2023年5月27日(土)に弓削商船高等専門学校で「商船高専生のための仕事研究セミナー」が開催されました。商船学科生のみを対象とする初の試みとなった本イベントには、弓削商船高専以外にも、大島商船高専・広島商船高専の学生が参加。開催意図も含め、その模様をレポートします。
商船学科生の就活事情は“特殊”
「商船高専生のための仕事研究セミナー」の大きなポイントとしては、“5月”に“3商船高専合同”で開催されたことが挙げられます。
そもそも、企業が学生に事業内容などを説明する「仕事研究セミナー」のようなイベントは、秋から冬の時期に行う場合が多いです。ではなぜ今回は、5月という対極の季節に行ったのでしょうか。
それは、商船学科4年生の後期に、約5カ月間の大型練習船による長期実習があるからです。この長期実習は、弓削商船高専だけでなく、他の4商船高専(※)の学生も一緒に同じ船に乗って実習します。つまり、秋から冬に仕事研究セミナーなどを行っても、就活を間近に控えた商船学科4年生は参加できないのです。
※大島商船高専・広島商船高専・鳥羽商船高専・富山高専のこと。富山高専は学校名に“商船”が付いていないが、商船学科を持つ高専である。これに弓削商船高専を含めた全5商船高専が、日本にあるすべての商船高専となる。
例えば、弓削商船高専は毎年12月上旬に「弓削商船高専生のためのキャリア教育フォーラム」を開催し、同校の学生による「業界・企業研究」や「進路を考える上での情報収集」をサポートしています。しかし、先ほどの説明の通り、商船学科4年生は参加できません。
だからといって、このようなイベントを別の時期にずらすのも憚れます。なぜなら、他学科の学生にとっては秋から冬がベストタイミングだからです。では、別の時期に商船学科の学生だけで行ったらいいのか? そうすると、イベント全体の参加学生人数はかなり少なくなってしまい、それによって企業も集まりにくくなってしまいます。
ただ、このような課題は弓削商船高専だけでなく、大島商船高専・広島商船高専にとっても例外ではありませんでした。
そこで、瀬戸内に3商船高専がまとまって位置していることを生かし、「商船学科生を対象とした仕事研究セミナーを、長期実習も入学関連のイベントも終わって落ち着いた5月に、3商船高専合同で行えば、学生も多く集まるし、その課題が解決できるのではないか?」となり、今回の「商船高専生のための仕事研究セミナー」に至ったのです。
弓削に学生と企業が集結! 学生に求められる「人間力」
ついに「商船高専生のための仕事研究セミナー」がスタートしました。今日という日を迎えたことについて、弓削商船高専の石田校長と、商船学科長の二村先生にお話を伺っています。
石田校長:商船学科は日本の海洋人材育成において貴重な教育機関であり、そこで学んでいる学生にとって今回のイベントは、「自分に合っている仕事は何なのか」をイメージできる重要な機会です。強いて言えば、「もっと早くからやっておきたかった!」というのが正直な思いですね。
二村先生:商船学科生のためのセミナーという初めてのイベントであるにもかかわらず、瀬戸内の弓削島に86社もお集まりいただいたことへ感謝したいです。商船学科生は、就職活動をするにあたって企業の方からお話を聞く機会が少ないですから、良い時期に良い機会がつくれたのではないかと思っています。
今回は午前の部(10:00~12:30)、午後の部(14:00~16:30)の2部制で行われ、部が変わる際に参加企業は総入れ替え。午前・午後の部ともに1~5限目と、時間が区切られています。
このように3商船高専合同で開催した結果、商船学科生の参加数は約250名、参加企業は86社(うち1社は出席者の体調不良により当日キャンセル)と、「商船高専生のため」という限定的なイベントとは思えない規模に。瀬戸内の商船学科の学生が一堂に集まるため、大企業だけでなく地元企業も多く参加し、また、約6割が内航船・外航船の企業でした。ここで、内航船・外航船の企業について注目してみましょう。
日本内外の物流において、内航船や外航船の果たす役割は非常に大きいです。日本の貿易量における海上輸送の割合は“ほぼ100%”であり、内航海運が担う国内貨物も“約4割”(※)。にもかかわらず、多くの内航船や外航船の企業、ひいては海洋系企業にとって、「海洋人材」の採用は大きな課題になっています。
※公益財団法人 日本海事広報協会「日本の海運 SHIPPING NOW 2022-2023」より
例えば日本人船員の数で見てみると、ここ数年は停滞しているものの、それまでは減少続き(※)です。つまり、日本において重要な海運を担う船員の数は少ないままということ。だからこそ、内航船や外航船の企業にとって、商船高専生という“能力の高い海洋人材”と出会える本イベントの需要は高いと言えます。
※国土交通省「船員統計」および国土交通省海事局によると、近年では、外航日本人船員数は2,100~2,300人、内航船員数は27,000~28,000人で推移している。ちなみに、1974年の外航日本人船員数は56,833人、内航船員数は71,269人。
このように企業から注目を浴びる商船学科生ですが、逆にそんな中で、企業が商船学科生に求める能力は何なのでしょうか。こちらについても、石田校長と二村先生にお伺いしています。
石田校長:船に乗る仕事の場合ですと、特にコミュニケーション力や協調力といった、トータルすると「人間力」という言葉でまとめられるような能力が求められていると思います。ですので、弓削商船高専では3年前から、商船学科3年生と5年生を同じ練習船に乗せて実習する機会を独自で設けているんです。
石田校長:これによって、同じ年齢同士とは異なる“先輩・後輩”としてのコミュニケーション力が鍛えられます。5年生は3年生からの質問に答えられないと、同じ船の上で恥をかくので、かなり勉強してから臨んでいるそうですよ(笑)
二村先生:練習船での実習では船長や機関長の役割を経験してもらうこともあり、これによってリーダーシップ力も高めています。また、船で寝食を共にすることで、仲間意識を持つ力の向上にも努めていますね。
島だからこそ重要な「社会人を知ること」
本イベントの様子を見ると、各企業ブースに学生が一定数参加しているのがうかがえます。様々な企業の話を一気に聞けるチャンスということもあり、活発に企業と交流している学生が多く見受けられましたが、学校側としては、就職活動支援以外にも「商船高専生に対するメリット」が挙げられるそうです。
石田校長:弓削商船高専生の7~8割は寮生で、中学校を卒業した後、離島である弓削島でずっと生活しています。そうすると素直な学生に育つので、私としては嬉しいのですが(笑)、裏を返せば、社会・社会人を知る機会がそもそも少なくなるんです。そのため、今回のような機会を用意できたのは大きいですね。学生のモチベーションも上がるはずです。
二村先生:本校に企業の方がいらっしゃって、講演のような会社説明会を商船学科5年生対象で4~5月に行うこともありますが、企業と学生との距離が遠く、一方通行のコミュニケーションになりがちで、積極的な学生以外はなかなか企業の方とやり取りできません。ですので、今回のように近い距離で交流できるのは、社会人とのコミュニケーションという観点から見ても大きいです。
二村先生:それと今回、弓削商船高専の学生は全学年を参加対象にしています。インターンシップの説明会を除けば、4年生以下の学生が高専で企業の生の声を聞く機会は少ないですので、自身のキャリアを早い段階で考える良いきっかけになったのではないでしょうか。
このように、商船高専・商船学科の課題であった「開催時期」「開催規模」を同時に解消し、さらには学生のモチベーションアップ、コミュニケーション力の向上にも寄与した「商船高専生のための仕事研究セミナー」。石田校長は「今回の評判が高専の外に広がることで、本イベントの勢いをより増していきたいと思います」と、早くも来年度以降の開催に視野を向けておられました。
◎イベント情報
【商船高専生のための仕事研究セミナー】
日程:2023年5月27日(土)
会場:弓削商船高等専門学校 第一体育館
主催:弓削商船高等専門学校
後援:大島商船高等専門学校・広島商船高等専門学校
運営受託会社:メディア総研株式会社
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