インタビュー

国家公務員から高専教員に! 「航空技術者プログラム」で次世代の人材を育成中

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海上保安庁や国土交通省航空局で30年以上のキャリアを積んだ、東京都立産業技術高等専門学校の山口剛志先生。中心となって推進している「航空技術者プログラム」とはいったい何なのかを、これまでの人生をさかのぼりつつ、お話を伺いました。

羽田空港で目にした、ジャンボジェットの思い出

―小さい頃から航空に興味があったのですか。

曇天だが、明るい空のした、空港の滑走路に、銀色の飛行機
▲専門学生時代に名古屋空港で

親に連れられて羽田空港に行くと、ワクワクしたのを覚えています。羽田空港は今よりずっと小さかったのですが、ジャンボジェット機を見ると特に興奮しましたね。「なぜあんなに大きな金属の物体が空を飛べるのか?」と、幼心に疑問を感じたものでした。

しかしそれも年に一度くらいで、頻繁には行けませんので、普段は虫取りや山遊びなど、外で遊んでばかりでした。海も近かったですね。1962年生まれで、今みたいにゲーム機やスマホはありませんから、もっぱら外遊びです(笑) 家にいる時はプラモデルづくりをして遊ぶのも好きで、もらったお年玉で買って、夢中でつくっていましたね。

―中日本航空専門学校に進学したきっかけは何だったのでしょうか。

小さい頃から飛行機が好きだったのと、高校の弓道部の1学年上に中日本航空専門学校に進学された先輩がいたこともあり、受験を決めました。推薦で入学できたので、受験勉強をしなくていいというのも当時は魅力的で(笑)

下宿生活だったので、部屋はすぐに友人たちのたまり場になりました。他の高校に行った友達とも互いの部屋を行き来するなど、楽しく過ごしていましたね。当時の友人たちとの縁は今も続いています。

室内、和室で、白の上下服を着て、くつろぐ学生時代の山口先生
▲アパートでまったりする山口先生

学校は当時2年制で、1学年の12月ごろまではしっかりと座学。翌年1月に選抜試験が行われ、受かるとライセンスが取得できるコースに入れます。2年生は実技がメインでした。国家試験の勉強もありかなりハードなので、布団にたどり着く前にいつの間にか眠ってしまうことが多かったように思います。

でも、それまでは見るだけだった機体にさわれるだけで、すごくうれしかったですね。また、地上でランナップ(エンジンの試運転)をすることもあり、それにも興奮しました。ただ、当時はいろんな知識を記憶することだけに集中していたようにも感じるので、今の学生たちには、目の前の機体が空を飛ぶイメージも持ってもらえるといいなと思います。

航空整備士として国家公務員に

―専門学校卒業後はどのような道を歩まれたのでしょうか。

日本航空(JAL)や全日空(ANA)などのエアライン系の整備士を受験したのですがうまくいかず、コンピューター関連の会社に内定が決まっていました。そんななか、海上保安官の人員募集があることを知り、友人らと一緒に何となく願書を送ってみたわけです。

結局、受験当日まで試験対策なしで、当日は受験票とシャープペンシルだけを持って試験会場へ行きました。そしたらたまたま合格したんです。それが私の「偶然の人生」の始まりでした。

船上、様々な機器とともに、ヘルメットをかぶった山口先生
▲乗船実習の様子

合格したのは良かったのですが、海上保安官が何をするのかはまったく知らず……。1年目は海上保安官になるための基礎的な訓練のために早朝から走り込み、朝食を済ませてまた走って部屋に戻り、ベッドメイクの検査があります。「こんなにハードな生活なら現場ではどうなることか」と思っていましたが、「現場に行ったらパラダイスだぞ」と教官から聞き、その言葉を信じて毎日を過ごしました。

配属先は念願の羽田空港に決まりました。エプロンに出ると、目の前をジャンボジェットが通っていく。幼い頃、遠くから見ていた光景が目の前に現れるのですから、やはり興奮しますよね。

海洋に、優雅に前進する、巨大な船
▲1989年、この船で世界一周

基本的な作業は格納庫に機体を入れたり電源をつないだりですが、ローターが回る中の危険な整備にも携わります。JALやANAの機体も触ってみたかったのですが、整備できるのは海上保安庁だけが保有する航空機です。その点では、エアライン系とは異なる知識や技術も求められます。

国内最上級の整備士資格である「一等航空整備士」の資格を取得しましたが、整備士はつねに自分で勉強して新しい知識を吸収していく必要がある仕事なんです。

―その後のキャリアについて教えてください。

海上保安庁には30年ほど、その後は国土交通省の航空局に7年半在籍しました。移籍のきっかけは、「もっと違う世界を見てみたい!」と思ったからです。

クルマのように航空機にも定期的な点検があり、1年に1回の官検整備が義務づけられています。当時、東京航空機検査官室には、そういった航空機の検査や新しく購入した航空機の検査や事業場の監査など、さまざまな業務に携わりました。そこでいろいろな方々とコミュニケーションできたことは、今の私の人生にも直結しています。

実践力を育む「航空技術者プログラム」

―そんな中、なぜ高専の教員になったのでしょうか。

海上保安庁に戻った後、「もっと別の仕事もしたい」と思い航空従事者試験官の職に就きました。航空整備士のライセンスを認定する仕事です。たくさんの取引先と交流するなかで、ライセンスを付与する学校の許認可監査があり、本校の「航空技術者プログラム」のことを知りました。その後、実務教官の募集があり、2018年に着任して現在に至ります。

―「航空技術者プログラム」について教えてください。

シンプルな教室の前方で、学生たちに向かって授業を行う山口先生
▲授業風景

1年生の終わりに「航空宇宙工学」コースを選んだ学生に対して募集をかけ、希望者のみが受講します。1学年あたり8名までで、2年生から5年生までの間、放課後の9・10限の時間を使って座学や実技に取り組みます。数日間の夏季集中講義も実施するので、しっかりと実践力を積み重ねることができます。

航空機の整備は、部品交換だけでは済まないことが多々あります。信号が来ないだけでモノが動かなくなることがあるのですが、その原因は、配線切れやコネクタの緩み、コントロールするコンピューターのトラブルなどさまざまなので、知識と経験が重要です。

屋外、コックピットの手前に停められた、白と水色・濃紺が印象的な航空機
▲航空実習館と機体

最終的に、「飛べるのか、飛べないのか」のジャッジは一人でしなければなりません。ですので、ライセンスを取るだけではなく、地道な経験を重ねていくことが大事です。海上保安庁の場合はヘリの救助を待つ人がいることもあるので、スピードと正確さも求められます。

そうした仕事の性質上、指導するうえでは「自分で考えること」を大切にしています。最初は「どうしたらいいですか?」「これでいいですか?」という質問が目立つのですが、アクティブラーニングを用いた授業を繰り返すうちに、自然と自分たちで判断ができるようになります。将来の目標を持っている学生は吸収も成長も早く、ガラリと変わることもありますよ。

―プログラムを受けた学生はどのような進路に進むのですか。

銀色の外壁が印象的な産技高専の外観
▲東京都立産業技術高等専門学校 荒川キャンパス校舎

既に3期の学生が卒業しました。航空整備会社や航空製造会社などに就職した学生もいれば、進学組もいました。2021年には株式会社IHI、川崎重工業株式会社、株式会社SUBARU、三菱重工業株式会社、全日本空輸株式会社、日本航空株式会社の6社と、「航空産業人財育成プログラム」に関する産学連携協定を締結しました。新プログラムを作成し、産学連携と航空分野の人材育成を推進します。

進路支援室の担当として感じるのは、「企業は元気な学生を求めている」ということです。さらに私は、自分で物事を動かす力も大切だと考えています。実は私自身が、内気で人見知りをするタイプなんです。でも、やりたいことがある時は自ら前に出て、道を切り拓いてきました。会議でも授業でも、遊びの場でも何でもいいですので、小さなことから始めてみてください。

山口 剛志
Takeshi Yamaguchi

  • 東京都立産業技術高等専門学校 荒川キャンパス ものづくり工学科・航空宇宙工学コース 准教授

山口 剛志氏の写真

1982年3月 中日本航空専門学校 卒業
1982年4月~1997年3月 海上保安庁
1997年4月~2001年3月 国土交通省東京航空局航空機検査官
2001年4月~2008年9月 海上保安庁
2008年10月~2012年3月 国土交通省航空局航空従事者試験官
2012年4月~2019年3月 海上保安庁
2019年3月~ 現職

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