和歌山工業高等専門学校で准教授を務められている楠部真崇先生。釣りやサーフィン・剣道が趣味だというアクティブ派の先生の研究対象は、真っ暗で高圧力という厳しい環境で生き抜く深海の微生物?! 研究を始めたきっかけや、その内容についてインタビューしました。
始まりは図鑑の中の深海魚
―海洋微生物の研究を始められた“きっかけ”は?
小学校2年生の頃に買ってもらった魚の図鑑がきっかけでした。色鮮やかで詳細に描かれた他の魚と違って、最後のページに掲載されていた深海魚のページだけが、なぜか“ラフスケッチ”だったんです。確かフクロウナギなどが描かれていたかな。
ラフスケッチである理由は、その生き物の詳細がまだ明らかになっていなかったからだと思うのですが、私は「本物を見たことがないのに、なぜスケッチできるのか?」と素朴に疑問を感じたのでした。
中学生になっても、生物は好きでした。海で遊ぶのも好きだったですね。でも、中学・高専時代はギターとバイクに夢中で、海洋微生物について詳しく調べることは特にありませんでした。
その後、大学では物理化学を専攻しました。物理はあまり好きではなかったのですが、物理や数学を使えば、遺伝子や細胞などに関する複雑な現象が、単純明快に説明できると確信していました。この機会が最初で最後だと思い、自分では取らないだろう選択肢をあえて選ぶことにしたんです。「学ぶ」というより「学問の使い方を教えてもらいに行く」といった感じですね。
海洋微生物との再会は、大学の研究室で「高圧生理学」や「生物物理化学」といった分野を扱うようになってからでした。「海洋微生物は、なぜ極限環境で生きられるのか」という幼い頃からの疑問が、再び湧き上がってきたのです。
―地球上で最も深いマリアナ海溝で、新種のバクテリアを発見した時のことを教えてください。
2012年に客員研究員として、世界的にも有名な地球科学・海洋に関するアメリカの研究所「スクリップス海洋研究所」へ赴任しました。その前年に、この研究所は冒険家としても知られる映画監督のジェームズ・キャメロン氏から「マリアナ海溝に行きたいが、技術がない。資金はサポートするから、調査技術や海洋についてぜひ教えてほしい」と依頼を受けていたそうです。研究代表者であったバートレット教授が私の指導教授だったので、私もこのプロジェクトに参加することになりました。
キャメロン氏が採ってきた砂やヨコエビを見て、最初は「うそやろ、これ実物か!」と思いましたよ(笑)。そうは言っても、これほど高い水圧環境を好むバクテリアの発見はごく稀です。簡単に見つからないこともわかっていたので、「新種が見つからなくても、技術さえ習得できればいい」くらいに考えていました。
いくつもの調査を重ねた結果、ようやく新種だとわかったので、じわじわと「これって、すごくない?」という自問自答的な驚きと喜びが押し寄せてきた感じです。
帰国後は、高専の学生にもデータを取る作業を手伝ってもらいました。論文発表時には学生もチームのメンバーとして名前が入りましたよ。これは、指導教員として純粋に嬉しかったです。後で聞いたんですが、彼女は、その論文の別刷りを採用面接に持って行って、面接会場で力説したようです。
疑問や課題は生活の中にある
―現在は、バイオセメントを活用してアマモ場を再生する実験が進行中なんですね。
アマモの芽は出るものの定着しないので、その原因を調査しているところです。ここ数年は水温が上昇し、天然のアマモ場も約半分にまで減少してしまいました。また、フィールドでの発芽試験には制限があり、年に1回、2月頃にしかチャンスがありません。水槽での実験とは違うので、さまざまなケースを想定して実験を進める必要があります。
海洋についてはまだ解明されていないことのほうが多いので、想定外もけっこう起こります。その謎を解き明かしていくおもしろさはありますね。
例えば、深海は紫外線を含めて光というものが届きません。蛍光灯には紫外線が含まれているので、深海微生物にとって蛍光灯は死活問題になってしまうんです。深海微生物を扱う都合上、研究室では紫外線を発する蛍光灯は使用できないので、昔は暗室で地道に作業していましたが、今はLEDに切り替えたので明るい場所で研究できます。
想定外と言えば、先日「DASH海岸」で活躍されている海洋環境専門家の木村尚先生と一緒に仕事をさせていただきました。講師オファーをいただいた時は、久しぶりに興奮しました。横浜でのアマモ場再生に20年来取り組まれていて、この分野でのパイオニアなんです。
この子ども海会議では、和歌山市和歌浦でアマモ移植を行いました。新型コロナウイルス感染症対策のため、子供達の参加は断念しましたが、さまざまメディアを通してこの企画を発信することになっています。
―高専生へのご指導の際に意識されているポイントは?
高専は学科を絞って受験した学生ばかり。中学生の時に自分の人生を決断している気持ちを大事にしたいと思いながら接しています。また、授業では「社会で使える」知識を身につけてもらいたいと考えています。
就職後は現場に配属される場合が多いので、単位換算の方法や圧力表示の読み方だけでなく、出てくる数値や設定する条件の当て勘は仕事の現場で重要なポイントになります。
民間企業での実務経験がある先生もいるのは、高専の強み。場合によっては、「この先生に聞くといいよ」と実務経験のある先生を紹介することもあります。教員間で学生を指導することで、科目のつながりを理解する嗅覚を養う教育を目指しています。
研究室で大切にしていることは、まずは「課題を見つけてみる」ということ。自分の生活の中から湧き出る疑問こそ、現実的な研究テーマになるからです。研究室の戸をたたいてくれるなら、どんな学生でもウェルカムです。
専門が違っても理解しあいたい。私が知らない分野なら、学生と同じスタートラインから開始できる。その研究の空間には上下関係はないんです。各分野の先生方とも関りあいながら、技術が融合したり、尖った研究がつながったりしていけるから科学は楽しいんです。
しょうもない自分の考えに、とらわれるな!
―高専への入学を検討している世代は、今どう過ごすべきだと思われますか?
とにかく「機会を増やす」ことが大事。人に会う機会、やってみる機会。どんな機会でも、そこから好きなものや、やるべきことが見つかるかもしれないからです。泥臭く、さまざまな機会を求めて行動して、経験値を増やすことが重要と思います。
行動に移す直前の情熱は自然と湧き上がってきて抑えられないようになります。自信を持っていいですよ。高専の先生は暇なので、ぜひ会いに来てください(笑)。オンラインでも大歓迎です。
私にとって印象的だった出会いの機会が2つあります。
ひとつは、高専時代のある先生との出会い。その先生は「黒い菊を作ろうと思う」って言うんです。当時の私はわけがわからず先生に質問すると「お葬式の時、白い菊と黒い菊で埋めるんや。そしたら売れるやろ?」と。
その時、「モノをつくる=必要をつくる」ということが初めて理解できました。社会で必要とされるモノをつくり、経済の循環を生む。「そのためなら、そんなふうに自由に発想してええんや!」と目からウロコでした。
もうひとつの機会は、私のミスで迷惑をかけた相手先の企業の社長から、豪快に笑い飛ばされたことがありました。失敗やうまくいかないことも、豪快に笑える懐の深さや人間力。そのおかげで私自身も救われ、状況を前向きに見つめることができました。
社長は無茶なことも平気で口にするし、無茶振りもする(笑)。でも、一歩先の構想を考えると、必要性があるとわかるし、何より軸がブレていないんです。多くの従業員とその家族を背負いながら、さまざまな経験を積んできたからこその深い懐を、ぜひ見習いたいと思いました。
―高専生にメッセージをお願いします。
バイオセメントは「失敗の結晶」です。最初はセメントがもろく、どうやってもうまくいかなかったので「それなら崩してしまえ」と発想を転換した瞬間、役割を終えた時にもとの砂に戻すというコンセプトがうまれました。研究なんて、ほんまに失敗ばっかりです。
思い通りにいかないなら、コンセプトを変えずに目的や行動を変えながら前に進んでいけばいい。思い通りにいかなかったことを強みにできれば、失敗も怖くありません。
だから、「自分のしょうもない考え方にとらわれる必要はない」ってこと。思い通りにいかなくても目標は達成できるし、むしろ好転することだってあります。学生たちにもそんなふうに、悩まずに楽しみながら人生を過ごして欲しい。ただ、「真似はするな」って言いたいですね。楠部真崇が何人もできたら、めんどくさい世の中になってしまう(笑)。良い部分を吸収しながら、成長してほしいと思っています。
楠部 真崇氏
Masataka Kusube
- 和歌山工業高等専門学校 生物応用化学科 准教授
2000年3月 徳島大学 工学部 生物工学科 卒業
2000年4月~2005年3月 徳島大学大学院 工学研究科 機能システム工学専攻
2005年4月~2005年9月 徳島大学 工学部 先端工学教育研究プロジェクト 助手
2005年10月~2008年3月 和歌山工業高等専門学校 物質工学科 助手
2008年4月~2011年3月 和歌山工業高等専門学校 物質工学科 助教
2012年4月~2013年3月 スクリップス海洋研究所 在外研究員
2011年4月~現在 和歌山工業高等専門学校 物質工学科 准教授
2017年4月~現在 和歌山工業高等専門学校 生物応用化学科 准教授
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