歩き方をしています。もしかしたら脳血管疾患の前兆かもしれませんよ」ということをリアルタイムで知らせてくれるシステムの開発を目指しました。これは、共同研究先の大学院でのインターン内容を基に発展させたもので、予想以上にデータが収集できたため、AIも導入してさらに精度を高めました。
機械学習を使いこなすのは大変でしたが、「自分の研究が誰かの助けになるかもしれない」という使命感が研究を支える大きな力になっていたことを覚えています。専攻科の卒業研究では「視覚障害者を対象とした音声歩行支援システム」の開発にも取り組みました。
―専攻科での思い出も教えてください。
専攻科で印象に残っているのは、高専ワイヤレステックコンテスト(WiCON)に向けたシステム制作です。大島では高齢化が進んでおり、災害時にネットワークが使えなくなると復旧が遅れる懸念があるという課題から着想を得ました。
船を活用した独自のネットワークを構築し、自治体のネットワーク復旧時に切り替えられる仕組みを考えました。島の外周にアンテナ付きのブイを配置し、通信を確保する設計を立案しましたが、ブイを浮かべるための申請に約半年かかり、苦労した点も良い学びとなりました。
そのプロジェクトでは私がリーダーだったのですが、スケジュールに対して早めの決断をしなければいけない場面が多く、どこまでやるか・どこを省くかをきちんと決めなければいけないことが身に染みて分かりましたね。
浅川先生からは、ある技術がどのような役に立つかを多角的に考える力や、社会課題に対するアプローチの方法を学びました。ある時、私がある結果を出すために無茶な解析を行おうとした際に、「自分勝手にそんなことをしてはいけない」と厳しく指摘をいただいたことがあるんです。今はデータを自由に加工できる時代ですが、これをきっかけに「それが本当に正しいことなのか」を常に考えて研究する姿勢を養えました。
自信をもって、新しい世界に挑戦してほしい
―高専に入ってご自身の中で変わったことはありますか。
中学生の頃までは内向的で人と喋ることも苦手でしたが、「自分の考えを発信しないと相手も発信してくれない」「発信すればするほど自分の世界が広がっていく」ということ気づいて、イベントに参加したり、積極的に先生の部屋に遊びに行ったりを繰り返していたら、いつの間にか性格が180度変わっていました(笑)
明確なきっかけは、1年生の時に担任から「プログラミングのイベントがある」とお誘いを受けたことです。そこで新しい人に関わることがルーティン化して、やってみたいことがあったら誰かに話しかけることが当たり前になりました。そこから手探りで新しい場所に飛び込むことを繰り返していたら、大学院まで来ることができました。
私にとって、新しいことをするのは本当に楽しいです。もともと頑固で興味のあることしかやらないタイプだったのですが、それだと世界が広がらないと気づき、意識的に新しいことへ踏み出すようにしました。まずは本を読むことから始めて、システムを実装したり、イベントに参加したり……。高専での生活がきっかけで漫画の主人公みたいに自分の人生を楽しくすることを知ったんですよね。
もし周りから否定されていたら、ここまで来ることはできなかったと思います。ですが、高専はそういう個性を受け入れてくれる環境ですし、周りもいろんなことに挑戦しているからモチベーションも上がるし、自分を変えられたのは高専に入ったからこそだと思います。
―北海道大学大学院を選んだきっかけと、現在の研究について教えてください。
私は「このアプローチがいい」と思った瞬間に他のアプローチが見えなくなってしまい、それで大切なものを見落とすことがあり、専攻科では最後の最後まで「視野を広く」と言われていました。
自分の信じたいものに固執すると、システムを利用する人の立場やその人にとっての本当の価値を見失いがちです。そうした経験から、利用者の身体や行動に即した視点を持ちたくなり、人間の構造や動きのメカニズムを専門的に研究できる北海道大学の研究室に進学しました。
私はミーティングをしているときに、「分かりました」と言う癖があるのですが、今の研究室の先生に「これはあくまで僕の意見で、それが正解とは限らないから、あなたの意見も聞きたい」と言われたんですよね。そこから自分の意見を言うことはかなり意識していて、おかげでいろんな優秀な方と意見交換ができて、学びの多い時間を過ごせていると感じます。
現在の研究は、「エコー動画を対象とした胎動検出アルゴリズム」についてです。妊娠すると胎動がありますが、「胎動を感じにくい人は、生後の虐待の確率が上がる」というデータがあるんです。そこで、もし胎動が感じにくくても、他の方法で赤ちゃんが動いたことが分かればいいなと思い、この研究をスタートしました。
今は画像処理やディープラーニングを用いて、赤ちゃんがどのくらい動いたかを検知するアルゴリズムの作成を行っています。先行研究が少ないため、人体の構造や胎児の動き方についても学びながら進めています。
まだまだ先は長いですが、今後はスマートフォンなどで「今、赤ちゃんが動いていますよ」とお知らせできるようなシステムがつくれたらと思います。
―現役の高専生にメッセージをお願いします。
高専にいる後輩が悩んでいると、もどかしくなるんですよね(笑) 「君は頭もセンスもいいんだから、飛び込んだらすぐできるよ!」という気持ちになります。やりたいことはやってみたらいいと思うし、仮に否定する人が99人いても、きっと1人は称賛してくれます。なんなら私がその1人になるので、日々を全力で楽しい方向に持っていく気持ちを忘れないでほしいです。
それと、よく「何事にも好奇心が大切」と言われますが、好奇心を持ってなくても、拒絶反応がなければいいと思います。何かをするときに「すごく嫌い」が多いと選択肢が狭まってしまうので、悪いところだけではなく、何か良いところを見つけることを意識してくれたらうれしいです。
自分が思うより世界は広いですし、うまく行動できなくても新しい環境に飛び込むことを躊躇わないでほしいです。そして、新しい環境に飛び込むときに武器になるのが、高専やこれまでの人生で経験したことだと思います。小さなことでも、しょうもないことだと思っても、何事にも自信をもって全力で立ち向かってください。
的場 遥佳氏
Haruka Matoba
- 北海道大学大学院 情報科学院 システム情報科学コース 修士1年
2022年3月 大島商船高等専門学校 情報工学科 卒業
2024年3月 大島商船高等専門学校 専攻科 電子・情報システム工学専攻 修了
2024年4月 北海道大学大学院 情報科学院 システム情報科学コース 入学
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