化学の先生にして歴史や文学・芸術・哲学を愛し、18世紀フランスの文化を好む津山工業高等専門学校 総合理工学科 准教授の廣木一亮先生。「ちょっと変わっている先生」と学生たちに人気の廣木先生に、高専で唯一という「科学を専門に学ぶ学科」や、教育方針などを伺いました。
化学を楽しむための、「科学を学ぶ学科」とは
-高専の印象は?
高専自体は、中学時代に同級生が2人高専に進学したことで初めて知りました。その後、大学・大学院に進む過程のなかで高専出身の編入生と出会い、彼らの優秀さに驚かされましたね。特に数学と物理の優秀さが際立っていました。そんな高専出身者と触れ合っていくなかで、アカデミックポストを考える上での高専教員という選択肢が生まれたんです。
-津山高専に着任当初は、一般科目で化学を教えられていたんですね。
当時は高専の専攻というと、「機械・電気・情報」など、いわゆるエンジニアリング系の学科しかありませんでしたので、私は一般科目で化学を教える教員として着任したんです。化学の先生は私1人しかおらず、学校が「好きに教えて良いですよ」って言ってくれたものだから(笑)、着任時に「私の科目はオマケなんで、とにかく一緒に楽しみましょう」って挨拶したんです。「一緒に勉強頑張りましょう」って言っても、勉強したがる学生って少ないじゃないですか。だから常に学生から関心が寄せられるような授業をしようと思って、取り組んでいましたね。
おかげで1年目から大人気(笑)。「休校で授業がなくなって残念がられるなんて、初めてだ」って、当時の機械科の先生が驚いていましたね。きっと、私自身が一番化学を楽しんでいるので、学生も一緒に楽しんでくれていたんだと思います。
-その後、先進科学系の学科創設を推進されたそうですね。
やはり高専は教育と研究が両輪になっているので、研究を進める上でどうしても卒研に取り組んでくれる学生が必要だったんです。それに、今後子どもの数が減り、理系離れが進んでいくなか、このままでは学校自体の存続が危ぶまれる時代が来るだろうと考えていました。そこで少しでも入学希望者が増えるよう、高専で唯一の「科学を専攻する学科」をつくってみてはということで「科学系」の創設を発案し、多くの方のご支援・ご尽力の結果、2016年に「総合理工学科 先進科学系」が立ち上がりました。
工学の分野は世に役立ってこその学問だとよくいわれますが、化学はそうはいかない。ゆくゆくは役に立つかもしれないけれど、何の役に立つかはわからない、でも「自分が知らない未知のことに挑みたい」という人たちが取り組む分野だと思うんです。学生によく言うのですが、今は役に立たなくてもいいけど、ゆくゆくは役に立つ夢をみろと。「科学者こそロマンチストであれ」と、よく話しています。私の恩師、白川英樹先生がノーベル化学賞を受賞したきっかけも、夢に向かって進んだ過程で見つけた偶然の産物だったんですから。
「セレンディピティ」を呼び寄せる科学者に
-先生は、白川先生の最後の弟子と伺いました。
白川先生は、私の筑波大学時代の恩師です。先生が退官の年に私が研究室に入ったので、その年の学生が最後の教え子になるんですね。
周りからは「変わっているね」とよく言われるのですが、私、18世紀のヨーロッパが好きなんですよ。モーツァルトやマリーアントワネットの時代。幼少のころから、代々引き継いできた古いものやアンティークに囲まれた家で過ごしたためか、今も100年前の懐中時計を使うとか、ハットを被ってウィングカラーのシャツを着ているくらい。白川先生もモーツァルト好きなど共通点があって、今でも連絡を取り合うくらい懇意にさせていただいています。風変わりな私に「廣木くんはそれでいいんだよ」と認めてくれて、嬉しかったのを覚えていますね。
白川先生は「導電性高分子の発見と発展」といって、簡単にいうと電気が通るプラスチックを発明してノーベル化学賞を受賞されたんですが、そもそも研究当初はそんな物質をつくろうなんてことは一切考えられてなかったんですよ。研究の過程で、偶然プラスチックなのに金属光沢を持つ膜ができて。それに端を発しているんですが、よく「セレンディピティ」という言葉でいわれていますね。偶然起こった出来事で、決定的な瞬間が訪れたときに、これは!と本質を見抜く能力です。この「セレンディピティ」と出会えるように、学生たちには夢を持って化学を楽しんでもらいたいと思っています。
文系・理系にとらわれない学び
-先生の教育ポリシーなどがあれば教えてください。
実は私、「化学の歴史」の先生になりたかったんですよ。古いものが好きということもあって、歴史や文学・哲学・芸術なども好きで、自分のことは文系だと思っているんです。
「舎密開宗(せいみかいそう)」ってご存じですか。医学でいうところの「解体新書」にあたるんですが、日本で初めて書かれた化学の実験書です。江戸時代に宇田川榕菴(うだがわようあん)という津山藩医が翻訳して記したものなんですが、私が中学生のときにこの本の存在を知ったんです。当時の文献なので漢文で書かれているんですが、原文で内容を読んで実験を再現するという化学実験教室を、津山洋学資料館と一緒に毎年開いています。それがおもしろい取り組みだってことで日本化学連合から「化学コミュニケーション賞2015」をいただきましたね。
私は、化学を歴史から学ぶということも大切だと思っています。文系の人も科学的手法を使うし、私たち科学者だって文章を記述するので、そもそも文系理系という分け方もナンセンスじゃないかなと感じる部分もあります。学生たちには、そういった垣根を考えずにいろいろなことに触れさせていきたいと思っています。あとは飾らないこと。自分自身を装わず、そのままを見せるようにしています。それで十分、学生は「変わっている先生」として受け入れてくれていると思います。
廣木 一亮氏
Kazuaki Hiroki
- 津山工業高等専門学校 総合理工学科 先進科学系 准教授
2000年 筑波大学 第三学群 基礎工学類 修了
2006年 筑波大学大学院 一貫制博士課程 数理物質科学研究科 修了、博士(工学)
2006年 独立行政法人産業技術総合研究所 環境化学技術研究部門 特別研究員
2008年 独立行政法人科学技術振興機構 日本科学未来館 科学コミュニケーター、同年独立行政法人理化学研究所 基幹研究所 客員研究員(兼任)
2011年 津山工業高等専門学校 一般科目 講師、2013年 同准教授。
2016年 津山工業高等専門学校 総合理工学科 先進科学系 准教授
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