呉工業高等専門学校で人文社会系分野の講師を務める小倉亜紗美先生。実は中学卒業後に進んだのは、和歌山高専の機械工学科でした。とある出来事がきっかけとなり、まったく異なる環境平和学への道に進んだ小倉先生は「これまでの経験があるからこそ、学生たちに伝えられるメッセージがある」と話します。
中学生の頃の体験がターニングポイントに
―小倉先生は、もともと和歌山高専の機械工学科の学生だったんですよね。
車の整備士だった父の影響で、ものづくりが好きだったんです。父はオーブントースターが壊れても自分で修理してしまうようなタイプで、「新しいものがくると思ってワクワクしてたのに!」と、家族がへこむこともあったくらい(笑)。おまけに、祖父は材木店で働いていたので幼い頃から木片が身近にあり、「何かを作る」ことが当たり前の環境だったんですよね。
だからと言って子どもの頃は「こんな職業に就きたい」という明確な夢は特に持っていませんでした。でも、中学3年生になって進路を決める際に父から高専の存在を教えてもらったんです。私自身、機械系には興味があったので和歌山高専の機械工学科に進みました。
―機械工学科から人文社会系への転換は珍しいと思うのですが、きっかけは?
実は、中学1年生の頃に住んでいた兵庫県西宮市で阪神淡路大震災に遭い、2カ月ほど親戚の家に避難していた時期があったんです。学用品や制服を譲り受けたり、学校では先生が特別に授業をしてくれたりと、周りの方々にとても良くしていただき「いつか恩返しをしたい」という気持ちをずっと持っていました。
ただ、何をしていいのか具体的な行動は思いつかないままでした。そんなとき、高専で環境福祉ボランティアサークルに誘われたのです。山の間伐を手伝ったり、海に流れ着いたゴミを拾ったりといった活動を続けていくなかで「人が自然環境に与える影響を調べて解決策を考える」というものにとても惹かれて、自分が極めたい分野はこれだ! と、ピンときました。
―そして編入にいたったというわけですね。
はい。言ってしまえば真反対の分野への転換なので、編入先を探すのは結構大変でしたね。どうしようかと思っていたときに広島大学の総合科学部を見つけました。社会科学的なことや自然科学など総合的な研究ができるところで、しかも募集要項に「もとの学科は問わない」とあり、ここしかない! と。
母は「お金を稼ぐよりも社会に役立ちたいと考える子が我が子に一人いてくれるのはうれしい」と背中を押してくれたので、迷うことはありませんでした。当時、機械工学科は女学生が希少だったので先生方からは「もったいないなぁ」と言われましたが…(笑)。
技術者の力が、国際平和をもたらす
―実際に編入してみて、いかがでしたか。
やはり機械工学科で学んでいたこととはまったく異なる内容なので、周りとの知識の差は歴然でした。初めて聞く単語もたくさんありましたね。集中講義を受けることでなんとか単位をとろうと必死で…授業後には図書館に行き、専門書と辞書を並べて毎日のように分からないことを調べて勉強していました。
当時、周りからは「ずっと勉強をしていて大変そう」と思われていたようなのですが、私自身は気になっていたことがわかるようになるという体験が楽しくて、興味のある分野をとことん学べることに幸せすら感じていましたよ。
大学では自然環境についての研究をしている研究室に入り、東広島市を流れる二級河川「黒瀬川」とその流域の下水道や浄化槽の普及率などの関係について、水質調査などをしながら調べました。それがきっかけで「黒瀬川流域ガイドブック」を出版したり、博士過程後期進学後は環境省認定環境カウンセラー(市民部門)になったりと、自然環境のすばらしさについて伝える活動を続けました。
―どういった経緯で呉高専の教員になったのでしょうか。
卒業後は広島大学国際交流グループで留学生支援や学内の国際交流・留学プラグラムの運営・引率などの仕事に務めていたんです。そのときに「留学生が来日した際、文化や習慣の違いによって困ることがたくさんある」ということを目の当たりにしました。またベトナムへ学生を引率し、平和について考えるプログラムに関わるうちに環境保全と国際交流は突き詰めれば「平和」につながるのではないかと思うようになりました。
そこで、2014年には「広島大学平和センター」にうつって環境保全の側面から平和について考える「環境平和学」の研究を始めたんです。そして2017年に出産を経験し、2018年に復帰した1年後に任期が切れることになり、次の仕事先を探していた際に呉高専の「グローバル倫理」の教員募集を目にしたというわけです。
「グローバル倫理」は呉高専のオリジナル授業。「グローバル・イシュー」と言われる、地球環境問題や難民問題など、国家の枠を越えた問題に対し技術者に何が出来るか考えるという授業です。機械工学科では技術者として、広島大学では環境問題について、仕事では留学生が抱える課題について学んだ経験がすべて活かせるのではないかと思って応募をし、今に至ります。
―ご自身の強みはどんなところだと思いますか。
機械工学科にいた頃は、自分が学んだ技術がどのように社会で活かされているのかがよくわからなかったんです。でも、大学で勉強をし、さらに広い世界を見るようになってからは技術者の存在がどれだけすごいのかということを実感しました。
例えば、ベトナムに行くとよく現地のガイドさんが「この道路は日本が工事をしているから振動が少ないんです。このビルも日本が工事をしたので丈夫なんです」と教えてくれるんですね。呉高専には土木系の学科があるので学生たちに「こうやって、日本の技術は海外でも高く評価されている」と、教えることができる。
実際「視野が広がりました」と授業の感想を伝えてくれる学生も多いんです。技術は環境破壊を防ぎ、争いの元を減らすことで平和をもたらすことに繋がるのだというメッセージを伝えられるのは、私のこれまでのキャリアならではかな、と思います。
広い視野を持って将来を考えてほしい
―現在はどのような研究を?
たくさんありますが、多文化共生に関わる研究の社会実装への取り組みに力を注いでいます。例えば、私の子どもが通っている保育園には外国籍の方が多いんですが、ご両親たちが先生とのコミュニケーションに困っている姿を何度も目撃していたんです。何とかできないかと思ってアンケート調査を実施し、コミュニケーションの補助ツールを学生たちと作りました。
【意思疎通シート】 https://www.kure-nct.ac.jp/newspaper/image/annai20210916.jpg
高専は大学の研究と比べると地域に根付いているので学生もイメージしやすいところが非常に素晴らしいと思っていて。保育現場のコミュニケーションがこのツールで少しでも改善されれば保育士の方の働きやすさにもつながります。このように社会で役立つ研究をこれからも続けていきたいですね。
阪神淡路大震災の時に助けてくれた方々に直接の恩返しはできないけれど、自分が少しでも社会の役に立てれば、その恩返しになるのではと思っています。
―学生に教えるうえで大切にしていることを教えてください。
最近は「分野を変えたい」という学生からの相談をよく受けるようになりました。私は「今やっていることを絶対に続けないといけない決まりはない。役に立たない経験はないから、好きなことをやっていいと思う」と伝えるようにしています。
人生80年と考えたとして、高専で生活をするのは5年。その中で自分の進路を決定づけるのはもったいないと思うんです。世界は広い。学生たちには無限の可能性があることを、知ってほしいですね。
小倉 亜紗美氏
Asami Ogura
- 呉工業高等専門学校 人文社会系分野 講師
2002年 和歌山工業高等専門学校 機械工学科 卒業 準学士(工学)
2004年 広島大学 総合科学部 総合科学科 環境共生科学プログラム 卒業 学士(学術)
2006年 広島大学大学院 生物圏科学研究科 環境循環系制御学専攻 修了 修士(学術)
2009年 広島大学大学院 生物圏科学研究科 環境循環系制御学専攻 修了 博士(学術)
2009年 (財)広島県環境保健協会
2010年 広島大学国際センター 研究員
2014年 広島大学平和科学研究センター(2018年4月より「広島大学平和センター」) 助教
2019年 呉工業高等専門学校 人文社会系分野 講師 現職
広島大学平和センター 客員研究員
2021年 広島大学総合博物館 客員研究員
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