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中国から日本へ。マイクロバブルの「見えない泡」で、カーボンニュートラル社会の実現に貢献

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神戸高専の李月桂先生は中国・雲南省で育ち、「自分の力で生きてみたい」と、約3,000km離れた中国・遼寧科技大学へ進学。その後、日本への留学を決意し、言葉も文化も異なる環境の中で学びを重ねてこられました。環境問題の解決に取り組む李先生に、これまでの歩みや教員という仕事への思いについて伺いました。

自分で生きる力を求めて外の世界へ

―ご出身と、子どもの頃について教えてください。

中国の雲南省の出身です。南西に位置し、自然がとても豊かで、海外からの観光客も多く訪れるような場所です。経済的には特別裕福なエリアではありませんが、貧しくもなく、のんびりとした雰囲気の中で育ちました。

教育水準がそれほど高い地域ではありませんでしたが、当時から教員という仕事に関心がありました。人に物事を分かりやすく伝え、成長を支えることにやりがいを感じていたからです。また、中国では教員は尊敬される職業で、学生からの信頼も厚い存在です。そのような先生方の姿に憧れ、「自分も人の成長を支えながら尊敬される仕事がしたい」と思うようになりました。

▲高校生の頃の李先生。科目代表として、クラスメイトの学習をサポートしている様子

―大学進学時は、実家から約3,000kmも離れた地域を選ばれたそうですね。

もともと「自立した生活をしたい」という思いが強くありました。いとこが地元の大学に通っていて、「近くにいれば助けてもらえるから」と祖母も安心していたのですが、私は逆に「家族に頼らずに生きてみたい」と思っていました。

高校の担任の先生が中国の東北地方の出身で、地元の人とは性格や考え方が違い、興味深く感じたのも理由のひとつです。自分も違う環境に行ってみたいと思い、あえて遠くの地域を選びました。

▲初めて雪を見た、大学生の頃の李先生

―実際に親元を離れて生活してみて、ご自身の変化はありましたか。

とても大きかったと思います。地元にいれば、家族や親戚、友人がいて、何かあれば助けてもらえる環境でした。でも、東北地方では誰も知り合いがいないので、すべて自分でやらなければいけません。

そうした経験を通じて、「自分で考えて行動する力」が身についたと思います。もしあのとき地元を出ていなかったら、日本に来る選択もしていなかったと思うので、大きな転機でした。

▲大学入学後、初めて出会ったルームメイトとの一枚

―大学では機械工学を専攻されています。それはなぜだったのでしょうか。

もともとは生物や経済の分野に興味がありましたが、進路を決める直前に、いとこから「工学系のほうが就職しやすい」という話を聞いたんです。正直、そのときはあまり気が進みませんでした(笑)

ただ、生物で希望する大学に入れる可能性が高くなかったこともあり、別の選択肢として工学分野を考えるようになりました。最終的には、油圧の専門のある大学を見つけ、「新しい分野で面白そう」と感じたことがきっかけで、機械工学を選びました。

―実際に学び始めてみて、いかがでしたか。

最初はかなり苦労しました。授業も難しく、向いていないと感じることも多かったです。父に電話して「やめたい」と相談したこともありました。

ただ、そのときに父から「やめてもいいけれど、一度挑戦してみたらどうか」と言われて、「せっかく始めたのだから、やるしかない」と思い直しました。

最初は図面を描くのも大変でしたが、少しずつできるようになり、完成したときの達成感を得られるようになりました。次第にやりがいや面白さを感じるようになっていったと思います。

▲工場研修時にクラスメイトへ説明をしている李先生

日本語教師との出会いを機に、日本留学を目指す

―日本への留学を考え始めたきっかけを教えてください。

高校時代から漠然と「海外に行ってみたい」という思いはありました。韓国に留学していた親戚の影響もありましたし、韓国ドラマを見て興味を持ったのもあります。

一方で、ヨーロッパにも興味がありました。小さい頃に教科書で見たイタリア・ベネチアの写真が印象に残っていて、「いつかこんな場所に行ってみたい」と思っていたんです。

そんな中で、大学に入ってから出会った日本語の先生の存在が大きな転機になり、日本への留学を目指すようになりました。

―その日本語の先生はどのような方でしたか。

日本語教室に通っていた大学の先輩から誘われ、軽い気持ちで授業の見学に行きました。そこで出会ったのが、日本で40年間働かれた後、中国に戻って日本語を教えている先生でした。いわゆるビジネスではなくボランティアに近い形で、通常なら高額な授業料がかかるところを、半年で1万円ほどという、とても良心的な形で指導されていました。

その姿を見て、「この先生は本気で教えている」と強く感じましたし、自分も日本語を学んでみたい、日本に行ってみたいという気持ちが一気に高まりました。

そうして大学卒業後に日本へ渡り、日本での大学院進学を目指して、最初は神戸の日本語学校に2年間通いました。

―実際に日本に来て、日本語学校での生活はいかがでしたか。

最初に驚いたのは、街や建物がとてもきれいだったことです。ただ、生活は決して楽ではありませんでした。日本語もほとんど話せない状態だったので、アルバイトと勉強の両立に苦労しました。通学にもできるだけお金をかけないように、往復2時間を歩いて通っていたこともあります。その後、先輩から自転車を譲ってもらって、ようやく少し楽になりました(笑)

―その後、神戸大学大学院へ進学されていますが、その経緯を教えてください。

神戸大学に通っている知り合いから「機械工学の研究をしている先生がいる」と聞いたのがきっかけです。調べてみると、流体やマイクロバブルの研究をされていました。私は機械工学の中でも流体を扱う分野を学んできたので、自分の興味とも一致していました。

実際に連絡を取ったところ、前向きな返事をいただけたので、「ここで学びたい」と思い、進学を決めたという流れです。

▲神戸大学大学院に合格し、日本語学校から賞状を受け取ったときの李先生

―大学院卒業後は一度企業に就職されています。その決断について教えてください。

教員になりたいという思い自体は、大学時代もずっと持っていたのですが、大学教員として任期なしで就職することの難しさを知り、現実的に厳しいと感じるようになったんです。

▲博士号を取得した際に、同じく教員となった友人との一枚

そのため、まずは企業で経験を積もうと考えました。就職したのは株式会社堀場製作所で、新エネルギー分野の開発に関わる仕事です。大学院で学んだ内容とも関連があり、専門性を生かせる環境だと感じて入社しました。

実際に働いてみると、企業は個人で成果を出さなければいけない厳しい環境だと思っていたのですが、全く違いました。周囲の先輩がとても丁寧にサポートしてくれて、「一緒にやっていこう」という雰囲気だったのが印象的でした。

―そこから神戸高専の教員になられた経緯を教えてください。

企業で働きながらも、「いつか教員になりたい」という思いはずっと持ち続けていました。そうした中で、大学院時代の恩師から神戸高専の公募情報を紹介していただいたんです。

当初はすぐに転職するつもりはありませんでした。ただ、やはり教員になる夢を諦めたくないという気持ちは強くありました。学生時代を過ごした神戸への愛着も大きく、いつかこの地に戻って教育や研究に携わりたい。そうした思いが重なり、応募を決めました。

地元の湖がきっかけ。マイクロバブルで環境問題に挑む

―現在の研究について教えてください。

現在は、環境負荷を低減する技術として、マイクロバブルを活用した洗浄・分離プロセスに関する研究に取り組んでいます。加えて、水電解による水素生成や、CO₂回収に関する研究も進めています。

マイクロバブルとは、直径1〜100μmほどの非常に小さな気泡のことです。通常の泡に比べて水中に長くとどまりやすく、表面積も大きいため、CO₂を効率よく吸収したり、水質浄化に活用したりできる可能性があります。

▲マイクロバブル

―水電解による水素生成やCO₂回収については、どのような研究なのでしょうか。

水電解では、水から水素や酸素を発生させます。ただ、その過程で電極の表面に気泡が付着すると、電極と溶液の接触が妨げられ、反応効率が下がってしまうことがあります。そこで、気泡がどのように発生し、成長し、電極から離れていくのかを解析することで、水電解の効率を高める方法を探っています。

▲電極に付着した気泡の除去実験での写真

CO₂回収は、現在はアミン吸収法や物理吸収法などがありますが、エネルギー消費やコストの高さ、場合によっては別の環境負荷につながることが課題です。だからこそ、より低コストで、環境への負荷を抑えながらCO₂を回収できる技術をつくりたいと考えています。

最終的な目標は、カーボンニュートラル社会の実現に貢献することです。CO₂に関しては排出を抑えるだけでなく、すでに排出されたものをどう回収するかも重要です。そのために、マイクロバブルや水電解の技術を生かしていきたいと思っています。

▲マイクロバブルを活用したCO₂回収装置

―環境問題に関心を持った原点は、どこにあったのでしょうか。

子どもの頃から身近にあった地元の湖の存在が大きかったです。昔はとてもきれいな湖でしたが、緑の藻が年々見えるようになったり、以前とは違う変化を感じたりするようになりました。

▲李先生の地元にある湖「洱海(じかい)」

高校時代に生物を学ぶ中でも、環境に対して良いことをしたいという気持ちが強くなっていきました。その思いが、今の研究にもつながっています。

―研究に取り組む中で、どのようなところにやりがいを感じますか。

自分の研究が、環境問題の解決に少しでもつながる可能性がある点です。マイクロバブル、水電解、CO₂回収はいずれも、カーボンニュートラル社会の実現に関わる重要なテーマです。目には見えにくい小さな泡が、将来の環境技術につながっていく。そう考えると、とても面白い研究だと思います。

―学生を指導するうえで、大切にしていることを教えてください。

学生一人ひとりが学びたいことや自分にできることを考えることが大切だと思っています。私自身、学生時代を過ごす中で、成績を重視する教育を受けてきました。成績が悪いとだめだと言われ、自分が本当にやりたいことを抑えてしまうこともありました。

でも、良い企業に入ることだけが価値ではありません。自分のやりたいことを見つけて、楽しく取り組めることが一番大事だと思います。もちろん、卒業に必要な成績は取ってほしいですが、そのうえで、自分の目標を持って進んでほしいです。

▲グループワーク授業の様子。会社の業務に近い形で行われています(左:李先生)

―先生ご自身の経験から、海外に出ることの大切さも感じていらっしゃるそうですね。

慣れた文化や環境の中にずっといると、どうしても視野が狭くなってしまいます。海外に行った学生の発表を聞いていると、多くの学生が考え方の違いに気づいたり、自分の価値観を見直したりするきっかけになっているようです。

海外でなくても、国内の別の地域に行くだけでもいいんです。違う場所に行くことで、人脈も広がりますし、自分が本当にやりたいことに気づくきっかけにもなります。

私自身、日本に来て10年ほど経ち、だんだん日本での生活に慣れてきました。慣れることは良いことでもありますが、同時に刺激が少なくなる面もあります。だからこそ、学生に伝えるだけでなく、自分自身も新しい環境に挑戦し続けたいと思っています。

▲さまざまなことを体験しながら生活することを人生における楽しみにしているという李先生。写真は、初めてダイビングに挑戦したときの一枚

―最後に、現役の高専生へメッセージをお願いします。

ぜひ、「手を動かす経験」と「理論的な理解」の両方を大切にしてほしいと思います。目の前の課題に取り組むだけでなく、「なぜそうなるのか」と考える習慣を持つことで、学びの深さは大きく変わります。

そして、できるだけいろいろなことに挑戦してみてください。新しいことに取り組む中で、自分の興味や向いていることが見えてくるはずです。

人生では、どんな選択をしても後悔することはあります。後悔を完全になくすことは難しいですが、できるだけ納得できる選択をしていくことが大事です。自分で考えて選んだ道を大切にして、その道をしっかりと進んでいってください。

李 月桂
Yuegui Li

  • 神戸市立工業高等専門学校 機械システム工学科 講師

李 月桂氏の写真

2012年7月 中国・大理新世紀中学 卒業
2016年7月 中国・遼寧科技大学 機械工学部 機械設計製造及び自動化学科 卒業
2021年3月 神戸大学大学院 工学研究科 機械工学専攻 博士前期課程 修了
2024年3月 神戸大学大学院 工学研究科 機械工学専攻 博士後期課程 修了
2024年4月 株式会社堀場製作所
2025年4月 神戸市立工業高等専門学校 機械工学科 助教
2026年4月より現職

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