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社会ニーズにあった「ものづくり」を目指して。福祉機器開発と、新居浜高専の“AT特別課程”

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福祉工学がご専門で、地元医療福祉関係者たちと一緒に、福祉機器の開発を行う新居浜高専の吉川貴士先生。現場の声に耳を傾ける、先生のものづくりへの姿勢と、新居浜高専の独自のプログラムである“AT特別課程”について迫ります。

エンジニア冥利に尽きる、福祉機器の「ものづくり」

―大阪府立大学高専のご出身と伺いました。

現地取材で研究についてお話する吉川先生。
新居浜高専にてお話をお伺いしました

私には兄がいるんですが、大学に行く目的もなく、大学受験のために必死で勉強している姿をみて、「それはしたくないな」と思ったんです。また、「ものづくり」に興味があったので、せっかくなら手に職をつけようと高専を目指しました。高専に進学したのは、同じ中学からは私一人でした。

機械工学科では、太陽光で蓄熱させるソーラーポンドの研究を行っていて、卒業後は企業に就職し、陸上機械(製鉄設備)設計の仕事をしていました。でもサラリーマンは無理だったなあ(笑)。ストレスで体調を崩したので退職したのを機に、徳島大学に編入して精密機械工学について学ぶことにしたんです。

―新居浜高専に着任されたきっかけを教えてください。

新居浜高専出身の府大高専の恩師たちとの集合写真。
新居浜高専出身の府大高専の恩師たち(真ん中が吉川先生)

きっかけは、府大高専の時の新居浜高専出身の先生から「新居浜高専の教員に欠員があるよ」と紹介されたことです。当時はバブルの時代で、同級生たちは給料がいい大企業で働いていて、みんな教員になりたがらなかったんですよ(笑)。

私も教員を目指していたわけではなかったんですが、一度就職を経験したことで、大企業で働くのは向いてないと思っていたし、大学院では工業高校や職業訓練校の生徒に授業をしたこともあったので、教員の道に進むことを決めました。

―福祉工学の分野をはじめたきっかけはなんですか?

「空飛ぶ車いすプロジェクト」として、廃棄車いすを修理してタイなどに送るもののパーツ。
「空飛ぶ車いすプロジェクト」として、廃棄車いすを修理してタイなどに送っていた

バブルが弾けたころですが、地域の企業の方と話す機会があり、「これからは来た図面を加工するだけではダメ。中小企業は脱皮しなければ」という話を聞いていました。

そんなとき、当時の校長と市長、労災病院の院長、会議所の会頭が「新居浜で介護ロボットをつくろう」という話になったそうなんです。そこに誘われたのがきっかけですね。ちなみにその勉強会は、「介護工学研究会」という名称で240回以上開催され、今も続いています。

この新居浜には昔、鉱山があったこともあり、事故にあい義足や義手を使われる方がいらっしゃいました。日常生活では車椅子を使われていましたが、いろいろと不便ですよね。そこでロボットにこだわらず、そういった生活で困ることを改善するために、さまざまなものを開発しました。

また、リハビリのために入院している患者さんでも、理学療法士が看られる人数は限られていて、実際にリハビリできる時間は一人につき3時間ほどしかありません。これからは高齢者や在宅医療も増えていくので、理学療法士がつきっきりじゃなくてもよいように、リハビリをサポートする機械の開発も行っています。

入院患者様に視線入力装置の導入・フィッティングを行うことで、家族と会える時間を増やした。
視線入力装置の導入・フィッティングで、家族と会える時間を増やした

医療福祉機器の開発はいろいろ難しいんです。「使う(操作する)人」「使われる人(患者)」「購入する人」の3方向(価値観)全てのユーザーが納得できないと使ってもらえません。操作しやすく(誤操作に寛容)、痛みがなく安全で、コンパクトで安価なものが求められます。

そもそも、人によって感じ方や考え方は違うので、「これ!」という正解がありません。また、レスポンスが直にかえってきますし、手を抜いたところはそれ相応の評価を受けます。ダメ出しが永遠に続くこともあるんです。でも学びが多く、そこがおもしろいと感じる部分ですね。エンジニア冥利に尽きます。

現場の声を聞いて学ぶ、新居浜高専の「AT特別課程」

―新居浜高専独自の取り組みである「AT特別課程」について教えてください。

学生が製品について病院とディスカッションする様子。
AT課程において、学生が製品について病院とディスカッション

正式名称は「アシスティブテクノロジー技術者育成特別課程」で、「ものづくりで医療・福祉現場の課題を解決し、多面的な視野と能力を身につける」ことを目的にした教育課程です。全ての学科の学生が対象で、それぞれの専門分野の知識をもった4・5年生の希望者が、選択して2年間取り組みます。

カリキュラムは3部構成になっていて、まずユニバーサルデザインや、異なる立場の要求に対するものづくりの考え方について学びます。そして、実際に病院側へアイデアを複数提案し具現化し、最後に現場の視点からの評価を受けて改善に取り組むという構成です。

病院とやりとりし、現場からの要望に応えて「歩行訓練用開脚角度センサー」や「誤嚥予防簡易取り付け角度計」など、学生と一緒にいろいろ開発しました。

学生からは、「機能はよくても、操作のしやすさやスペース・メンテナンスなど、作った後の要望も多くて、いろいろな立場で考えてアイデアを出すことが必要だった」「時間がないからと中途半端なものを作ってしまい、現場では使い物にならなかった」などの感想があり、多くのことを学んでいると感じます。

逆に、病院側からは「これまで当然と思っていた不便なことが、技術で改善できると実感できた」「もっと効率化できるかもしれないという意見がでるようになった」などの声をいただきます。現場の方たちの意識が、少しずついい方向に変わってきているそうなんです。学生にとっても、病院にとっても、お互いにWin-Winになる関係ができてきたのは本当に嬉しいことですね。

―福祉機器を作る上で、先生が大切にしていることはなんですか?

それはやっぱり「社会ニーズ」ですね。ネットに情報が溢れている時代だからこそ、うわべだけを見るのではなく、情報を見極められるようにならなければいけません。みんなすぐネットの情報に踊らされるでしょう(笑)? そうならないためには、実際に現場の情報や声を聞いて、考えることが大切だと思うんです。

以前学生が、特別支援学校の子どもたちに向けた教材を作ったんですが、「ここを押す」という単純な作業でも、できない子がいるんですよね。また、設計者が意図した使い方とは、違う使い方をする人もいる。それを実際に体験してもらうことで、本当の意味で「安全」や「みんなが使いやすいもの」を考えられるようになります。

また、福祉機器を作る上では、障がいがある人が上手くできずに「恥ずかしい」と感じる気持ちや、認知症の人が「さっきも同じことを言った」と言われて傷つく気持ちなどを理解して、「人の尊厳」に応えることも重要なことです。機能だけじゃない「心のケア」の大切さも学生に伝えていきたいですね。

音が鳴る教材を2年生が作成し、特別支援学校で活用。
特別支援学校で活用してもらった「ワンクリックで音が鳴る教材」の学生(2年生)作品

技術者だからこそ「人間力」が必要

―教育者としては、学生にどういう思いで接していらっしゃいますか?

今の学生たちには「叱咤激励」という言葉が通じず、言葉を鵜呑みにしすぎて、すぐ傷ついたり、あきらめたりする子が増えていると感じます。でも我々技術者は「技術力」という力を持つので、心を鍛えて、人としても成長する必要があると思うんです。

最近の先生は優しいけど、私はガンガン言いますよ(笑)。嫌われ者になってもいいから、伝えるべきことは伝えるようにしています。こういう先生もいないといけないと思うので、これから目指すべきは「嫌われ者になること」かな。

技術者は、爆弾でも、よく切れるナイフでも、作ろうと思えば作れてしまうからこそ「何をつくるか!技術をどう使うか」が大切なんですよね。AT特別課程などを通じて視野が広く多様な価値観を認めることができる学生の「人間力」も鍛えていきたいと思っています。

吉川 貴士
Takashi Yoshikawa

  • 新居浜工業高等専門学校 機械工学科 教授

吉川 貴士氏の写真

1985年 大阪府立工業高等専門学校 機械工学科 卒業
1985年 日立造船株式会社
1989年 徳島大学 工学部 精密機械工学科 卒業
1991年 徳島大学大学院 工学研究科 修士課程 修了
1991年 新居浜工業高等専門学校 機会工学科 助手
1996年 徳島大学 博士(工学)
1996年 新居浜工業高等専門学校 機械工学科 講師、2001年 同 助教授、2007年 同 准教授、2009年 同 教授 現在に至る

2017年 国立高等専門学校機構 優秀教員表彰 理事長賞
2005年 新居浜工業高等専門学校 最優秀教員表彰
2014年 新居浜工業高等専門学校 最優秀教員表彰
2016年 新居浜工業高等専門学校 最優秀教員表彰

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