舞鶴高専の建築システム工学科を卒業後、専攻科に進学し、滋賀県立大学大学院を経て髙松建設株式会社の設計本部に勤める東暖人さん。空き家の改修設計から筏(いかだ)の研究にいたるまで、さまざまな実践を重ねてきた東さんのこれまでを追いかけながら、その熱き信念について伺いました。
高専だったからこそ見えた設計者への道
―舞鶴高専に進学したきっかけを教えてください。
幼いころから住宅街の建物を眺めながら育ち、「大工になりたい」という思いを抱いていました。中学時代は、進学先として京都市内の公立の進学校と舞鶴高専の二択で迷っていたのですが、建設業への関心があることを担任の先生に話したところ「それなら高専がいいよ」と勧められて。先生に強く背中を押される形で高専への進学を決めました。
高専出身者が身近にいなかったため、「授業が難しそう」「寮生活が不安」という印象が先行していましたが、実際に入学してみると、その不安は消えました。寮生活では、仲間たちと通学も食事も四六時中いっしょ。さまざまな地域から集まった同級生たちとは、すぐに打ち解けて居心地が良くなりました。
寮のラウンジで揚げ物パーティーをしたり、夜遅くまでゲームに興じたり。退寮した後は「もう一度寮に戻りたい」と後ろ髪を引かれる想いでした。

―授業はいかがでしたか。
1、2年生のうちは、高校3年間分の理系基礎カリキュラムをおよそ1.5倍のスピードで学んでいきます。そのため、最初は授業についていくのが精一杯で成績も上位ではありませんでした。
転機になったのは、3年生になって専門科目が始まってからです。興味のある分野の授業はすんなり頭に入ってきて、次第に成績も好調に。「設計を仕事にしたい」という気持ちが固まっていったのもこの頃です。
部活は中学まで続けていた野球から離れ、陸上部と寮生会(寮の自治組織)に入りながら、野球部にも顔を出していました。また、土木・建築系のコンペティション「デザコン」にも参加し、設計の経験を重ねていきました。

数々の実践で磨いた「現場力」
―高専での研究内容について教えてください。
本科の卒業研究では、舞鶴高専の隣にある京都府宮津市の「西堀川通り」を対象に、再整備計画をまとめました。大正時代から町割りがほとんど変わっていないこの通りは、かつて遊郭があり、見返り柳や暗渠(あんきょ)化された水路の痕跡が今も残っています。宮津市から資料を受け取り、昔の地図と現代の地図を重ね合わせながら歴史を調べ、夏には現地を歩いて雰囲気を肌で感じ取りました。
難しかったのは、「いかに軸をブレさせずにプロジェクトを進めるか」です。西堀川通りが宮津市の観光の入り口としてどういう役割をもち、機能すべきか。多くの要素が絡み合う中で、何を大切にすべきかを見定めることの難しさを初めて実感した研究でした。建築のコンセプトを最後まで貫き通す重要性は、仕事に就いた今でも度々意識しています。
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―研究以外に取り組まれた活動についても教えてください。
研究と並行して強く印象に残っているのが、「UIH(UターンIターンハウス)」プロジェクトへの参加です。私が所属していた研究室では、舞鶴市役所が進める「舞鶴市への移住定住の促進に向けた『お試し住宅』の整備」での住宅改装デザインにおいて、設計、監修、一部施工まで携わっていました。私たち学生が設計・改修した住宅は、移住を希望するUターン・Iターンのファミリー世帯に貸し出されます。
当然ですが、最初からうまくいくわけではありません。先生から「これじゃあかんなぁ」と言われながら、スケッチを見直して少しずつ煮詰めていく。すると、「これならいけるんちゃう?」という活路が見えてくるんです。そうして少しずつ手応えをつかんでいく過程が、まさに実務に近い学びの経験でした。
その後も、自分で引いた図面を片手に、現場で職人さんたちと話し合いながら施工を進めていきます。職人さんたちとのコミュニケーションなど現場で果たすべき役割を、高専生のうちに経験できたことは非常に大きく、社会に出てからも現場で生かされています。


―専攻科・大学院への進学の経緯を教えてください。
本科卒業時点では就職を考えていましたが、3年生ごろに「専攻科で引き続き先生のもとで学びたい」という思いが生まれ、進学を選びました。建築やデザインにより深く関わるには院卒の方が有利だという現実的な理由もありましたが、正直に言えば「働くことをまだ受け入れきれなかった」という気持ちも大きかったのです。
専攻科では「建築雑誌を用いた改修住宅における階段形式・配置の変遷」について研究しました。当時はコロナ禍で外部調査が難しく、デジタルで閲覧できる建築雑誌のバックナンバーを資料とする方向に切り替えたことがテーマ選定の出発点です。もともと「階段ってかっこいいな」という直感があり、指導教員が住宅改修を専門としていたことも重なって、「建築雑誌×改修×階段」の3つのキーワードが自然とそろいました。
調査を通じて見えてきたのは、昔の階段が急勾配で玄関や廊下に接続するだけの「機能的な装置」だったのに対し、現代ではLDKに取り込まれた螺旋階段や緩やかな勾配の階段など、「演出と象徴」として扱われるようになっているという変化の傾向でした。
それまでの経験を経て、「オフィスビルや商業施設など、より規模の大きな建物の設計に携わりたい」という思いが生まれ、大学院へ進学しました。進学先の滋賀県立大学大学院では、1年目の指導教員が「好きなことをすればいい」と自由なスタンスで向き合ってくださいました。「筏の上での釣りが趣味」と打ち明けたところ、「じゃあ、筏を研究しよう」と言ってくださり、趣味の延長上での研究がスタートしました。
娯楽のための釣り場として特化した筏を設計するとしたら、どのような機能とデザインが求められるか——。福井県の音海(おとみ)エリアをフィールドに選び、現地の筏の配置や規模を調査した上で、釣りをより楽しめる機能の提案と設計案をまとめました。

「日陰がほしい」「外から見たときの景観のバランスにも配慮したい」「水面に複数の筏が浮かぶ風景そのものを、まちの一部として成立させたい」。自分が釣り人として感じていたリアルな要望を設計に落とし込む作業は、純粋に楽しかったですね。
夢だった自邸の設計が実現
―現在の業務内容について教えてください。
2024年に髙松建設株式会社の設計本部に入社し、マンションや事務所ビル、物流倉庫、工場などの建築設計を担当しています。特に、建物の方向性とイメージを決める「基本計画・基本設計」のフェーズを担うことが多く、入社1年目から自分で案を考えて上司と詰めていく経験を積んできました。
同社を選んだ理由は、設計と施工を一貫して手がける「設計施工一貫」の比率が高く、自分がデザインしたものが実際の建物に反映されやすい体制であること。そして、大阪勤務という点も決め手のひとつでした。

―学生時代に学んだ「設計」との違いは感じますか。
学生時代は「かっこよさ」や「使いやすさ」が設計の評価軸でしたが、実務に入ってまず直面したのは、建築基準法をはじめとする“法律の壁”でした。法律を守ろうとすると思うようなデザインができない。たくさんの制約の中で、機能とデザインをいかにして成立させるかが設計の要であり、面白さでもあります。
―今後の目標について教えてください。
仕事上の目標は、自分が設計した建物でデザイン賞を受賞することです。特定の賞を狙っているわけではなく、携わった建物が何らかの形で評価される仕事をし続けていきたいと思っています。
また、今年一級建築士の試験に合格し、プライベートでは以前からの夢だった自邸の建設計画が進んでいます。私も妻も、実家では庭でバーベキューをする休日の風景が当たり前だったことから、庭付きで広いLDKのある家を建てたいと考えていました。現在は、2027年の夏ごろの竣工を目指してハウスメーカーとの打ち合わせを重ねています。自邸の設計を通じて、戸建て住宅の設計の面白さにも触れることができました。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
「高専に行って後悔なし!」というのが率直なメッセージです。高専生は、自分が思っている以上に社会で重宝されます。若さと専門知識を兼ね備えていること、さまざまな背景を持つ人と関わる中で培われるコミュニケーション力を身に付けていること。それが、社会に出てからの強みになります。また、高専卒かつ大学院卒というキャリアは、若さと専門性の両方を持つ「いいとこどり」の人材として評価されることも多いようです。
そして、高専の5年間を共に過ごした仲間は、社会人になっても付き合いが続きます。野球部の仲間、建築コースの同期。最近では、船の免許を取って始めた沖釣りがきっかけで、学科もコースも違う旧友たちとの交流が広がりました。舞鶴高専というつながりが、人生を豊かにしてくれています。
15歳で親元を離れ、多様な価値観を持つ人たちと寮生活を共にした経験は、知らないうちに自立心と視野の広さを育ててくれます。ぜひ自信を持って、今を楽しんでください。
東 暖人氏
Haruto Azuma
- 髙松建設株式会社 設計本部

2020年3月 舞鶴工業高等専門学校 建設システム工学科 建築コース 卒業
2022年3月 舞鶴工業高等専門学校 専攻科 総合システム工学専攻 建設工学コース 修了
2024年3月 滋賀県立大学大学院 環境科学研究科 環境計画学専攻 修了
2024年4月より現職
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