大学生の頃から、水素エネルギーについての研究を続けてこられた、佐世保高専の西口廣志先生。これから脱炭素社会へと向かう日本において、重要な素材となる水素が果たす役割や、水素エネルギーを活かした地方創生について伺いました。
高専の使命は、地元を盛り上げること
-佐世保高専に赴任されたきっかけと、その印象はどんなものでしたか?
高専のことはほとんど知らなかったのですが、九州大学の研究室に高専からの編入者がいて、その方々がとても優秀で、驚いた記憶があります。
大学卒業後の進路を考えたときに、会社に就職する気になれず、もともと教育も研究もしたいという思いがあり、ちょうどそのタイミングで佐世保高専の公募の話を聞き、佐世保高専に赴任しました。
高専では高校生と同じ年で、大学で学ぶような数学や工学の分野を学びますし、実際のモノに触れる実験や実習も経験できるんです。これはエンジニアにとって大きいですよね。旋盤のような少し危険な機械も、どれぐらいの加減で使えばいいのかなど体で覚え、その上で座学も行うので、大学にはない良いカリキュラムだなと思いました。
-教育と研究ができる高専は、まさに理想の職場だったのでは?
そうですね。最初は、大学で研究を続けることをイメージしていたんですが、高専は学術的な研究をしながら、地元企業と一緒にさまざまな課題に取り組めるというのが魅力だと思います。
高専は、全国各地に51校あります。それぞれの高専で地元の企業と連携し、国内の技術の向上に貢献していくというのが、高専の役割だと思います。私は水素エネルギーの研究をしていますが、それぞれの地元にあった水素エネルギー社会の取り組み方があると思います。私がいる長崎も、長崎らしいやり方で、水素社会を切り拓いていく必要があると感じています。
水素エネルギーで地方創生!?
-水素による脆化防止膜の研究などをされているようですね。どういった研究なのでしょうか?
水素エネルギー社会で水素は主に、高圧ガスとして貯蔵・使用されることになっています。ところが、高圧水素ガスタンクや配管などに使用される金属の中には、水素ガスが水素原子となって侵入し、金属の特性を低下させる現象「水素脆化」が起こります。普通なら数年もつような金属でも、1年しかもたなくなってしまうということなどが起こりえます。こうしたタンクなどに使われている素材は、水素脆化を起こしにくいとされる「SUS316L」というステンレスか、「A6061-T6」というアルミニウム合金がほとんどです。しかしこれらはコストが高い。そこで低コストの炭素鋼を使い、表面をコーティングすることで水素が入らないようにしてあげれば、水素ステーションのコストを大幅に低下させることができるのではないか。そんな期待を胸に、電気電子工学科の大島多美子先生・川崎仁晴先生、機械工学科の西山健太郎先生の技術サポートをいただきながら実験を続けています。
-水素社会を実現するには課題がありそうですね?
菅総理は所信表明で「2050年までにカーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」ことを宣言し、2030年度までに水素ステーションは900カ所の普及を目指すとしています。実は、長崎には水素ステーションがまだありません。いずれは長崎にも、水素ステーションは導入されると思いますが地方ならではの問題は色々あります。たとえば日本一島の数が多い長崎県においては、仮に73ある有人離島すべてに水素ステーションを置くことは経済的に大きな負担が発生します。水素社会実現に向けてさまざまな研究機関が開発を進めていくなかで、長崎は長崎の特徴や得意なことを考え、活かし、コスト問題などを解決し、水素社会の実現に繋げたいと考えています。
-長崎の得意なことと水素社会の実現を繋げるとは、どういうことでしょうか?
長崎は、漁業や鉄鋼関係、造船などが盛んです。ですので、水素の脆化性防止膜の研究にも長崎の得意な鉄鋼材料を使えるようにしたいと考えています。
また、現在実験段階ではありますが、漁業に活かせないかと2015年から特殊な船づくりをしてきました。船に太陽光パネルを設置し、日中は太陽光で発電させ、水素発生器で水素をつくります。タンクに貯めた水素を燃料電池として使ってモーターを動かす仕組みの船です。これには除湿器もついており、大気中の水を確保して水素を発生させることもできるので、水道も電線も化石燃料もいらない、環境にやさしい船なんです。電気電子工学科の柳生義人先生にもご協力いただきながら、プロトタイプを作成しました。こういうものを完全自動化して、低コストでつくれれば、自走して養殖場などに行って餌をまくなど、ロボット化もできるかもしれない。そうすると漁業に役立つのではないかと思っています。
-「水素はクリーンエネルギー」というイメージが強いので、多くの支援も集まりそうですね。
そうですね。エコでクリーンというイメージは大事だと思います。ただ、そういうものってコストが高く、ハードルが高く感じられると思うんです。ですので、私はもっとキャッチ―なもの、例えばおいしい・楽しい・華やかなど、そういうところに結び付けていったらおもしろいなと思っています。
例えば、長崎には「西海橋」という国の重要文化財になっている橋があるのですが、この橋の下の海に急潮があって、うず潮があるんです。風も強いので、潮の流れや風の力を水素エネルギーに変えて、水素で発電したライトで橋をきれいにライトアップすれば、人を集める観光地になるんじゃないかなと思っています。「水素で照らそう未来のかけ橋!」というキャッチフレーズを付けてみたりとか(笑)。長崎は観光も得意分野ですよね。うまく周辺の観光・宿泊施設などともリンクさせていくことで、地方が活きてくるんじゃないかと思います。
3つの軸を基盤に育てる英語力
-柳生義人先生と一緒に、英語教育にも力を入れているそうですね。
私は大学の時に、尊敬する研究室の先生に「キミはTOEICの点数が研究室でボトムだね」って言われたことがあるんです(苦笑)。そんな時、ウクライナから来た先生と一緒に英語でコミュニケーションをとりながら研究をすることになったんですが、最初は片言でしか喋れませんでした。でも先生が私に合わせてくれ、なんとか会話をかわしていくうちに、どんどん英語で表現できるようになっていったんです。そこで研究の中間発表の際に英語でプレゼンしてみたところ、研究室の先生に褒めていただけたことがあります。英語が苦手であった自分にとって、その経験がとても印象に残っていて、英語は話してみれば伝わるものなんだというのが分かった出来事でした。
高専生に優秀な学生が多いのは事実ですが、英語に対して苦手意識をもっている学生が多いのも事実です。この英語教育はその意識を何とかしたいと思って始めたものです。4年生50名くらいに対する選択授業で、毎週4~5人の高専生とネイティブの先生との間での少人数英会話を行います。
それを基礎に、年に4回程度、中国やシンガポール、タイなどの学生と国際交流をしたり、佐世保の米軍基地の小学生を招いて英語で理科実験交流をしたりなど実践的英語を使う場を設け、今年度は感染症拡大防止のためONLINE英会話授業も取り入れました。
日本の英語教育ではこれまで主に「座学」しかやってきませんでした。それだと実践の場がないので、なかなか上達しないと思います。ですので「座学」のほかに、「プレゼンテーションを行う場」、「ネイティブと会話をする場」という3つの軸をスパイラル上にして繰り返すことで、スキルが上達する仕組みを進めてきました。これまで8年くらい続けているプロジェクトで、R1年度からは低学年の1~3年生へ、グローバルエンジニアリング教育として取り組みを拡張しています。
実際、モンゴルからある先生が来られた時に、「先生に研究内容を説明してみて」と学生に投げかけたことがあったんですが、このプログラムを1年しっかり経験した学生がいきなり英語で説明し始めてくれたことがありました。このプログラムで英語の壁を破っているから自然に話せるようになったんですね。こうした経験を高専生が積んでいけば、英語へのハードルも低くなって、コミュニケーションとしての英語力がどんどん身についていくのではないかと思っています。
西口 廣志氏
Nishiguchi Hiroshi
- 佐世保工業高等専門学校 機械工学科 准教授
2005年 九州大学 工学部 機械航空工学科 卒業
2007年 九州大学大学院 工学府 機械科学専攻 修士課程 修了
2010年 同 博士課程 修了、佐世保工業高等専門学校 機械工学科 助教
2012年 同 講師、2016年 同 准教授
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