大阪大学で溶接・接合分野の研究をされている山下正太郎先生は、佐世保高専の卒業生。高専時代は機械工学を学んでいた山下先生が、なぜ溶接・接合の分野に進んだのか。その背景を紐解いていくと、「縁の下の力持ちでありたい」という山下先生の思いが見えてきました。
エンジニアを目指して高専へ
―進学先に高専を選んだ理由を教えてください。
中学時代はソフトテニス部に入り、みんなで同じベクトルに向かって頑張ることの楽しさややりがいに惹き込まれました。
「大人になってもこんな環境に身を置けたらいいな」と漠然と思っていた頃に、モノづくりにフォーカスされた番組をテレビで観たのです。モノを生み出すにはチームの力が必要で、まさにそんな現場こそ自分に適していると直感しました。
もともとプラモデルや工作などが好きだったこともあり、エンジニアを目指そうと思ったとき、周りから「それなら高専がいいんじゃないか」と勧められました。私自身、理数系が得意だったので「苦手な国語と英語を勉強しなくて良くなるなら」と高専への進学を決めましたね。
―実際に高専に入ってみて、いかがでしたか。
それが、理数だけを重点的に学ぶわけではなく、しっかり国語と英語の授業もあったのです(笑) 今考えたら当然のことなのですが、当時は結構ショックでした。ただ、勉強は、ちゃんと頑張っていたほうだと思います。
その背景には「自分が選んだ道を後悔したくない」という思いもあったのでしょう。中学の同級生はみんな高校の普通校に進学していたため、久しぶりにみんなと会っても話が合わず、蚊帳の外にいるかのような感覚が拭えなかったのです。「自分はこれでよかったんだ」と思えるようになるためにも、食らいついていこうという気持ちがありました。
「縁の下の力持ち」であり続けたい
―高専卒業後、就職ではなく大学進学を選んだのはなぜですか。
もっと工学について学びたいと思ったからです。実は、最初から溶接・接合の分野に進もうと考えていたわけではなく、当時はプラズマ、燃焼関係の研究をしたいという思いがありました。しかし、配属される研究室を決めるにあたり、全ての研究室を見学しようと最初に伺った溶接・接合の研究室(当時・広島大学 工学部 第一類 篠崎賢二教授。現・広島大学 大学院先進理工系科学研究科 接合プロセス工学研究室 山本元道教授)で研究紹介を受け、感銘を受けたのです。
モノづくりにおける溶接・接合の分野は、決して目立つものではありません。しかし、溶接・接合がなければモノづくりは成り立たない。まさに「縁の下の力持ち」のような存在です。その当時の私は「表舞台でみんなを引っ張っていくよりも、陰で支える役割が合っている」と思っていたので、まさに自分の生き方に通ずるものがあると思いました。今では、いかに先導していくか、リーダーシップをとっていくか、で日々悩んでいますが(笑)
また、研究室の指導方針にも惹かれたんです。研究成果を必ず学会発表する、海外留学を経験できる、研究室に留学生がいるなど、社会人になるための基礎を築ける場であると考えました。研究成果を論理的にまとめる、文章で伝える、プレゼンを行う、そしてそれらの資料作成について丁寧に指導をしてもらえたこともあり、今の私があると感じています。
―今はどんな研究をしているのでしょうか。
専門分野は溶接冶金学(welding metallurgy)です。金属材料を溶接すると、不可避に組織が変化します。しかし、金属組織はその材料の性質に直結しているので、溶接による組織変化は負の影響を与えてしまいます。「それなら溶接技術を扱わなければいい」と考えがちですが、金属構造物において溶接ナシで成り立つものはなく、モノづくりをする上では、溶接に起因した負の影響とうまく付き合っていかなければなりません。
ですので、「私は病院の先生のような存在だ」というイメージを持っています。モノづくりにおいて金属材料は溶接によりケガをするんです。そのケガとどう向き合っていくか、そもそもケガを未然に防ぐ為にはどのように取り組むか、といった感じです。
溶接中、溶接直後、実機稼働中と問題が生じるケースは多岐に渡り、構造物の健全性担保に向けた課題が未だ多く残っています。そうした影響を与えないような溶接・接合の研究を続けています。
―それまで溶接・接合にはどんなイメージを持っていましたか。
高専では機械工学を主に学んできたので未知の分野でした。実習などで溶接した経験がありましたが、その溶接が研究・学問領域として存在していて、ましてやモノづくりが溶接・接合に最弱リンクしているなんて考えもしませんでした。
私は材料学に苦手意識が強かったので、当初はその魅力をつかんでいくことに非常に苦労しましたね。でも、一所懸命に向き合っているうちに次第に楽しくなってきて、今では溶接冶金について解き明かし、理解を深めることに大きなやりがいを感じる日々です。機械工学の知識と溶接冶金学の知識を合わせ持つことになり、モノづくりに関わりたいと決心した当時からすると、ただただご縁ではありますが、非常に良い専門性に恵まれたと思います。
モノづくりの進歩のために溶接冶金を追求
―その後、大阪大学で務めるに至った経緯を教えてください。
日本国内において、大阪大学大学院 マテリアル生産科学専攻の生産科学コースを除いて、溶接・接合を学問として学ぶことができる機関はありませんので、そこで溶接冶金学の知識を磨きたい、これまで以上に溶接に関わりたいという意志はありました。
ただ、実際に務めることができたのは、そのような意志に導かれたご縁のようなものなのでしょうか……。正直、なぜ今ここで働くことができているのか、わかりません(笑) 就職活動においても同じように表現されますが、ご縁に感謝であります。
実は、溶接・接合の学問体系化は大阪大学からはじまった歴史があるんです。伝え聞くことでしか知れない知見があり、今の環境で研究・教育活動に携わることができ、毎日楽しく過ごしています。
私が中学生の頃から抱いていた「みんなで同じベクトルに向かって頑張る環境に、将来も身を置きたい」という希望は、まさに叶っていると思います。「モノづくりを進歩させるために研究をしたい」という人たちが集まった環境で研究を続けられていますから。
―今後の目標を教えてください。
大学教員として要求されていることは十分に理解しているのを前提としてですが、自分だけで大きな成果を残したいとは、あまり考えていません。モノづくりに携わるみんなで研究を進めて、みんなでその喜びを感じたい!——そう考えています。もちろん、自分の研究を尖らせる為に日々努力していますよ!
また、自分の研究をしっかり後世につなげていくことも私の使命であると考えています。まさに「モノづくりの今と未来を溶接・接合する働き方」をしていきたいです。
繰り返しになりますが、溶接・接合は非常に地味な分野です。すごい素材を発見する、これまでにない構造物をつくり出すような研究ではありません。しかし、そのような発見・構造物をモノづくりへ生かそうとそればするほど溶接・接合が大事になります。だって、溶接するとケガしちゃいますからね(笑)
結果的にみれば、溶接・接合を経て初めてモノづくりの革新につながるんです。溶接・接合の分野だけが他よりも大事だとは言いません。機械工学も学んでいますし、モノづくりに重要な分野が数多あることは十分に理解しています。
ただ、溶接・接合もその中の1つで、非常に重要で、まだまだ可能性がある分野なんです。それを皆さんに伝えていけるように研究していきたい、また、溶接・接合分野に携わってくれる若者が増えてくれるように活気のある分野づくりをしていきたいと、近頃はそう考えています。
特に、教育活動にはこれまで以上に力を注ぎたいです。私がそうだったのですが、研究室活動の中で社会人基礎力・胆力などを育んでもらったと思い返すことがあります。大学の研究室は社会人になる最後のコミュニティでもあります。私が学生の頃に指導してもらったように、私も学生に確かな何かを伝えられるように努力したいですし、していかなければなりません。
―高専生へメッセージをお願いします。
高専では、テキスト的に学ぶことと同様に、実際にモノに触れる機会が数多く用意されています。早くから専門性に触れられる点は、間違いなく大きな経験になると思います。私自身も、科学を「想像」する力を育む年齢のうちから、科学を「創造」する力を与えてもらう機会にいたことに、とても感謝しています。凄くいい環境にいると思いますよ。
その環境を生かせるか否かは、各個人に委ねられています。皆さんの周りには博士号を取得した先生方がたくさんいますので、高専の年頃にしては、かなり稀な環境だと思います。これからの人生、選択に迷う場面もたくさんあると思いますが、そんなときは高専の先生方や自分が思い描く将来像に近い人に相談してください。
それが大学など他の機関であれば、自分からアプローチしてみてください。今はメールなどから簡単に連絡できます! そして、いろんな意見を聞いて考えて下さい。私は、それができなかったと後悔することがあります。是非、自分の将来のためにアクティブに行動して、望む未来に向かって一生懸命に頑張ってほしいです。
山下 正太郎氏
Shotaro Yamashita
- 大阪大学 大学院工学研究科 マテリアル生産科学専攻 生産科学コース 助教
2010年 佐世保工業高等専門学校 機械工学科 卒業
2012年 広島大学 工学部 第一類 卒業
2015年 広島大学 大学院工学研究科 機械物理工学専攻 修士課程 修了
2017年 広島大学 大学院工学研究科 機械物理工学専攻 博士課程 修了
2017年4月より現職
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