高松高専(現:香川高専)卒業後、14年間民間企業に勤め、34歳で高専教員になるという思いきったキャリアチェンジをされた阿南高専の角野拓真先生。高専生、社会人、研究者、いずれの経験も持つからこそできる研究や、学生に伝えられることがあるという角野先生に、高専教員を目指したきっかけや学生への指導に関してお話をお聞きしました。
理想と現実の間で悩んだ高専生時代
―幼少期はどのような子どもでしたか?
あらゆることに興味があった子どもだったと思います。良くも悪くも、熱しやすく冷めやすい性格で、いろんなことに手を出していました。例えば、小学校では6年間サッカーをしていましたが、スラムダンクの影響で中学からはバスケットボールを始め、その後も「ラケットを持つスポーツをしてみたい」と思い、バドミントンにチェンジしました。
バドミントンを始めてからは、「気になったことはとことん追求したい」という性格から、ラケットの素材や値段の違いによって何が変わるのかが気になり、自分で調べていました。小学生からバドミントンを続けている友人よりも、ラケットについてだけは私の方が詳しくなっていましたね(笑)
―進学先として高専を選んだきっかけを教えてください。
技術や理科などの理系科目に興味があったのが理由の1つです。「高専って楽しそう」というイメージもありました。中学の先生から高専について聞いて調べてみたとき、専門的に学びながらも自由に時間を使える校風だと感じたんです。
ただ、もともと土木よりも環境や建築に興味があり、建設環境工学科を選んだのですが、いざ入ってみると建築の勉強は少なく、むしろ土木がメイン。自分の調査不足ではあったものの、入学してしばらくはそのギャップに悩み、あまり勉強も身に入らない状態でした。
―高専に実際に入学してみて、どのような印象を持たれましたか。
クラスメイトには優秀な方が多いという印象でした。事実、私の成績は後ろから数えて5本指に入る順位で、他の同級生を見て、「なぜ難しい勉強に対してこんなに頑張れるのだろう」と疑問でした。1〜3年生の間は、本当に勉強が苦手で、とても真面目な学生とは言えなかったと思います。
ただ、それも3年生の後期に変わりました。多川先生の環境工学の授業が始まったからです。やはり環境分野の勉強は非常に楽しいものでした。人や社会のためになることはもちろん、地球のためになっているという点にとても惹かれていました。
―高専時代に打ち込んだことを教えてください。
1つは軽音楽部での活動です。各メンバーが好きなジャンルの音楽をカバーするバンドで、文化祭でも演奏しました。正統派のロック、ビジュアル系など、いろんなジャンルの音楽に挑戦できたのは良い思い出です。
もう1つは研究活動です。環境工学の授業をきっかけに、そのまま多川先生の研究室に入りました。当時、多川先生が讃岐うどんのお店で出た廃水を浄化する装置の開発をしており、そのプロトタイプの作成に私も携わりました。当時、3日に1回というペースで、うどんの茹で汁をもらいに地元のうどん店を巡っていたことが思い出深いです。
学ぶ楽しさを伝えたい。34歳で会社員から研究者へ
―高専卒業後は、地元の企業に就職されていますね。
安定性・公益性・地元貢献度などを総合的に考えて、JR四国に就職しました。
まず1年目に車掌を経験し、2年目以降は橋やトンネルなどの維持管理や調査、工事の施工管理を。8年目になると本社に異動し、設計計画や現場への技術支援を行っていました。その後、2年間鉄道総合技術研究所(鉄道総研)に出向してコンクリート構造の研究を行い、また本社に戻り社員の研修や教育などにも携わりました。
トータルで14年間、JR四国で働きましたが、幅広くいろんな業務に携わらせていただいたと思います。中でも鉄道総研での研究期間は、私のキャリアチェンジにもつながる大きな転機となりました。
―仕事において、高専での学びや経験が生きていると感じた瞬間を教えてください。
会社の同期には様々な大学の卒業生がいましたが、彼らと同じレベルで土木分野の知識を身につけることができていることに気づき、大変驚いた記憶があります。
実務でも、学生時代に苦手な分野だったとはいえ、意外にも土木の知識が身についていることを感じました。もちろん4年生から就職のためにしっかりと勉強し始めたというのはありますが、それでも土木の知識で大学卒業者に引けを取らないことに対して、高専のレベルの高さに驚きました。
―教員を目指すようになったきっかけは何だったのでしょう。
出向先の鉄道総研で、初めて本格的に土木工学の研究に取り組み、学ぶことや研究のおもしろさを感じました。「もっと研究がしたい」という思いから大学院試験を受け、博士後期課程に合格し、働きながら大学院に通い始めます。同時に、会社では社内研修の講師を担当することもあり、教えることのおもしろさを通じて「教員になりたい」という思いも芽生えていきました。
私は何かやりたいことがあって高専に入学したわけではありません。勉強も最初は楽しくありませんでしたし、卒業後は苦手だった土木に関わる仕事に就くなど、計画性に乏しい面もありました。
しかし、実務を行う中で、高専で習ったことがつながる場面が多く、「そういうことだったのか」という気づきとおもしろさを感じました。また、実務を始めてからは、高専時代にもっと勉強しておけば良かったと感じる場面も多くありました。
実務を経験した私だからこそ、学生に伝えられることがあると思います。私のように「なんとなくおもしろそう」という思いだけで高専に入学してきた学生にも、学ぶことの楽しさや、知識と実務のつながりを伝えられるように、教員になろうと思いました。
―34歳で教員にキャリアチェンジされることに不安はありませんでしたか。
不安は全くなかったと言うと嘘になります。ただ、それよりも新たな挑戦に対する期待感が大きかったですね。もともと好奇心旺盛な性格ですので、この時もワクワクが勝っていました。
―高専の教員になり、ギャップや難しさを感じることはありましたか?
学生への授業は、真面目にしすぎると伝わらないと感じました。というのも、最初の授業は緊張して、学会の発表のように話してしまったんです。すると、やはり学生たちが興味を持たずに聞いているのが伝わってきました。
授業では真面目に正確な情報を伝えなければならない反面、学生の目線に立ち、例えば間の取り方や話し方に気をつける必要があります。2年目からはフランクに力を抜いて話すことができるようになり、3年目の今は、楽しく授業ができていると思います。今後も改善を続けて、学生のためになる授業を行いたいと思います。
学生へのアドバイスは、自分の実体験から
―高専での研究内容を教えてください。
まず1つが、鉄筋コンクリートの剥落予測の研究です。鉄筋コンクリートの中の鉄筋は、時間が経てば錆びてしまい、コンクリートの中で体積が膨張してしまいます。これが、コンクリートのひび割れにつながり、コンクリートが剥がれてしまう原因となっています。この、コンクリートが剥がれてしまうタイミングが何年後、何十年後なのかを予測するという研究です。
予測ができれば、維持管理の計画が立てやすくなり、最適な予算で大きな効果を発揮できます。これは私が鉄道総研に出向して初めて本格的に取り組んだ研究で、研究の楽しさと難しさを教えてくれました。今は、AIなど新しい技術も活用しながら、研究を続けています。
次に、銅スラグを用いたコンクリートの水分浸透特性に関する研究も行っています。銅スラグとは、銅の精錬過程で出る副産物です。その中で、私が着目しているのが水分浸透特性というもので、つまり、水の染み込みやすさのことです。コンクリートの中に水が染み込むと、酸素も一緒に入ってしまい、錆の原因となります。そこで、銅スラグをコンクリートに活用する際の、水の染み込み具合の評価を行っています。
他にも、橋脚周りの局所洗掘災害に関する研究も進めています。豪雨災害が起こると、橋脚の周りの土が水の流れで掘られてしまい、橋脚が流されたり、転倒したりすることがあります。これが局所洗掘災害です。私は、この局所洗掘の進展に伴い被災する可能がある橋脚の抽出モデルの構築や橋脚基礎の安定性に関する研究を行っています。これはJR四国に勤めている時に、同種の災害に対応した経験があったため、実務者の負担を軽減できる新技術を開発したいという思いで始めました。
局所洗掘災害は、橋脚の根入れや、橋脚への川の水の当たり方などが大きく影響します。ただ、橋脚の局所洗掘は、構造・河川・地盤といった様々な要因が複合的に重なり発生する現象であり、これまではこれらの分野を横断的に研究した事例はまだ少ない状況でした。
私はこれまでの実務経験と併せて、この分野横断的な内容に対して複合的にアプローチができると考えています。これは、他の研究者にはない、私の強みでもあります。
―高専ではどのような指導を心がけていらっしゃいますか。
進路指導では、私の高専時代や社会人時代の実体験をもとに学生にアドバイスをしています。高専の5年間で何をやっていたのか、当時どのようなことを考えていたのかなど、私の経験や経歴を語ることで、学生が進路を考える際の参考になればと思っています。
また、研究指導にも力を入れており、特に学会やコンテストなどへの参加は積極的に勧めています。勉強を積み重ねて知識をつけることはもちろん、学会やコンテストに参加することで、自力で答えを導き出す力や論理的に説明するコミュニケーション能力を身につけてほしいと考えています。
私の会社員時代、特に新人の頃は、長年仕事をなさっている方との打ち合わせで、相手からの質問にきちんとした回答を返せず、悔しい思いをしたことが何度もありました。学生たちには、積み重ねた知識をしっかりとアウトプットできる力を養ってほしいと思っています。
―最後に、高専生へのメッセージをお願いします。
高専生には真面目で素直な学生が多い印象で、それは良いことなのですが、もっと自己主張をしても良いのではないかと思います。私が高専生の時は、もっと自己主張が強かったです。
勉強や研究も、先生に言われたからやるのではなく、「やりたくない」と主張する学生がいても良いと思うのです。むしろやりたくない理由を自分なりにしっかりと説明できるのであれば、そのような意見も大歓迎です。
もし、自分の好きなことややりたいことが明確ではないなら、まずは目の前のことからコツコツやってみると良いと思います。私自身、あまり計画性のない学生時代を送ってしまったので、今学生の皆さんには、何事にも興味を持って取り組み、しっかりとした目標を立てられるように、学生生活を送ってもらえたらと思います。目標に向かって努力するうちに、何年後か何十年後かはわかりませんが、思いがけないところできっと成果が出ます。
角野 拓真氏
Takuma Kadono
- 阿南工業高等専門学校 創造技術工学科 建設コース 講師
2008年3月 高松工業高等専門学校(現:香川高等専門学校) 建設環境工学科 卒業
2008年4月 四国旅客鉄道株式会社 入社
2017年4月〜2019年3月 公益財団法人鉄道総合技術研究所 構造物技術研究部 コンクリート構造 研究員(出向)
2020年4月〜2022年3月 香川大学大学院 工学研究科 博士後期課程
2022年4月より現職
2022年12月〜2024年3月 香川大学 創造工学部 協力研究員
2024年4月 香川大学 創造工学部 客員研究員
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