企業への技術指導や依頼試験、分析、共同研究などを担う「公設試」の研究員として働いていらっしゃる、大阪産業技術研究所の田中慶吾さん。香川高専の専攻科を卒業し、国内随一の「溶接」の学びの場として知られる大阪大学の大学院へ進学した田中さんが考える「溶接」のおもしろさや仕事の魅力について伺いました。
部活と勉強に励んだ高専時代
―高専に進学した理由を教えてください。
小さいころからものづくりが好きで、中学校では技術・家庭科が1番の得意科目でした。高専を選んだ1番の理由はすごく単純で、バイクで通学できるから(笑) もう1つの進学先候補だった公立高校は家から遠く、同じだけ遠いなら「バイクで通学できる高専のほうが楽なのでは」と考えた覚えがあります。
親戚が高専に通っていたことから母が高専に詳しく、性に合っているのではと勧められたのもきっかけとなりました。また、私の姉と兄は公立高校から国立大学に進学していたので、「兄姉と違う道を歩みたい」という気持ちもありましたね。ただ、このときは大学院進学どころか専攻科の存在すら知らず……。5年制ということだけは理解していたので、「卒業したら就職するんだろうな」と、将来のことは漠然と考えていました。
―高専での学生生活はいかがでしたか?
正直に言うと、本科3年生まではあまり真面目に勉強していませんでした。板書だけはノートに写して、テスト前日に読み直すだけ。しかし、定義を間違ったまま記憶していたことが原因で、3年生の前期末の電気回路で10点を取ってしまったのです……。このことは自分の中でかなりショックな出来事で、以後真面目に授業を聞くようになりました。
その甲斐あってか、4年生では手を伸ばせば専攻科へ進学できるところまで成績を伸ばすことができました。さらに、当時の担任に「専攻科に行くなら、もう少し勉強して順位を上げたほうがいい」と助言をもらったため、クラスで10番以内を目指して勉強に励みましたね。以前は「テストがあるから」という強制的な理由で勉強していたのですが、自ら勉強するうちにだんだん楽しくなり、「もっと知りたい!」という思いが強くなっていきました。
授業では、先生方の教え方の特徴をよく観察して、重要なポイントを把握するよう努めました。また、試験では過去のテストを分析するほか、「自分が先生だったらどういう問題を出すかな」と考えて逆算的に勉強するようになり、結果がついてくるようになったんです。「10番以内を目指して専攻科へ進学する」という具体的な目標があったことも、モチベーション維持につながったと感じています。
―学校生活や部活動の思い出はありますか?
部活動は、中学から続いていたバドミントン部へ入部。3年生の夏の総体までは毎日練習で忙しい日々を送っていました。いつも自分たちで練習を考えて進めていたので、授業中と同じくらい、常に頭を使っていました。シャトルを単に打ち返すだけではなく、相手を見て戦術を考える必要があるからです。
実力のある先輩や同級生、後輩に恵まれ、全国高専大会では団体戦ベスト4、香川県の高校の大会でも団体戦ベスト4、個人ではシングルスベスト16、ダブルスはベスト32の戦績を残し、県の強化練習にも参加しました。部活で培った粘り強さや素直さは現在の研究にも生かされていて、当時の同級生や先輩・後輩たちとは今でも交流が続いています。
溶接の世界に進むまで
―「溶接」の道を選んだのはなぜですか?
高専では、5年生で研究室の配属が決まります。私は昔から刃物が好きで、刀鍛冶など職人の世界に憧れていました。ですので、本当は金属の「鍛造」について研究したかったのですが、鍛造の研究室はなく、金属加工に関連した研究室を探すなかで溶接のおもしろさにもひかれていきました。また一方では、“縁の下の力持ち”という役回りが好きだったので、「溶接の研究開発で、モノづくり全体を下から幅広く支えたい」と考えるようになったんです。
当時の指導教員だった正箱信一郎先生に相談したところ、「研究開発職を希望するなら大学院(修士)は出ておいたほうがいい」と助言をくださいました。その後、溶接を学問として修め、その研究開発に携わって生きていくのであれば、国内では唯一の溶接・接合分野に特化した「熔接工学科」の流れを汲む生産科学コースを有する大阪大学が自分にとって最適なこともわかり、とにかく勉強して成績を上げて、進学を決めました。
—大阪大学大学院での研究はいかがでしたか?
溶接の“本家本元”として知られる大阪大学では、溶接プロセス、溶接部の金属組織や破壊力学、検査、溶接の施工管理など、溶接に関することを隅々まで学べる環境が整っています。また、「国際溶接技術者(IWE)」の養成コースがある点も特徴です。私は国際溶接技術者(IWE)の取得を目指し、大学院に入ってすぐ、2カ月間のインターンシップに参加しました。
進学にあたっては「大学院の研究レベルに自分が通用するのか?」という不安な気持ちもありました。実際、それまでとはまったく異なる環境でしたし、初めての1人暮らし、講義、インターンシップ、学会発表と1年目にしてたちまち多忙な日々。研究では装置の不調で思うような成果が出せず、就活にも悩んでいたので、特に博士前期課程(修士課程)は楽しい反面、苦労した時期だったと言えます。
―現在の職業に就いたきっかけは何だったのでしょうか?
博士後期課程ではメーカーへの就職を考えていましたが、基礎研究の面白さも感じており、大学の教員という道も視野に入れながら足踏みしていました。そんなとき、偶然にもタイミングよく大阪産業技術研究所で溶接関係の公募が出て、先生にも背中を押していただいたおかげで一歩踏み出すことができました。
それまでは、「公設試験研究機関」(略称「公設試」)のことは把握しておらず、進路の選択肢にも入っていませんでしたが、調べてみると、研究という側面から中小企業のモノづくりを支える組織だとわかりました。高専時代から抱いていたモノづくりに直結した研究開発と、大学院で面白さを感じた基礎研究。この両方を推進しながら、修士課程で取得した「国際溶接技術者(IWE)」の資格も活かせるのではないかと考えましたね。
溶接の「生きた教科書」になるのが夢
—現在の仕事や研究内容について教えてください。
大阪府は金属加工業が盛んで、その製造において溶接技術がよく使用されています。「なぜ溶接不良品が生まれるのか」「どうすれば良い溶接ができるのか」といった中小企業の技術者の疑問に答えるために、溶接中に「どんな現象が、なぜ生じているか」の理解を深め、「溶接技術の高度化」を目指しています。
最近は、カーボンニュートラルやSDGsの観点から、溶接技術の高度化が強く求められているんです。例えば、電気自動車で必要なバッテリーの製造。「レーザ溶接」では溶かした金属が飛散しやすいのですが、これによってバッテリーを台無しにするリスクが高くなります。どうすれば改善できるか考えるためには、なぜ溶けた金属が飛散するのか、その現象の本質を見極める必要があります。
相談を受けた後は、企業の担当者と二人三脚で課題解決を進めていくので、研究能力だけでなくコミュニケーション力も求められます。一つひとつ異なるケースばかりなので、「縁の下の力持ち」を目指して日々筋トレしているような感覚です(笑) 溶接に関するあらゆることを知り尽くし、頼りがいのある溶接の“生きた教科書”になるのが私の目標です。
―高専を目指す中学生や高専生へメッセージをお願いします。
高専の1番の魅力は、実学を通じてものづくりを学べることだと思います。実習で体験したことは今も自分の体に染みついています。レポートも多く、理数科目が苦手だと正直苦しいこともありますが、もしものづくりが好きだという気持ちが強くあれば、決して乗り越えられない壁ではありません。自分が興味を持ったこと、好きなことならいくらでも夢中になれると思います。
5年間、あるいは7年間も同じクラスで苦楽を共にしますので、一生の付き合いとなる友達もできますよ。
現役の高専生へ。進学に少しでも興味があるなら、チャレンジしてみてほしいです。もし実力が不足していても、具体的な目標が定まれば、手に届くようになるかもしれません。大学院では、その分野の最先端を知り、自分の世界を広げるきっかけ、多くの出会いがあります。自分の可能性を信じて、大きく羽ばたいてほしいです。
「教えるのが好き」「人や社会の役に立ちたい」「モノづくりが好き」なら、公設試の研究員という仕事はぴったりだと思います。地方公務員あるいは相当の待遇で都道府県をまたぐような転勤も無いので地方就職を希望する人にもおすすめですし、ワークライフバランスもとりやすいと思います。将来はこんな道もあるのだと覚えておいてもらえたらうれしいですね。
公設試から毎年同じ公募が出ることはほとんどなく、特に溶接関係の公募が私の修了予定年度のタイミングで出たことは、とても運がよかったと言えます。いざチャンスがやって来たときに波に乗れるかどうか。その波を逃さないために、日ごろから自己を研鑽して準備をしておくことが大事なのだと思います。
田中 慶吾氏
Keigo Tanaka
- 地方独立行政法人大阪産業技術研究所 和泉センター・加工成形研究部 研究員
2014年3月 香川高等専門学校 制御情報工学科 卒業
2016年3月 香川高等専門学校 専攻科 創造工学専攻 機械電子コース 修了
2018年3月 大阪大学大学院 工学研究科 博士前期課程 マテリアル生産科学専攻 生産科学コース 修了
2020年4月~2021年3月 日本学術振興会 特別研究員(DC2)
2021年3月 大阪大学大学院 工学研究科 博士後期課程 マテリアル生産科学専攻 生産科学コース 修了
2021年4月より現職
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