愛媛県の新居浜高専を卒業し、現在は広島大学の瀬戸内CN国際共同研究センターで特任助教を務める近藤裕介先生。研究テーマは、大学時代から続けている「クラゲと生物の共生関係」です。なぜこの研究に至ったのかお話を伺ってみると、背景には幼少期の原体験がありました。
生物への愛が進路を決めた
―どんな幼少期を過ごしましたか。
愛媛県の田舎に生まれ育ちました。田んぼや川に入って遊んでは生物を採取し、それらを観察するのが大好きな少年でした。週末は父と釣りに出かけたり、家族でキャンプに行って天体観測をしたりと、とにかく幼い頃から自然が身近にありましたね。
そんな環境で大きくなったものですから、必然的に理科全般が得意で、数学も好きなほうだったので、中3で進路を考える際には真っ先に高専が浮かびました。兄が新居浜高専の機械工学科に通っていて、高専でどんなことが学べるかは何となくわかっていたのもあります。
ただ、機械や材料よりも私はやはり「生物」に興味があったので、生物応用化学科を目指しました。
―実際に高専に進学してみて、いかがでしたか。
最初からかなり高度な知識を求められるのかと少しドキドキしていたのですが、想像していたよりも基礎からじっくり教えてもらえた感覚があります。また、高専には寮があるため、さまざまな場所から学生が集まっているのも刺激的でした。地元の普通高校に通っていたらできない経験だったと思います。
一方、生物について学びたくて進学したものの、実際は生物そのものを見るというより、生体内の反応や生物の発酵といった研究がメインで、少し期待とは違いました。「応用化学科」なので当たり前と言えばそうなのですが……。
かろうじて、卒業研究では海がテーマの研究室に所属したのですが、それでもどこかで不完全燃焼が否めませんでした。そこで、水生生物を幅広く学べる広島大学の生物生産学部に編入しました。
―当時、明確に将来の夢はありましたか。
それが、まったく(笑) 編入を決めた時点で「せっかくなら修士は絶対に取りたいし、できることなら博士まで目指そう」と思ってはいましたが、明確な進路は描けていませんでした。それよりも、とにかく生物に関する学びを深めたいという一心でしたね。
大学では研究室にこもるのではなく実際の自然環境に触れたいと思っていたので、フィールドに出る研究室を選択しました。そこで、先生から研究テーマのひとつとして「クラゲ類と魚類と寄生虫の種間関係」を提示され、現在にいたるまで研究を続けています。
クラゲ類には魚類の稚魚・幼魚、カニ類、エビ類、クモヒトデ類など、様々な生物が共生しています。これらの生物が、宿主であるクラゲ類とどのような種間関係を結んでいるのかを調査するのがメインテーマです。
未知の生物・クラゲに魅せられて
―研究のどんなところに惹かれていきましたか。
「クラゲ類と共生生物の関係」とひと言で言っても、寄生関係であったり、片利共生や被食‐捕食の関係であったりと、生物種や共生する時期などによってその関係はさまざまに変化します。当時、クラゲに特別な思い入れがあったわけではないのですが、クラゲを通して生物間の多様な側面を見られるのは非常に興味深く、どんどん研究にのめり込んでいきました。
当然のことながら、生物は喋ってくれません。だからこそ、採取や観察を通して「こうではないか」と推察をし、検証を重ねていくことにやりがいを感じます。思えば、幼少期の頃からあらゆる生物を観察しては「具合が悪そうだから水を変えてみよう」など、自分なりに試行錯誤をして育てていました。このときの体験が今に繋がっているのかもしれません。
ちなみに、共生生物はクラゲに共生することで身を守っているのに対し、現時点ではクラゲ側の明確なメリットはほとんど解明されていません。それどころか、ときには共生生物から食べられてしまうこともあります。
また、クラゲに共生する魚類は、共生する期間が稚魚・幼魚の間だけです。しかし、なぜ稚魚・幼魚が広い海の中でクラゲを認識して共生できているのか、理由はわかっていません。まだまだ研究課題は山積みで、だからこそクラゲは魅力的な生物だと思います。
―クラゲのどんなところが好きですか。
ダイナミックなところです。多くの人がイメージするクラゲの姿は成熟した形態だと思いますが、実は幼生期などの成長過程はまったく別の形をしています。卵から発達した「プラヌラ」という幼生は楕円形ですし、プラヌラから「ポリプ」、ポリプから「ストロビラ」、「エフィラ」と成長していくわけですが、どれもまったく別の形態で、生活スタイルも異なります。
また、成長過程によって繁殖方法も違います。ポリプのときには無性生殖によってクローンをつくって増えていくのに対し、成熟したクラゲになると有性生殖によって子孫を残すという二通りの繁殖方法を持っているのです。
知れば知るほど不思議な生物ですし、なんてダイナミックに生きているのだろうなと、興味が尽きません。
―研究で目指しているゴールはありますか。
強い毒を持っていることや、大量発生によって漁業に大きな被害をもたらしているなど、クラゲは負の側面ばかりが注目されがちです。しかし、これまでの研究でクラゲが有用生物であることは解明されています。
例えば、生物学者の故・下村脩先生は、オワンクラゲの発光物質の一つがGFP(緑色蛍光タンパク質)であることを明らかにし、ノーベル化学賞を受賞されています。GFPは紫外線をあてると緑色に光るタンパク質で、これらは医療分野や生命科学の研究に大きく役立っているのです。
また、アジは稚魚の頃に外敵から身を守るためにクラゲに共生していると考えられています。つまり、私たちが美味しいアジを食べられるのはクラゲのおかげとも言えますよね。確かにクラゲによって漁業被害が起きているのも事実ですが、私たちの生活にクラゲは重要な関わりがあることを、研究を通して広めていきたいと思っています。
研究の経験が積めるのは高専ならでは
―高専で良かったと感じることはありますか。
文献や先行研究を調べ、そこから研究テーマを見つけたり、起きた事象に対して考察をしたりといった研究の流れを学べたことです。
私が所属している「瀬戸内CN国際共同研究センター」では、高校生の実習やセミナーも受け入れています。そこで気づくのは、多くの高校生は実験の経験がほとんどないということ。つまり、ほぼ未経験のまま大学に進学するわけです。一方で高専は5年かけて実習経験を積みますから、やはりその差は大きいのではないかと感じます。
―高専生にメッセージをお願いします。
理科全般に興味があるなら、高専を目指すのも選択肢の一つだと思います。自分自身、生物以外に数学や化学にも興味があったので、それらもしっかり学べた高専は良い環境だったと改めて思います。
また、大学生に講義をしていると、水産コースにいながら「生き物に触るのが苦手」「怖い」と言う学生がいることに少々驚きます。私は、研究の一連の流れを高専で学べたこと、そして幼い頃から多くの生物に触れてきたことが、今の自分を形づくる大事な要素になったと思っています。何ひとつ無駄なことはないはずなので、ぜひ何事にも挑戦して、たくさんの経験を積んでください。
―最後に「クラゲを見るならここだ!」という水族館があれば教えてください。
いろいろありますが、一つに絞るとしたらクラゲの常設展示の先駆者とされる神奈川の「新江ノ島水族館」ですね。クラゲは非常に繊細な生物なので、一年を通して多種多様なクラゲを飼育し展示できているのは素晴らしいと思います。
実は、採取や研究・調査などで様々な水族館と協力関係にあります。クラゲの飼育に関しては、水族館の方のほうがプロ。自分たちよりも豊富なテクニックをもっているので、日々学ばせていただいています。
振り返ってみると、幼少期は水族館で働くことを夢見ていた時期もありました。違う形ではありますが、こうして関われているのは光栄だなと感じます。夢を追い続けてきた結果、天職に巡り会えたのは、本当に幸せなことです。
ちなみに、私が好きなクラゲはエビが共生している「エビクラゲ」です。観察できるエリアは限定的で、展示されている水族館もあまりないのですが、機会があればぜひ見てください。
近藤 裕介氏
Yusuke Kondo
- 広島大学 瀬戸内CN国際共同研究センター 特任助教
2009年3月 新居浜工業高等専門学校 生物応用化学科 卒業
2011年3月 広島大学 生物生産学部 卒業
2013年3月 広島大学大学院 生物圏科学研究科 博士課程前期 修了
2017年3月 広島大学大学院 生物圏科学研究科 博士課程後期 修了
2017年4月 広島大学 特別研究員
2018年4月 広島大学大学院 生物圏科学研究科 研究員
2019年4月 広島大学大学院 生物圏科学研究科 助教
2020年4月 広島大学大学院 統合生命科学研究科 助教
2022年4月 広島大学 統合生命科学研究科 特任助教
2023年4月より現職
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