高専教員教員

魚好きの少年が“潜る男”になるまで。潜水を武器に、水環境改善のために身を尽くす

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魚好きの少年が“潜る男”になるまで。潜水を武器に、水環境改善のために身を尽くすのサムネイル画像

母校である米子高専で准教授として働く藤井貴敏先生。学生時代から今にいたるまで水の環境改善に関わる研究を続け、みずから潜水して調査に赴く姿から「潜る男」とまで呼ばれています。一貫して同じテーマの研究を続ける藤井先生の熱意についてお聞きしました。

幼少期の原体験が今に繋がっている

―現在のご研究内容を教えてください。

主に4つあります。1つめは「覆砂をした中海浚渫窪地の環境改善効果の検証」。中海(なかうみ)は島根県松江市・安来市と鳥取県境港市・米子市にまたがる湖の名称で、そこにはかつて行われた干拓事業によって周囲よりも水深の深い「浚渫窪地(しゅんせつくぼち)」が形成され、現在も残っている状況です。

この窪地は周囲よりも塩分濃度が高く、湖水の水の入れ替えが生じにくいという欠点があります。つまり、窪地内は生物が生息できない環境になっているということ。そこで、この窪地をリサイクル材(石炭灰造粒物)によって覆砂(湖底に良質な石炭灰造粒物を置くこと)・埋戻(石炭灰造粒物を用いて、窪地を元の水深まで戻すこと)をすることで、湖底からの溶出物質の抑制効果を検証しています。

黄緑色の管棲多毛類
▲湖底(石炭灰造粒物)に生息する管棲多毛類

2つめは「マイクロバブルによる湖沼等水質・底質浄化技術実証研究」です。中海の南東に位置する米子湾は閉鎖性が強いため汚濁物質が移動拡散しにくく、過去に流入した汚濁物質が海底にヘドロとして堆積しています。通常の汚濁物質なら環境の自浄作用により分解されますが、許容量を超えた米子湾では、ヘドロの堆積により、カニや貝などの底生生物が生息できない状況に陥っているのです。

そのため、自浄作用を取り戻すため、米子湾の湖底にとても小さい泡(マイクロバブル、直径100μm未満で1μm(=0.001mm)以上の泡)で空気を供給し、酸化的環境に再生することを鳥取県水環境政策課の方々とともに目指しています。

2つ並んだ黄色いタンクと、そこから伸びる管
▲マイクロバブルによる米子湾浄化試験の様子

3つめは「米子市水鳥公園つばさ池に係る水質調査及び水質改善策の研究」です。米子市には中海に隣接する自然観察公園「水鳥公園」が存在します。ここは、特に冬季に渡り鳥が飛来し、鳥類の休息場となっています。一方で、鳥類の排泄物などにより、植物プランクトンの栄養源である窒素やリンの流入量が著しいのも事実です。

夏季には透視度が20 cm以下になるほど植物プランクトンが大量発生し、沿岸部においても硫化水素が発生するなどの大きな影響が出ています。この環境を改善するために、排水処理法の1つである「散水ろ床」を応用して、陸地に湖水を散水し、栄養塩の分解を試みる研究を進めています。

2つの黒い装置から伸びるグレーの管
▲散水ろ床を行う装置
草の間にあるホースから流れる水
▲上記装置を用いた水鳥公園の散水ろ床(散水の様子)

さらに、水鳥公園にマイクロバブル装置を導入し、生物の回帰や硫化水素の発生抑制も検証中です。

湖に浮いたピンク色のマイクロバブル装置
▲マイクロバブル装置による水鳥公園浄化の様子

4つめは「日本海の漁礁における魚種の定点観測および魚類の消化管内におけるマイクロプラスチックの探索」です。日本海に位置する美保湾は砂質で、漁礁に多くの魚類が生息している数少ない場所です。近年、美保湾の魚類は過去に見られなかったブダイや鰆など、温かい海に生息する魚類が増加している傾向にあります。

そのため、水中ドローンを用いて、漁礁周辺の魚類の観察を行い、長期的な魚相の変化を調査しているところです。また、昨今問題となっている「マイクロプラスチック」についての研究例が日本海側では少ないため、美保湾周辺で捕獲された魚類の消化管内のマイクロプラスチックの探索も行っています。

船から見た赤潮の様子
▲岩礁調査の際に出ていた赤潮
オレンジと黒色の水中ドローンが水中にある様子
▲水中ドローンを用いた岩礁調査の様子

なお、これら4つはすべて共同研究によるものです。

―それらの研究に出会ったきっかけは何でしたか。

田園に囲まれた島根県・安来市で育ち、幼い頃は池や川、中海、日本海……と、さまざまなフィールドで魚釣りを楽しんでいました。採取した魚を図鑑で調べたり、飼育したりといったことが大好きな少年でしたね。

ダムで魚釣りをする藤井先生
▲8歳の頃、ダムでの魚釣り

ところが、ある日を境に川の水が濁り、魚が釣れなくなったのです。その原因は、区画整理によって川の両岸にコンクリートが設置され、魚の住処になるような場所がなくなってしまったからではないかと考えました。この出来事をきっかけに、子どもながらに生物が生息する環境そのものに興味がうつり、中学生の頃には水環境を題材に弁論大会に出場したこともあります。

壇上に立ち、弁論する藤井先生
▲中学2年生のとき、市の弁論大会にて

そんな私を見た先生が「理科が好きなら米子高専がいいのではないか」と勧めてくださり、米子高専の物質工学科に進学することにしました。高専では化学・生化学をおもに学び、より研究を極めるために大学へ編入。下水汚泥の減容化に関する研究に没頭しました。

4つ並んだ試験管の中にある汚泥
▲広島大学の学部生の研究で用いた汚泥

―母校である米子高専で教員をすることになった経緯を教えてください。

水処理場の設計に関わる仕事に就きたいと思う一方で、高専の教員の道も考えていました。同じ分野で研究をする人材を育てたいという気持ちはもちろん、私が指導することで学生の意識が働き、水環境の改善にもつながるのではないかと思ったからです。

研究室メンバーと写真に写る藤井先生
▲横浜国立大学の大学院の研究室メンバーで、修士課程の修了式祝い

ちょうど修士1年目が終わる頃に母校から公募がかかり、院に所属していながらでも教員として勤務できるとのことで、修士2年にあがるタイミングで助手として採用していただきました。その後、博士をとるまでには紆余曲折あり、7年ほど要しましたが無事に現在にいたっています。

本来棲んでいるはずの生物のために

―高専に着任したからこそできることはありますか。

私の研究のメインは、自ら海に潜って研究と検証をすることです。今でこそ5mほどの深さでも難なく潜水できますが、実はもともと泳ぐのは大の苦手で、水が怖かったんです(笑) 息継ぎすら上手にできない自分がなぜこんなことをやっているのかと言えば、高専に着任したからです。

高専に着任して2年が経った頃、「アマモ」という海藻の研究をしている宇部高専の中野陽一先生から声をかけられました。先生は瀬戸内海に潜って自ら調査をし、米子の海にも何度か来たとおっしゃっていましたね。そして「一緒にやらないか」とお誘いいただき、潜水を始めることになったんです。すぐに潜水士の国家資格を取得しました。

現在は、年間約25回は海に潜り、1回の潜水を含めた調査時間はトータル3時間にわたります(潜水のみの時間は1時間程度)。そんな私を見て「潜る男」と言ってくださる方も増えました。水は嫌いでしたが、自分の目で海の中を毎回見るたびに、肌で環境の移り変わりに触れられることを光栄に感じています。

潜水されている藤井先生
▲潜水作業中の藤井先生

―学生とともに研究する楽しさはありますか。

2014年に、高専生を始めとする地元の学生や市民の皆さんとともに「湖底こううん隊」を結成し、中海に隣接する湊山公園の池底を定期的に耕うん(こううん)したことがあります。池は中の泥を鍬でかき混ぜることで水の中の酸素とふれあい、泥(底質)がきれいになります。

池の泥をかき混ぜる、学生や市民の皆さん
▲「湖底こううん隊」活動の様子

きれいになると生き物も棲みやすくなるのですが、湊山公園の池はしばらく誰も使っていなかったため、池内にはヘドロが蓄積し、悪臭がしていたのです。そこで、こううん隊として池内の浄化活動や生物調査、水質調査などを継続的に実施。今では生物もたくさん増え、それらが池内の汚れも食べてくれるので水もきれいになっています。

湖の底に住み着いていた魚など
▲湖底耕うんによって住み着いた生物

ほかにも小学生も参加する体験学習を開くことで、地域住民や次世代の子どもたちに水環境への理解を深めてもらうことができたと思っています。これらの活動は、2020年の「水・土壌環境保全活動功労者表彰」の受賞につながりました。フィールドワークを通して研究ができる楽しさは、学生と一緒だからこそですね。

―先生の研究の先には何がありますか。

力を入れているのは、中海の環境改善です。多くの人たちの意識が高まっているからか、ピーク時よりも水はきれいになっています。しかし、汚れを一切なくすことが必ずしも正解というわけではありません。人工的にきれいにしすぎた水では、海藻が育ちにくいからです。結果、生物にとって棲みにくい環境になってしまいます。

本来そこにいるはずの生物が生きられる環境をつくる。その状態を維持するために私たちができることは何かを考え続ける。その中で私の研究が貢献できればこれほどうれしいことはありません。

手の中にあるシジミ
▲湖底耕うんによって復活したシジミ

理科への興味があるなら、ぜひ高専へ

―今後、力を入れていきたいことを教えてください。

現在、外部機関と協力して環境に関する研究を続けられています。調査にとどまらず、浄化試験までできるのは協力機関の支援があってこそです。やはり、外部と協力しあうことによって研究の精度は高まるのだと実感します。

そこで、最終的には行政に私の研究の情報を提供できたらと考えています。どんなときにゴミが増え、どんな流れで海へ流入してしまうのか。これらを予測できれば、沿岸を清掃するタイミングにも役立てられ、環境汚染を最小限に留めることが可能ではないかと思うからです。

また、「潜る男」として、これからも研究を続けたいと思う一方、体力的な厳しさも感じ始めているので、協力者を募って協同で研究していく体制を築くことも目標のひとつです。

―高専を目指す小中学生にメッセージをお願いします。

理系を目指している人は、ぜひ高専を選択肢に入れてほしいと願っています。「研究したいこと」「なりたい職業」は、明確になくてもかまいません。少しでも理科に興味があるのなら、やりたいことは入学してから決めたらいいのです。

高専は、就職率はもちろんのこと、大学進学率も高いのが特長です。「編入」という形で大学に進めるため、一般的な大学受験よりは競争率が低く、さらに、専門分野を5年間学んでいるためかなり重宝されます。

もちろん、最終学歴がすべてではありませんが「卒業後は大学に行きたい」と考えている人にとっても、高専はぴったりだと個人的には考えています。ぜひ、高専でやりたいことを見つけて自分が進むべき道をきりひらいてください。

藤井 貴敏
Takatoshi Fujii

  • 米子工業高等専門学校 総合工学科 化学・バイオ部門 准教授

藤井 貴敏氏の写真

2009年3月 米子工業高等専門学校 物質工学科 卒業
2011年3月 広島大学 工学部 第三類化学工学課程 卒業
2013年3月 横浜国立大学 環境情報学府 環境システムマネジメント専攻 修士課程 修了
2019年3月 広島大学大学院 工学研究科 化学工学専攻 博士後期課程 単位取得退学
2020年3月 日本大学(論文)博士(理学)
2012年4月 米子工業高等専門学校 物質工学科 助手
2013年4月 同 助教
2017年7月 島根大学 研究・学術情報機構エスチュアリー研究センター 協力研究員
2019年4月 日本大学 文理学部 自然科学研究所 研究員
2020年4月 米子工業高等専門学校 物質工学科 助教
2021年4月 同 総合工学科 化学・バイオ部門 助教
2021年7月 同 講師
2022年10月より現職

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