奈良先端科学技術大学院大学にて、ロボット向けのAI技術「ロボットラーニング」を研究されている松原崇充先生。神戸高専卒業後、夢中になれる分野を探し続けて出会ったという研究内容について、ご経歴と共にお話を伺いました。
学生時代に試行錯誤して、運命的に出会った研究
―神戸高専に入学したきっかけは何だったのでしょうか?
きっかけは祖母の勧めです。実家は兵庫県の尼崎市ですが、山口県の徳山市に祖母が住んでいて、昔からかわいがってもらいました。親族に高専出身の人はいませんが、同じ徳山にあったからか、祖母は高専のことを知っていたんです。
少年時代は、プラモデルやミニ四駆、ファミコンでよく遊んでいたのを覚えています。祖母から「あんたは理系だ」と幼い頃から言われて育ったので、自分は理系なんだと思っていました(笑) 中学生になり、進学先を検討するときに、自宅から通える高専にしようと選択したのが、神戸高専です。
電子工学科を選んだのは父の勧めでした。理系とは縁遠い家庭で、父も詳しくはわかっていなかったと思いますが、神戸高専の学科の中から、「情報系(電子工学科)がいいのでは?」と言われて。今思うと、消去法に近かったです(笑)
―高専での生活はどうでしたか?
比較的シャイな性格でしたし、片道1時間40分かけて通っていたので、慣れるまで時間がかかりました。楽しくなったのは入学して1年くらいたってからですかね。神戸高専は自由な校風で制服がなく、土地柄もあるのか、おしゃれな人が多かったです。40人クラスで5年間同じメンバーでしたが、個性豊かな人ばかりでおもしろかったですよ。
ロボコンやプロコンを目指して高専にきた人も多くいて、当時は圧倒されました。私はそういうイキイキした子たちとは逆で、ダラダラとした高専生活を送っていました(笑)
入学当初は就職志望でしたが、4年生のときに参加したインターンシップで、世の中の厳しさを感じて、もう少し勉強したいと大学へ進学する道を選びました。進学志望の人が多く在籍する研究室の中から、授業でおもしろいと感じて選択したのが、制御工学の笠井先生の研究室です。
そこでは「フレキシブルアームのロバスト制御」を研究テーマとし、アームの振動を抑制するためのプログラムをつくりました。実験機で検証するとき、「ものが思い通りに動く」という結果が目で見てわかるのを楽しいと感じて、進学するなら、もっと実体のあるものを動かす技術を学ぶほうが好きかもしれないと思い、研究分野を変えることにしました。
―大阪府立大学を選んだ理由は何だったのでしょうか?
まったく違う分野への編入は試験も大変なので、少しだけ異なる分野の学科がないかと探し、大阪府立大学の電気電子システム工学科を選びました。教養科目や専門科目の講義も受講したので、とても忙しかったですね。でも、幅広い分野を知ることができました。
大学では「ブラシレスモーターのトルクリプル低減制御」を研究テーマに、モータ制御に関する研究を行いました。インフラとして使われているような技術分野で、すでに家電や電気自動車などといったところで役に立っていましたが、「もっと効率を上げるにはどうしたら?」と、より突き詰めていくのがこの研究です。
実際のモーターシステムを使った実験検証もできて、とても有意義な研究でした。ですが、研究を進めるにつれて、「現状のものをより良くする」という研究内容が、自分には合わないような気がしてきたんです。もっと打ち込めるものを見つけたいと、もう一度研究分野を変えて、別の大学院へ進学することを決めました。
―そこで、奈良先端科学技術大学院大学を選ばれたんですね。
そうですね。大学でパワーエレクトロニクスも学んでみて、やっぱり制御でものを動かす基礎分野の方が好きだったと原点回帰し、情報科学研究科を選びました。奈良先端科学技術大学院大学は、高専時代から聞いたことがあって、多様な分野から学生を受け入れているし、全員が新入生でスタートが同じというのもよかったんです。
最初は制御工学の研究室に入れて頂くつもりでした。ですが、入学後の研究室紹介の中で、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)との連携講座の先生から「ロボットが試行錯誤して動作を学習する」というSF映画のような研究の紹介があり、興味を惹かれました。
「いつでも見学に」という言葉を素直に聞いて見に行ったら、研究室に入りたい学生向けの選考会だったんです(笑) 係の人に言われるがまま、その列に並んで、流れに身を任せて、前の人が話す内容を参考に志望動機をつくって面接を受けました。極めて控えめな自己PRが功を奏したのか、幸運にも合格することができたので、この研究室に配属されることになったのです。
まさに運命的な出会いでした。大学院時代は土日も研究室に入り浸って、とにかく研究が楽しくて没頭しましたね。研究テーマは「強化学習によるロボットの運動スキル獲得」でした。
ロボットが学び、ロボットが成長し、人間も成長する
―現在も行われている研究ですね。研究内容について教えてください。
ロボットの行動をどうやって自動的に生み出すのか、ロボット向けのAI技術「ロボットラーニング」を研究しています。世界的にも注目されている研究分野です。ものを組み立てる、洗濯物をたたむなどの複雑な作業を、ロボットが経験から学習できるようにするための技術を作っています。
以前、シャツをたたむといった衣類の操作方法をロボットに学習させる実験を行ったことがあります。30回くらい操作して、その結果に応じて褒める、という過程を何回も繰り返して技能を学習させる。すると、ロボット自身が、経験データから作業成功のコツを見出して、行動ルールを変化させていくというものです。
とても辛抱強く教える必要があって、現状だと人手で行動ルールをプログラミングしたほうが早いかもしれません(笑) でも、プログラミングは専門技術をもっている人じゃないとできないですよね。このロボット自身の学習技術が育てば、誰でもロボットに作業を覚えさせることができるようになります。
―AI技術の中には、すでに実用化されているものもありますが、それとは違うのでしょうか?
音声や画像認識、テキスト翻訳など、Webデータと結びついたAI技術が有名で、すでに実用化されていますよね。これは日常的にWebにアップされる豊富な文字や画像データを活用している技術です。
一方、ロボット向けのAI技術は、行動パターンのデータを集めようと思っても、Web上にそんなデータはありません。ロボットにもいろいろなタイプがあり、さらに、作業や状況も多様ですので、データの共有・活用が難しいのです。
そのため、あるロボットが動いたデータを手に入れようと思ったら、実際にそのロボットを動かす必要があります。そうなると、Web規模のデータはとても収集できないので、Web用AI技術は使えません。少ないデータでもしっかり機能するロボット用AI技術を構築しなければならないのです。他にも、欲しいデータを集めるにはロボットをどう動かせばよいか、その際の安全性はどうやって確保するのかなど、課題が盛沢山です(笑)
―ロボットラーニング研究の今後の目標は何ですか?
まだまだ底が知れない基礎研究の段階なので、まずは1つ成功事例をつくることが目標です。ロボット向けのAI技術が役に立って、今までできなかったサービスや事業につながればと考えていますね。
現在も、産業用ロボットはもちろん、化学プラントやボートなど、幅広い分野の企業と共同実験を行っています。私の中では、「センサー・動力源・パソコン・動く部分」が揃っているものは全てロボットです。なので、対象はとても広いと思っています。
将来的には、ロボットや人工物の学習機能が受け入れられた世界を目指したいです。今は工場から機械が出荷されれば成長することはありませんが、ロボット自身が経験からどんどん学習してスキルアップしていくようになれば、それを使う人間のスキルも上がり、共に高め合えるのではないでしょうか。
研究分野や言語の違い——多様性のある研究室を目指す
―先生の研究室には、どのような学生が集まっていますか?
日本人の学生だと半分は高専出身の学生ですね。ロボコンやプロコンの経験者もたくさんいます。私は情報系の技術しかもっていませんが、同じ情報系でもロボコンをしていた学生だと、買ってきたロボットの手を自作のものに変えたりできるんですよね。それがうちの研究室の強みにもなっています。
また、AIの勉強をしてきた人よりも、電気や機械、システム、数学など他分野を勉強してきた人の方が多いのも特徴ですね。学科問わず、自分のこれまでの経験を生かして、人工知能分野に飛び込める場所になっています。
私が専門的に教えられるのはAI分野のみですが、他のスタッフにはロボットやシステム構築を得意とする方もいます。いろいろな得意分野の人がいるからこそ、ユニークな研究ができ、新たなAI技術を生み出すことに繋がると考えています。私ができないことをできる学生がたくさん集まる研究室を目指しているんです(笑)
留学生も多く、多様性のある研究室になっています。会話は英語が中心になるのですが、英会話ができずに入ってきた学生でも、2~3年間いたら上達するんです。私もそうでしたが、高専出身者は英語に強い苦手意識をもっている人が多いですよね。でも、そういう環境に飛び込めば、おのずとできるようになるので、環境って大事だと思います。
―高専生や、子どもたちに伝えたいことはありますか?
やっぱり何をやっていくにしても、競争があって切磋琢磨しないといけません。「好きこそものの上手なれ」といいますが、そこで頑張れるかどうかは、最終的には好きかどうかだと思うんです。もし今、好きだな、夢中になっているなと思うものがあれば続けていただきたいですね。
私は「違和感」だけを頼りに、勉強してきたことを離れるという選択を何度かしてきました。その分大変だと感じることもありましたが、だからこそ今、夢中になれる分野に出会うことができたと思っています。
私と同じ失敗を繰り返してほしくはないですが(笑)、夢中になれるものがないという人は、妥協せずに、きっとどこかに夢中になれることがあると思って、いろいろなことに挑戦していただけたらと思います。
松原 崇充氏
Takamitsu Matsubara
- 奈良先端科学技術大学院大学 先端科学技術研究科 情報科学領域 教授
2001年3月 神戸市立工業高等専門学校 電子工学科 卒業
2003年3月 大阪府立大学 工学部 電気電子システム工学科 卒業
2005年3月 奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報システム学専攻 修士課程 修了
2007年12月 奈良先端科学技術大学院大学 情報科学研究科 情報システム学専攻 博士後期課程 修了
2005年4月~2007年12月 日本学術振興会 特別研究員(DC1)
2008年1月 奈良先端科学技術大学院大学 助教
2008年4月~現在 ATR脳情報研究所 ブレインロボットインターフェース研究室 客員研究員
2009年2月~3月 英国エディンバラ大学 客員研究員
2011年10月~11月 豪州シドニー工科大学 客員研究員
2013年1月~2014年1月 和蘭ラドバウド大学ナイメーヘン校 訪問研究員
2016年1月 奈良先端科学技術大学院大学 准教授
2016年10月~現在 国立研究開発法人産業技術総合研究所 客員研究員
2018年6月~2019年3月 オムロン サイニックエックス株式会社 技術アドバイザー
2019年1月~2022年3月 奈良先端科学技術大学院大学 研究推進機構 特任准教授(テニュア・トラック教員、文部科学省H30年度卓越研究員兼任)
2022年4月より現職
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