佐世保高専を卒業し、大学院進学後に不動産事業の株式会社Jentを立ち上げた山口結生さん。2022年には、不動産を探すユーザーに対し、LINE等のチャットツールを活用した不動産情報提供サービスを展開する株式会社スミカも設立しました。そんな山口さんは、高専でどんな学生生活を送っていたのでしょうか。
インターネットが唯一の娯楽だった
―高専を目指したきっかけを教えてください。
私が生まれ育ったのは、佐賀県伊万里市の農家です。徒歩圏内に自販機やコンビニが1つもなく、山を2つほど越えなければ街中に行くことができない場所で、まさに絵に描いたような田舎でした。
そんな環境でどハマリしたのが、インターネットでした。小学生の頃から家にパソコンがあったので、ネット検索をしたりネットゲームに興じたりして日々を過ごしていたのです。
そして、中1の頃、プログラムを実装してロボットを戦わせるゲームに出会い、漠然と「プログラミングっておもしろい」と思うように。将来はITに関する道に進みたいと考えていたときに先生から高専を勧められ、長崎の佐世保高専に進学を決めました。当然、実家からは通えないので寮に住むことになるのですが、環境を思いきり変えて挑戦したいという思いもあったので一石二鳥でした。
―実際に高専に入学してみていかがでしたか。
印象に残っているのは、1年次のプログラミングの授業です。先生から与えられたテーマに対するプログラムを黙々と書き、正解だった人から順に授業が終わり教室から出てよい、というもので、言葉にせずともみんなの中に「最後まで残ったらダサい」という思いがありました。だから、いち早く終わらせようと本気になるわけです。この経験があったおかげで、プログラムをスピーディーに書く感覚が養えたと思っています。
一方で、音楽活動にのめり込んだり、ゲームのRMTで収益を上げていたりといったことが楽しく、勉強面にはまったく力を入れていませんでした。頻繁に赤点を取っていましたし、物理にいたっては3回ほど追試を受けた覚えがあります。でも、3~5年次では、首席という成績を収めました。
―勉強に火が付くタイミングがあったのでしょうか。
明確にありました。2年生の頃に、クラスの秀才が基本情報技術者試験を受けることになったのです。国家試験のひとつで、当時は今よりさらに難易度が高く、10代のうちに受ける人はほとんどいないと言われていましたから、みんな盛り上がりました。そんなときに「お前とは大違いだな」と友人から言われ「自分も受けてやる」と決意。結果、ギリギリではあったものの一発合格が叶ったのです。
このときに「やればできる」という確信が生まれ、「勉強もゲームみたいでおもしろいかも」と思えるようになりました。そこからですね、勉強に本腰を入れるようになったのは。最終的には、首席で卒業できたうえ、卒業研究でも表彰されることができました。
インターネットに導かれ、独立の道へ
―編入先の千葉大学は、どのようにして決めたのでしょうか。
高専在学時からアフィリエイト等で収入を得ていたので、ネットがあればいつでも仕事ができるという感覚があり、あえて「将来はこの仕事に就きたい」といった目標は掲げていませんでした。ただ、しいていうなら「理系にこだわるのはやめよう」と思っていました。自分の可能性をまだ知らないのに、いきなりキャリアの選択肢を絞るのはもったいないと考えたからです。
そして、「もっと大きな世界を見てみたい」と思っていましたので、編入するなら絶対に東京の総合大学に行きたいと望んでいました。しかし、東京大学への編入ができなかったので、結果的に千葉大学に進むことになります。
大学生になると、文系の人たちとサークルを通じて知り合いになり、知見はぐんと広がりました。また、先輩がITスタートアップのインターンに通っていることを知り、私も1年ほどインターンとして現場に入らせてもらいました。“死ぬ気でやってやる”と言わんばかりの勢いで、全力で働いている方々を目の当たりにし、衝撃を受けたことをよく覚えています。
―その後、東京工業大学の院に進学したのはなぜですか。
院に進む友人が多かったので自然と検討したというのが正直なところですが、自分自身「もっと知見を広げたい」という思いが強かったからです。また、東工大の院には社会人向けの教育プログラムが用意されていたことも決め手となりました。社会人の方が多くいる環境なら、さらに自分の可能性が引き出せるのではないかと感じたのです。
進学した東工大の環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程(MOT)では、「自分の立ち位置を知りたい」「力試しをしたい」との思いから、東京大学大学院 工学系研究科 技術経営戦略学専攻(TMI)との共同ゼミにも参加しました。東大院の学生たちと渡り合った経験は、確実にその後の就活に大きな影響をもたらしています。
―就活をしながらも起業の道を選んだ理由を教えてください。
当初は起業をすることなんて予定になかったので、ひたすら就職活動に励み、複数の企業から内定をいただいていました。でも、どこかでピンとこない自分がいて、悶々とする日々を送っていました。そんなときに参加したインターンで、同じく高専出身であり、後に共同経営者となる倉敷亮太に出会ったのです。その後も定期的に近況報告をしていました。
そして、彼から声をかけられたことをきっかけに、位置情報サービスを使ったアプリを2人で開発することになったんです。ありがたいことに、アプリは多くの方に高い評価をいただき、最終的には上場企業に買収いただきました。
アプリをつくる学生はいても、過程はどうであれ売却までに至る学生はなかなかいないということで、投資家の方々にアドバイスをたくさんいただきました。そうするうちに「この環境を生かさないともったいないのではないか」と考え、2017年にチャット集客に特化した不動産サービスを提供する「株式会社Jent」を、倉敷とともに立ち上げたのです。
私は佐賀の農家で産まれてから、インターネットの力を通じて、常に新しい場所、新しい仲間に出会うことができました。前述の投資家の方々も、SNS経由で出会うケースが多かったです。本当にインターネットは個人の力を拡張していると感じており、就職ではなく、起業という「個での勝負」を本気でしたくなった、というのも大きな背景でした。
現在は、Jentを不動産取引の会社にし、ITサービスの開発や展開は2022年に「株式会社スミカ」に継承しています。社員は40~50名ほどにまで増え、ありがたいことに採用面も順調です。
高専は独立精神が芽生える場所
―高専生が起業したいと思った際、まずは何をすべきでしょうか。
個人での起業と、人を雇う前提での起業はやるべきことがかなり異なり、人を雇うとなればキャッシュフロー(現金の流れ)をしっかり考えなければすぐに立ち行かなくなります。ですから、まずは一人でサービスなどを開発し、しっかりと稼げるようになってから法人化することをおすすめします。
高専生はものをつくる能力がダントツのはずですから、高専が提携している地元企業などに出向いて「自分にできる受託の仕事はありませんか」と声をかけてまわってみるのも良いでしょう。どんなにあれこれ考えたところで、実行できなければ机上の空論に過ぎません。まずは行動を起こしてください。
また、起業してしみじみと感じるのは、営業スキルがあったほうが圧倒的に有利だということ。さまざまな場所に出向き、たくさんの人と出会い、対人スキルを磨きましょう。
―高専生で良かったと感じることはありますか。
何より、大学受験を意識せず、好きなことに没頭できる5年間を過ごせたことです。大学編入も一般受験をするよりは比較的容易ですし、高専で実務を学んでいるため、インターン先でも非常に重宝されました。
また、社会人になったあとも「高専出身」というだけで特別視されることが多く、さらに同じく高専出身の人とはそれだけですぐに打ち解けられます。
―高専生にメッセージをお願いします。
大多数が普通高校への進学を選ぶ中、たった15歳で周囲とは違う道を自分の意思で選ぶというのは、すごいことだと思います。私自身、こうした意思決定の連続によって、独立精神が芽生えたのではないかと感じます。
たった15歳で専門を決めるような意思決定…やはりどうしても「これで良かったのだろうか」と思うこともあるかもしれませんが、高専を選んだことは、今後の人生で必ずプラスに働くと信じています。それは、専門性がどうこうという話ではなく、前述の「独立した意思決定を行える素質」が得られているということです。
私は、高専に入らなかったら起業はしていませんでした。高専の在学生、高専を志す皆さんが、自分の意思で自身の道を切り開き、より力を発揮できる場所を見つけることを、心から願っています。
山口 結生氏
Yuki Yamaguchi
- 株式会社スミカ 代表取締役
2014年3月 佐世保工業高等専門学校 電子制御工学科 卒業
2016年3月 千葉大学 工学部 電気電子工学科(現:総合工学科 電気電子工学コース) 卒業
2017年9月 株式会社Jent 設立
2020年3月 東京工業大学 環境・社会理工学院 技術経営専門職学位課程(起業により中退)
2022年12月 株式会社スミカ 設立
同年同月より現職
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