呉高専の学生時代の研究をまとめた商業雑誌の記事が業界で話題となり、現在の仕事にもつながったという福山大学の山之上卓先生。数々の論文が評価されている山之上先生のモチベーションの源泉は、その高専時代にありました。
学ぶ楽しみや仲間を見つけた寮生活
—小さい頃はどのようなことに興味がありましたか。
ものづくりや工作をして遊んでもいましたが、実は歴史が好きでした。小学生の頃に近所で遺跡が発見され、見に行ったのを覚えています。特に戦国時代あたりにハマっていました。
先生から高専のことを聞き、興味を持ったのもその頃です。また、父親が高校の電気工学科出身で、ラジオのつくり方を教わったことなどがあったので、電気工学に強い興味を持っていました。
今では当たり前の「オープンキャンパス」ですが、当時は実施されておらず、中学3年生の1月ごろに個人的に学校を見に行ったと記憶しています。高専をめざすなら普通高校は受験できない試験日程だったのですが、思い切って高専を志望。合格した時は心からほっとしました。
—高専での生活はいかがでしたか。
新鮮だったのは、何といっても寮生活です。毎日21時には消灯し、朝6時に起床。1年次は4人部屋に入り、「ライフマスター」と呼ばれる上級生1名が学校生活のことを教えてくれたり、面倒をみてくれたりしていました。部活動は陸上部をメインに、電気技術部にも顔を出していましたね。夏休みには15人ほどで合宿に出かけたのも良い思い出です。
授業は高度な内容も扱っていて、入学前から聞いていたものの、最初はついていくのが大変でした。もともと苦手だった数学には特に苦労しましたが、次第にペースがつかめるようになったと思います。
現在の研究につながるコンピュータとの出会いは、高学年の頃でした。先生に「遊んでみない?」と声をかけていただき、当時のワンボードコンピュータ(※)を自由に使わせてもえることになったのです。その後、卒業研究として「FORTRAN」というプログラム言語をそのコンピュータ上で使えるようにしました。とりかかってから2カ月ほどで使えるようになり、実際に動いた時は「ああ、すごい!」とうれしかったですね。
※1つの基板の上に、コンピュータとして必要なほぼすべての機能や要素を実装した小型コンピュータのこと。シングルボードコンピュータとも呼ばれる。
そのワンボードコンピュータを使った卒業研究が大学進学後に専門商業雑誌の記事になり、その記事が大きな反響を呼んだことで、研究を続けることにある程度自信がつきました。5年生の秋には九州工業大学へ編入することが決まっていたのですが、その記事の執筆を支援いただいた大学の先生から編入先の指導教員を紹介していただきました。
大学ではその指導教員に声をかけていただき、学部にいた頃から大学の紀要(※)の執筆機会に恵まれました。指導教員が研究されていたオートマトン生成に関する理論研究を使い、構文解析を行う機械を生成する研究を実施。大学院修士・博士時代はその研究を発展させ、すでに知られていた属性文法を導入することにより、コンパイラなどの言語処理システムを自動生成するプログラムに関する研究を進めました。こうしたつながりや機会ができたことに、とても感謝しています。
※大学や研究機関等が定期的に発行している、大学教員や研究員の研究内容が書かれた論文が掲載された学術雑誌のこと。
情報管理や教育システムづくりの最前線で
—現在の研究内容や取り組みについて教えてください。
ネットワークを使った教育支援システム、IoT、情報基盤システムの構築管理運営、英作文支援システム「WebLEAP」、情報倫理教育(大学ICT推進協議会(AXIES)の情報倫理ビデオ小品集の初期の作品の制作)など、多岐にわたる研究に携わっています。
遡ると、博士課程の後は九州工業大学に就職し、しばらくして「情報科学センター」という部署に着任。大学の教育用コンピュータシステムの管理運営を行っていました。
コンピュータやコンピュータネットワークの構築・管理・運営は、誰かがやらないといけない大事な業務なのですが、その業務が研究業績に結び付きにくい、どちらかというと研究者から嫌われる業務です。部局間調整などの、おそらく多くの理系の方が苦手な業務も担う必要があります。
情報基盤の管理運営には、利用者管理も含まれます。円滑に基盤を運営するためには利用者の協力を得ることが不可欠です。利用者の理解を得るため、またセキュリティを強化するため、当時の国立大学情報処理教育センター協議会が中心となって、情報倫理デジタルビデオ小品集を制作することになりました。現在では、日本中の多くの大学でこのビデオが活用されています。
このビデオについてはACM(※1)の下部組織にあたるSIGUCCS(※2)で発表し、そのうち2つは、「ACM SIGUCCS Communication Awards」を受けています。これらの活動もあり、2016年10月に、ACM SIGUCCSのHall of Fameのメンバーとなることができました。
※1:Association for Computing Machineryの略。1947年に設立された、アメリカの情報工学分野における世界的な学会。
※2:Special Interest Group on University and College Computing Servicesの略。高等教育機関において、コンピュータ技術の有効活用を支援してきた専門家グループ。
さらに、地域のインターネット普及活動にも取り組むことになり、教育支援システムの研究などを始める機会を得ることができました。当時はインターネット普及の黎明期。世の中にない仕組みを新しく普及させるには相手を納得させる必要がありますが、それがなかなか一筋縄ではいきません。電子メールの魅力を伝えることでさえも大変でしたが、志を同じくする仲間もでき、携わることができて良かったと感じています。
また、インターネット普及活動に参加したことをきっかけにテレポーテーションシステムに関する研究をしていたのですが、最近ようやく機能を持った「物」を遠隔地に転送するテレポーテーションシステムの基本的な機能を実現することができました。
例えば、現地に材料があって、有名レストランのシェフの料理のつくり方を転送すれば、世界中どこでも食事がとれるようになるし、宇宙にだってモノを送ることができる。物理的な転送なしでモノが移動できれば、メーカーが在庫管理をする必要もなくなります。将来的にはより多くの企業や個人が利用できるサービスになればと思っており、今後はこの研究をさらに発展させたいと考えています。
「プログラミング道場」からサークルが誕生
—福山大学に着任後、大学ではどのような授業を担当されていますか。
専門英語の授業を担当していました。これは、グループごとに取り組むアクティブラーニングを基本としていました。コンピュータに関する英語の本を提示してグループで読み、コンピュータで実際に操作しながら学んでいく形式です。全員に等しく取り組んでもらおうと思い、レポートやクイズ、電子掲示板上などさまざまな形式を試してきました。今もまだ、試行錯誤ですね。
研究室では、学生たちに、それぞれが興味をもったテーマを決めてもらい、できるだけサポートする役に徹するようにしています。
課外活動では、私が着任する前から学生たちが中心になって活動する、「プログラミング道場」が開かれていました。その学生たちが「プログラミングサークルをつくりたい」とリクエストしたので、現在はその顧問に就いています。他学部も含め20名くらいでして、活躍している学生がたくさんいます。
—高専を卒業して良かったことはありますか。
ちょっと興味を示すものがあったら、授業に関係なく、それに関する「おもちゃ」を与えていただきました。先ほどのコンピュータだけでなく、わざわざ材料を取り寄せてもらい、それを実習工場に持っていって、実習工場の先生方に指導していただき、リニアモーターカーをつくらせていただいたこともありました。
高専にいかたらこそ、大学へ編入し、その後大学院に進むことができましたし、現在の研究にも役立っています。
—高専生へのメッセージをお願いします。
当時は毎日レポートの執筆や授業の予習・復習に追われていて、ちょっと息苦しい感じを受けていましたが、何かに興味を示すと授業に関係なく先生方に後押ししていただきました。そのような教職員がいらっしゃって、かつ十分な施設があるのが高専の良いところだと思います。
また、寮生活では友達の勉強法を見て学んだり学年を超えて教え合ったりして、勉強の仕方を知ることができたのがとても良かったです。寮の部屋に仲間と集まって、一緒に勉強に取り組んだり一緒にものづくりをしたりする時間は、とても楽しく有意義でした。このような恵まれた環境を、ぜひ存分に生かしてほしいと思います。
山之上 卓氏
Takashi Yamanoue
- 福山大学 工学部 情報工学科 教授
1980年3月 呉工業高等専門学校 電気工学科(現:電気情報工学科) 卒業
1982年3月 九州工業大学 工学部 情報工学科卒業
1984年3月 九州工業大学大学院 工学研究科 情報工学専攻修士課程 修了
1987年3月 九州大学大学院 総合理工学研究科 情報システム学専攻 博士後期課程 単位取得退学
1987年4月 九州工業大学 工学部 助手
1989年4月 九州工業大学 情報科学センター 講師
1993年4月 同 助教授
2003年10月 鹿児島大学 学術情報基盤センター 教授
2015年4月より現職
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