
鶴岡高専には、学内だけでなく学外にも研究所が存在します。同じ敷地内には共同研究をすすめる企業がオフィスを持つ。社会実装に特化した拠点をつくることになった理由とは? 副校長(研究・地域連携担当)の上條利夫先生に話を伺いました。
管理職だからこそ、若手に
―39歳で副校長。すごくお若いですよね。
鶴岡高専には、管理職に若い人材を登用する風土があります。本校の髙橋幸司校長も以前から「地元企業との関係や教育改革を長期的に考えるために、若い人が重役のポストについてほしい」と言っていました。本校の学生主事も同じ39歳の副校長になります。
ものすごい速さで変わる時代に対応するため、できるだけ若手の意見を取り入れる意向です。学生の声も汲み取りやすいですね。
—副校長の他に、地域連携センター長も務めていらっしゃいますよね。鶴岡高専の地域連携センターの特徴について教えてください。
本校の地域連携センターは「地域連携部門」「人材育成部門」「K-ARC部門」の3つに分かれています。
特徴的なのが、K-ARC(Kosen-Applied science Research Center)。高専機構の研究拠点を目指す場所です。駅前にある市の施設「鶴岡サイエンスパーク」に設置しています。研究特区として企業の問題を解決する部署で、さまざまな分野の先生たちが強みを生かして協力するんです。現在は大きく3つの研究分野の活動がなされています。

—サイエンスパークは近いんですか?
いえ、学校から車で20分ほどの、駅に近い場所にあります。この場所を選んだ理由は、企業との連携がしやすいから。学校で共同研究をしているときには、打ち合わせの際企業にはるばる来てもらうことになり面倒です。
サイエンスパークには協力している企業がオフィスを構えています。ちょっとした相談でも顔を合わせて話せるので、研究がスムーズに運びます。

企業との大規模な研究は学生にとっても刺激的で、授業ではできないことばかり。ゆくゆくは問題解決型学習(PBL)として、学校の授業につなげていきたいですね。

教えることが、自分の力になる
—そもそも、上條先生はなぜ教育の道に。
大学生のとき、家庭教師のアルバイトを通して学生が成長する姿を間近で見て良いな、と思ったんです。また教えるために自分の理解を深めていく経験をしました。学生の成長は喜びになるし、自分のためにもなる。
教師と学生、両方にとって良い関係であればうまく続けていけるのだと思います。
実は、在学していたのは教員免許をとるための学部ではなかったので、教育実習をアテンドしてくれなかったんです。知り合いを伝って、なんとか受け入れてもらえました。
諦めるという発想がないんですよね。もし失敗しても「次はこうしよう」って。頭の中で描けたら必ずできる、と思っています。
今は副校長として教員を導く立場になりました。新しく赴任された教員の先生を否定するだけでなく,その人のやる気を汲んで話せるようになりたいですね。
—研究について教えてください。
「ナノスケールの相互作用に着目した低摩擦摺動システムの研究開発」です。
現代日本のエネルギー効率を計算すると、摩擦のせいで年間16兆円損失していることになります。低摩擦な環境を整えれば、エネルギーロスの低減が期待できます。特に自動車の部品における摩擦の軽減が求められているんです。
そこで、本校の佐藤貴哉教授、森永隆志教授,荒船博之准教授らと連携して、イオン液体と濃厚ポリマーブラシを組み合わせた、低摩擦摺動(しゅうどう)システムの研究開発をしました。
濃厚ポリマーブラシは一端が基盤に固定化された均一かつ高密度なポリマー鎖の集合体です。分子を鎖状につなげると、紐のようにシュリンク=まとまってしまいます。

ところが、基盤にくっつけて重合すると、植物が生えるように伸びるんです。数本だけだとシュリンクしてしまうのですが、1㎠に50兆本と高密度で生やすことで絡まる余地がありません。伸長した高分子がつくれるんです。
その濃厚ポリマーブラシを、良溶媒(馴染みやすい性質を持つ溶媒)であるイオン液体で満たすとよく膨潤(高分子物質が溶媒を吸収し体積が膨張すること)します。
ポリマーブラシが液体を含んでいるので、ブラシの上から力がかかると隙間の液体を押し出すんです。すると表面間には必ず液体がある状態(流体潤滑)なので摩擦が低くなる、という仕組みです。
理論上は、車を手で押すだけで何十メートルも滑って行くほどなめらかになるんですよ。
ただ、これまではナノレベルの実験結果しかありませんでした。社会実装に近づけるため、マクロでの測定を実施したんです。
最終的には平滑シリカ球を使えば、4000回くらいこすっても、低摩擦かつ高い耐久性を保てることができました。この技術は特許を取得し、学術誌「Advanced Materials Interfaces」の表紙にもなっています。

今はより実機化に近づけるためのチームを結成して研究を進めています。自動車のエンジン部分はもちろん軸受けやスピーカーなどへの応用研究も今精力的に進められています。
—今後やりたいことついて教えてください。
学生をもっと学会や外部の研究機関に連れて行きたいですね。もっと外部資金を集められれば、学生に外の世界を見せられる機会が増えると思うんです。
私の研究室ではできるだけ5年生時に学会発表をさせています。発表の良いところは、自分が何を目的にその研究しているのか、客観的に把握できることです。
また、学会に行けば教科書に載っているような有名な先生の話を聞く機会もあります。質問しようと思えば、話すこともできますからね。その分野の最先端に若いうちから触れてほしいんです。
自分の研究と他の研究を比較し、授業や研究で学んできた点と点が繋がる体験ができます。早いうちから、研究への考え方を養う場を提供するのが、私たち教員の役割だと思います。
上條 利夫氏
Toshio Kamijo
- 鶴岡工業高等専門学校 創造工学科 化学・生物コース 教授・副校長(研究・地域連携担当)

2004年 山形大学 工学部 物質化学工学科 卒
2006年 山形大学大学院 理工学研究科 物質化学工学専攻 卒
2009年 東北大学大学院 理学研究科 化学専攻 卒
2009年 東北大学 多元物質科学研究所 産学連携研究員
2010年 鶴岡工業高等専門学校 総合工学科 助教、2012年 同 総合工学科 講師、2014年 同 物質工学科 准教授、2015年 同 創造工学科 化学・生物コース 准教授、2018年 同 教授
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