苫小牧高専を卒業後、東京工業大学に進まれ、今は千葉工業大学の教授として都市環境問題の予測・解明に役立つ研究をされている小田僚子先生。高専への進学は、自然災害を何とかしたいという思いがきっかけだったのだそうです。小田先生に高専時代の思い出や、研究のお話、今後のご展望を伺いました。
地震がきっかけで、苫小牧高専に進学
―苫小牧高専の環境都市工学科に進学されたきっかけを教えてください。
いとこのお兄さんが高専に進学し、充実した高専生活を送っている姿を見て、小学校低学年ぐらいから高専の存在が気になっていました。
環境都市工学科に進むことを決めたのは、大きな地震があったことがきっかけです。北海道南西沖地震で、苫小牧は震度4を観測。震度以上に大きく揺れた感覚で、非常に恐怖を感じたことを覚えています。
それからすぐに阪神淡路大震災が起き、その被害に衝撃を受けました。また、毎年のように豪雨や土砂災害といった自然災害が全国各地で発生している様子を見て、「自然災害の発生メカニズムを明らかにしたい」という思いが強まったんです。
―苫小牧高専に進学されてみて、いかがでしたか。
どの教科でも学生があまり眠たくならないような興味深い講義を展開してくださいました。
5年間かけて教養・専門科目をじっくり丁寧に講義していただき、特に測量実習や学生実験では、実験の意義からレポートの書き方まで十分な指導をしていただけたと思っています。このような基礎をしっかりご指導いただいたおかげで、大学に進学してからもレポートの書き方などで困ることはありませんでした。
インターネットがあまり身近ではなかった時代だったので、実験のレポートなどは図書館に行って調べ物をして、家でまとめて……と、1週間かけて書くスタイルをずっと続けていましたね。成績は上位をキープ出来ていたのですが、地頭が良いというよりは、割と真面目でコツコツとやるタイプでした。
テスト対策としては、先生方が授業中に「ここが大事だ」と仰っている部分をメモしていました。「ここが大事だ」と言うところは、本質的にやっぱり大事なんですよ(笑) 授業中にあった横道に逸れる話もすごく面白くて、聞き漏らさないようにしていました。
-高専時代は何の部活に所属していましたか。
バドミントン部に入部して、男子と一緒に毎日練習をしました。先輩にも後輩にも恵まれたので、高専大会では2年生から全国大会に行かせていただいて、ベスト8入りもできました。高専大会に行くと、全国どこでも繋がれる感覚があって、嬉しかったですね。
男子が主体のチームでしたが、わりと分け隔てなく扱ってくれたので、浜ラン(ビーチランニング)をしたり、山を走り抜けたり、基礎トレーニングがとても大変でした。今でもふくらはぎの筋肉が立派で、負の遺産を抱えています(笑)
今の研究・教育に生きている大学・大学院生活
-卒業研究はどのようなことをされたのですか。
池浦先生と中村先生の研究室で、地盤や土質について研究しました。中村先生は当時若手の先生だったので、ご自身の大学時代のお話をよく教えていただきましたね。進学を考えていたので、研究の話だけではなく、大学生活の雰囲気などが先生の話から垣間見られて、とても良かったです。
研究は、地滑りの対策工法の1つである「ジオテキスタイル補強土工法」に注目した内容でした。幅20㎝×長さ50㎝ほどの実験装置に土を敷き詰めて、その間に「ジオグリッド」というマス目状になっているシートを埋め、そのシートを引っ張る実験をしていました。
卒研では自分たちで計画を立てて、限られた時間の中で実験を繰り返し、1からつくり上げるという経験をさせてもらいました。また、卒論のときに初めてパソコンを使って論文を書いた経験も大きかったですね。
楽しい雰囲気の研究室だったので、ゼミの時間にじゃんけんをして、負けた人がジュースを買っていました。中村先生も私たちによく飲み物代を出してくれていて、先生はリアルゴールドをよく飲んでいましたね(笑) 研究で行き詰まる感じはありませんでした。
―その後、東京工業大学に進学されたのですね。
もともと大学に進学することは決めていたのですが、北海道から出たことがなかったので、進学先にはかなり悩みました。最終的には、周囲の後押しもあり、東京工業大学 工学部 土木工学科の3年次に編入学します。
当時の土木工学科は3年かけて卒業することが普通だったようですが、私はそのことを知らなくて、普通に2年間で卒業するつもりでいました。編入当初は絶望感がありましたが、やってみないとわからないと奮起し、勉強漬けの1年間を過ごして何とか進級単位を満たすことができました。3年次に編入しましたが、2年生の開講科目もたくさん履修していたので、2学年で友人ができたことは嬉しかったですね。
私は割と真面目なタイプで、別の言い方をすると、要領が悪くて何をするにも時間がかかるタイプでした。高専はじっくり丁寧な授業展開だったのに対して、東工大では進度が速く、学部3年では課題をこなすにもいっぱいいっぱいでしたが、このスピード感についていくように必然的に要領よくこなすスキルが身についた気がします。いまはそれを凌駕する仕事量にまたいっぱいいっぱいになっていますが……もっとスキルを向上させないとだめですね(笑)
先生方は講義内でも最先端の研究の話をしてくださり、先輩方や友人にも恵まれ、とても視野が広がった、有意義な大学生活を送れました。
―大学生の頃は、どのような研究をされたのでしょうか。
学部4年で地震工学の大町先生の研究室に入り、2000年の鳥取県西部地震の際に、震央(震源の真上にあたる地点)近くにあった賀祥ダムの地震動加速度(※)記録から、並進3成分+回転3成分の計6成分の地震時地盤変位を定量的に評価することを試みました。
※地震波の値を物理的な数値として表したもの。単位としてはG(ジー)、gal(ガル)、m/s²がある(1G=980gal=9.8 m/s²)
地震動加速度を測る強震計はダムの上下2カ所に設置されているのですが、ダム上部では2,000galを上回る大きな地震動加速度が観測されたにも関わらず、重力式コンクリートダムであった賀祥ダム本体に損傷は見られませんでした。解析の結果、上下の強震記録に系統的なずれがあることがわかり、設置方位の修正に至ったんです。
大町先生は学内外問わずいろんな役職をされていたのですが、学生に対してすごく丁寧に向き合ってくださいました。例えば研究発表をするにあたっても、余裕をもって発表練習の場を設定してくださり、発表直前にバタつくことがないようなペース配分を教えていただきましたね。そこで学んだマネジメントは、今の学生指導にもすごく生きています。
あと、ゼミの最後にジョークを言わなければいけないんですよ(笑) 真剣に議論をするので、ギスギスする瞬間も出てくるのですが、どれだけギスギス感があろうとも、絶対最後はジョークで締めていました。追い詰められた中で出すジョークなので微妙な空気が流れるときもありますが、その失笑感がまた、張り詰めた空気を和らげてくれましたね。
―そのまま、東工大の大学院に進学されていますね。
はい。お話しした通り、私が高専に進んだきっかけは地震や豪雨災害といった自然災害について、それらのメカニズムを明らかにしたいという思いからでした。地震と気象、そのいずれも学びたいという思いがあり、大学院では都市気象学がご専門の神田先生の研究室に所属しました。
学部4年の卒研だけで地震工学を十分理解したとは決して言えませんが、修士に入ってからも土曜日に実施していた大町研のゼミに通わせていただき、卒論に追加した内容で地震工学論文集に初めて査読付論文を出しました。地震工学、気象学の両方を学びたいという私の願いを聞き入れてくださった大町先生と神田先生には大変感謝しています。
神田研では研究テーマを新たに、「東京湾の存在が都市大気に及ぼすインパクト」について研究しました。世界中を見ても大都市の多くが沿岸域に立地しています。世界規模ではエルニーニョ現象のように海面水温変動と陸域気象場との関連性がよく知られていましたが、都市スケールでは海面水温と都市気象との関係はあまり明らかになっていませんでした。
修士課程では東京湾奥の観測サイトに風速計や放射計を設置して海面熱収支の直接観測をしました。このときは湾奥1地点での観測でしたが、博士課程では東京湾を面的に評価することを目的に、内湾部エリアに14地点の観測サイトを設置。気温と海面水温の直接観測を行いました。
―神田先生は、どのような方でしたか。
まさに研究者といった感じの先生でしたね。博士課程になると「研究者として歩む力」が必要になるので、主体性を伸ばす指導をしてくださいました。
東京湾での水温・気温観測では既存の灯浮標(※)に機器を設置したのですが、その設置許可申請で海上保安部など20ヶ所ほどを回ったんです。許可申請だけで半年以上かかり、すごく大変だったのですが、計画立案から実行の一から十まで自分でやらせていただき、自己展開力を伸ばす指導をしていただきました。新しく研究を始めるときの心構えを学ぶことができましたね。
※船を決められた安全なコースに導くために、海に浮かべられた標識のこと。
昔やっていたことを、また繰り返す時期が来るよ
―現在はどのような研究をされているのでしょうか。
キーワードとしては、集中豪雨や暑熱環境がメインです。地上から数百m程度までの大気乱流に関する研究をしています。地上で生活する私たちにとって、地上付近の気象場の実態を把握し、それを予測したり制御したりすることはとても重要です。
しかし、この範囲の大気場は、意外かもしれませんが観測することが難しいんです。気象観測というと風速計や気温計といった機器をイメージされると思いますが、高度数百mの範囲を観測しようとすると、スカイツリーのような高いタワーに設置できれば良いですが、そのような場所は数多くは存在しません。
学位取得後にポスドクとしてお世話になった国立研究開発法人情報通信研究機構では、ドップラーライダーという「光を使って風を計測する機器」を用いて、大気境界層と呼ばれる地上から高度1~2km程度の範囲の乱流現象について解析を行いました。そこでリモートセンシング研究に携わったことが、現在の研究でも大いに活きています。
雨の元となる水蒸気は、現状では降雨量の観測に比べて地上での直接観測地点が少ないので、降雨前後の水蒸気変動を電波の伝搬遅延量から推定することを、情報通信研究機構さんと一緒に取り組んだりしています。
一方で、東京に来てから、北海道では感じたことのない異様な蒸し暑さを感じていました。近年では熱中症リスクが高まっていることを受け、熱ストレス環境を街区レベルで面的に細かく評価するための研究も、自作の観測機器を台車に取り付けて移動観測したり、数値モデルから解析したりして取り組んでいます。
かつてお世話になった先生方は「昔やっていたことを、また繰り返す時期が来るよ」と仰っていましたが、今そのタイミングが来ているのかなと感じています。
学生時代の研究テーマだった「東京湾と都市との関係性」は、20年経っても湾上の気象場は直接観測地点が少なく、とりわけ水蒸気量変動については把握されていません。学生時代は気温の観測しかしていなかったのですが、極端現象が増えている現在において、豪雨の元となる水蒸気量に着目して、もう一度、東京湾と都市との関わりを明らかにしていきたいという思いもありますね。
―教育方針については、どのように考えていますでしょうか。
「真面目な人が損をしない」をモットーに教育・研究活動を行っています。「要領よく≒適当に」やることを目標にしている学生も中にはいて、それを否定するわけではありませんが、私は努力した過程が大事だと思っていますので、そこをしっかり評価したいです。
例えばゼミの発表で、何かしら思った解析結果が出なかったために、「今日のゼミで発表することが何もないです」と言う学生がいます。しかし、結果だけではなく過程も発表してもらうことで、どんなことに取り組んだのかをみんなに理解してもらうようにしていますね。
研究室に入ってきたのなら、いわゆる“専門知識”だけではなく、例えばプログラミングスキルも、発表スライドの作り方でも、質問をするという姿勢でも、どんなことでもいいので、何かを身につけて卒業していってほしいと強く願っています。
―現役の高専生にメッセージをお願いします。
5年間一つの学び舎で生活を共にするのは、とても貴重な経験です。1年生から見た5年生はものすごく大人に見えますが、ヨコの繋がりだけではなく、タテの繋がりも学べるとても貴重な機会だと思います。勉強を頑張るのはもちろんですが、勉強以外で人と積極的に交流すると世界が広がりますよ。
社会に出てからでいうと、高専生は本当にどこの企業さんや大学からも評判が良いです。それは基礎が身についているからなので、今やっている勉強が、実は「社会の中で評価されるようなレベルなんだ」と自信を持って、日々の勉強を頑張ってください。社会に出てからも「学び」は続きますが、高専の5年間は「自ら考え、自己展開力を発揮するための土台づくり」が出来る環境だと思います。
小田 僚子氏
Ryoko Oda
- 千葉工業大学 創造工学部 都市環境工学科 教授
2002年3月 苫小牧工業高等専門学校 環境都市工学科 卒業
2004年3月 東京工業大学 工学部 土木工学科 卒業
2006年3月 東京工業大学大学院 理工学研究科 国際開発工学専攻 修士課程 修了
2009年3月 東京工業大学大学院 理工学研究科 国際開発工学専攻 博士後期課程 修了、博士(工学)
2009年4月 独立行政法人情報通信研究機構 電磁波計測研究センター 環境情報センシング・ネットワークグループ 有期研究員
2011年4月 千葉工業大学 工学部 生命環境科学科 助教
2015年4月 同 准教授
2016年4月 千葉工業大学 創造工学部 都市環境工学科 准教授
2020年4月より現職
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