10代の頃から、自分で考えて行動することを大切にしてきたという、沼津高専 機械工学科の三谷祐一朗先生。回り道をしながらも広がっていった高専の世界や、そこで出会った現在の研究テーマについて伺いました。
自分を変えたくて決めた大学進学
―幼少期はどんな少年でしたか。
運動が大の苦手でした。特にサッカーなんてボールを空振りするばかり……。ただ、泥んこになるのは好きで、毎年稲刈りが終わる季節になると、近所の田んぼに入って相撲や凧揚げをしていました。ふかふかの土が気持ち良くて、泥だらけになりましたね。
当時の作文には「博士になりたい」と書いていたようなのですが、大人になって見返すまで忘れていたほど、この頃はまだ将来のイメージがぼんやりとしていました。中学・高校と普通科で勉強をしていたので、理系に進むことを具体的に考えたのは大学進学の時です。
―立命館大学の機械工学科に進学した理由を教えてください。
当時は「大学は、自宅(香川県)からなるべく遠くに行きたい」と思っていました。手前味噌な話なのですが、幼い頃から大切に育てられたが故に、親からは、「祐一朗は折り畳み傘すら畳めない」というような印象を持たれ、実家では家事ひとつしたことがなかったんです。
甘えられる環境がありがたい反面、「このままだといつまで経っても自立できない」と自分なりに危機感を覚えました。父親には反対されましたが、自宅から離れた立命館大学を選び、興味のあった理数系の中でも、目に見える世界の勉強ができる機械工学科を専攻しました。
―立命館大学での学生生活はいかがでしたか?
入学してすぐに合唱部に入って、ソリストやフォークギターの演奏に初挑戦しました。もともと社交的ではなく内気な性格だったのですが、ステージに立つ高揚感を知り、人前に出ることに抵抗がなくなったと思います。大学1年生から4年生まで4年間続けました。
一方、勉学はと言うと、製図や工作実習が下手で、専門科目の単位を落とすこともしばしば……。実習で工場に行き、金属加工をしたときも基本的なミスを重ねてしまい、「もしかすると機械工学は自分に向いてないかもしれない」と思い始めていました。
それでも、勉強以外では部活動で部長を務めたり、生活面では新聞の料理面の切り抜きをノートに貼って毎日のように自炊をしたりして、少しずつ自分でできることを増やしていきました。また、部活動を通じて行ったことのない場所に旅行したり、友人と人生について語り明かしたりしながら、多くの経験を積みました。「自分が変化している」という感覚がうれしかったですね。
中小企業のため、修理しやすい機械づくり
―研究が楽しくなったきっかけは、いつ訪れたのでしょうか。
学部生の卒業研究の時です。テーマ選びで迷っている私に、恩師が「電気・制御系はどうか」と声をかけてくれました。当時はまだ珍しかったイヤホンやヘッドホンのノイズキャンセラーに応用されている音の制御を題材にしているゼミで、板を伝わる振動の制御に関する研究をすることになりましたね。
当時のスーパーコンピュータを使ってプログラムを書いて、実験のための計算を行っていたのですが、解析だけで1週間もかかりました。それでも自分のつくったプログラムが思い通りに動くとうれしくて、毎日8時間、パソコンの前に張り付きっぱなしでした。
そのまま大学院に進学して、同じテーマで研究を継続。博士課程前期の修了後は、京都高度技術研究所の研究員として勤務し、産業機械の開発に携わることになりました。
―どのような経緯で高専教員になられたのでしょうか。
研究員になって1年目の夏頃、同じ大学出身の沼津高専の先生から「高専の教員にならないか」と、お話をいただきました。研究所でもう少し実績を積みたかったので1度はお断りしたのですが、2年目にも縁あってお話をいただき、未踏の地である静岡の沼津高専に赴任することになります。
教育については、学生時代から後輩に数学を教えたり、研究員時代に京都大学の学生と交流を重ねたりしていたので、とてもやりがいを感じていました。しかしながら、教員1年目は未熟な部分も多く、教員らしくない振る舞いだったと思います。
それでも、「先生!」と言って慕ってくれる学生がいて、その声に応えたい一心で学生と向き合ってきました。気づけば教員生活も25年以上。就職して立派に成長した卒業生が訪ねてきたときは「うれしい」という言葉では表せないほどの気持ちに包まれます。
―現在の研究についてお聞かせください。
3つのテーマに取り組んでいます。2022年度まで最も力を注いだのは、2019年度に研究の相談を受けた温湿度同時制御についてです。生産ライン等にて、その製品が被る過酷な温度や湿度の環境条件を人工的につくり出し、その中で材料に起こる変化を測定できる「環境試験機」という産業機械があります。この機械に搭載される温度や湿度の制御機能について、地元企業と共同研究中です。
環境試験機の課題として、1台あたり数十万から数百万円もする高価な機械である一方、過酷な環境下における耐久試験を行う装置なので、壊れやすいという問題がありました。また、コントローラーがメーカーごとにパッケージ化されていて修理がしづらいという側面もあります。そこで、容易に修理ができ、また、ユーザーが独自の制御器に交換できる環境試験機を自作できないかと、4年前から研究を続けています。
大企業にはこうした産業機器開発のための予算が潤沢にありますが、多くの中小企業は限られた予算の中で、古くからある製品を修繕しながら使用を続け、場合によっては廃棄せざるを得ないケースも少なくないのが現状です。この研究を果たすことで、中小企業の一助となれると考えています。最近、ようやく一定の制御結果が得られたので、今後はより大型の試験器を使った制御性能や、より過酷な条件下での制御についての研究を深めていくところです。
そのほか、医療現場などで使われるパワーアシスト機器へ応用を想定した安価な力センサの開発や、工事現場などで使うクレーン等の搬送における振れ制御、非接触搬送などについての研究を進めています。どのテーマも高専に赴任してからのつながりで実現した共同研究であり、自分が興味を持つ制御系の研究が、産業界の技術開発に少しでも貢献できることにやりがいを感じています。
回り道をしたからこそ、キャリア教育に生かせる
―研究の原動力についてお聞かせください。
学生時代は充実した日々の反面、先生と大喧嘩をしたり、不良になりそうになったり、勉強そのものが嫌になったり、紆余曲折がありました。「夢に向かって真っ直ぐ」とはいかない日もあり、悩んで回り道をしながら進んできましたが、それでも今日まで自分を律してこられたのは、負けず嫌いな部分が根底にあったからだと思います。
悔しさやネガティブな感情を「このままじゃダメだ」とバネにして進んできたからこそ、今は学生の話を聞きながら、「自分にも昔こんなことがあってね」と、学生の立場に立って話ができます。少なからず、どんな失敗も回り道も無駄ではなかったと感じています。
―最後に、学生にメッセージをお願いします。
インターネットで何でも検索ができて、人工知能を誰もが当たり前に使えるようになった時代だからこそ、自分で考えることを大切にしてほしい。わからないことがあったときは、すぐに調べるのではなく、まず自分の力で考えて、悩んでください。そして、間違ったり失敗したりしたとき、その経験が人生においてとても大切な糧となります。
研究に携わると、100個の実験データを取ったとしても、使えるデータは1個あるかないかです。日頃から考えるトレーニングをすることで、「なぜ失敗したのか」「どうしたらうまくできるのか」を探究するようになり、その連続が新しい世界を見せてくれます。
できれば、学生のうちにこの経験をして「自分の力でやっとできた」という達成感を覚えてから社会に出てほしい。たとえ回り道をしても、その感動があなたの人生を支えてくれるはずです。
三谷 祐一朗氏
Yuuichiroh Mitani
- 沼津工業高等専門学校 機械工学科 教授
1986年3月 大手前高松高等学校 卒業
1991年3月 立命館大学 理工学部 機械工学科 卒業
1993年3月 立命館大学 大学院理工学研究科 博士課程前期 機械工学専攻 修了
1993年4月 公益財団法人 京都高度技術研究所 研究員
1995年4月 沼津工業高等専門学校 機械工学科 助手
2001年4月 同 講師
2004年4月 同 准教授
2015年4月より現職
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