2024年9月2日、福岡市内のけご幼稚園にて、津山高専の廣木一亮先生を中心に「化学実験ショーin福岡」(主催:メディア総研イノベーションズ株式会社)が開催されました。廣木先生は「化学を楽しむきっかけを多くの子どもたちに届けたい」という理念のもと、日頃から全国各地で小学生向けの化学実験ショーを行っていますが、幼稚園での開催は今回が初の試みとなりました。
今回は『月刊高専』の編集担当が現地に足を運び、ショーの内容や幼稚園生たちの反応、そしてその背景にある関係者の思いなどにも迫りながら、イベントの様子を詳しくレポートします。
実験テーマは「光」! 化学実験ショーの舞台裏
まずは事前準備の様子を追いながら、今回の化学実験ショーの概要をとらえます。
開催場所となったのは、福岡市中央区にある「けご幼稚園」です。この日は天気も快晴で、到着すると子どもたちのにぎやかな声が聞こえてきました。この幼稚園内の講堂をお借りして、化学実験ショーが行われます。
実験を行うメンバーは、津山高専の廣木一亮先生を中心に、成蹊大学の里川重夫先生、津山高専の現役高専生2名、卒業生かつ現役大学院生1名を加えた合計5名です。
普段は津山高専で教鞭をとっている廣木先生ですが、一方で定期的に全国各地で子ども向けの化学実験ショーを行うことをライフワークとしています。過去には東京都内の日本科学未来館で「化学のお兄さん」を務めていたご経歴までお持ちの、いわば子ども向け化学実験ショーにおけるベテランです。
加えて今回は、廣木先生と同じ化学を専門とする、成蹊大学の里川先生にもご参加いただきました。廣木先生と同じ触媒学会に所属されており、今回の実験にも関連したエキスパートです。また、津山高専の現役高専生・卒業生であるアシスタントの3名は、これまで何度も廣木先生の実験を手伝った経験があり、今回の実験も完璧に予習済みとのこと。頼もしいメンバーが勢ぞろいで、子どもたちをお迎えします。
今回の化学実験ショーのテーマは「光」です。様々な薬品を使って蛍光物質(※)を合成し、巨大なフラスコの中で紫外線ライトを使って発光させます。この実験によって子どもたちの興味を喚起しつつ、「空はなぜ青いのか?」「夕暮れはなぜ赤いのか?」といった身近な自然現象についても解説します。
※外部からの光を吸収して、そのエネルギーを再び可視光として放出する性質を持つ物質のこと
今回、なぜ「光」というテーマを選んだのですか? と尋ねると、廣木先生はこう答えてくれました。
廣木先生:普通、化学は「学ぶもの」だと考えられていますが、私は「感じるもの」だと思っています。いわば、芸術に近い感覚です。幼稚園生は、理屈こそ分かりませんが、むしろその純粋な感覚が化学の楽しさを伝える相手として最もふさわしいと考えました。だからこそ、「光る」とか「色が変わる」といった、五感ではっきりと感じ取れるもののほうが興味を持ってくれると思ったんです。
準備を終えて、子どもたちの入場を待ったら、ショーの開幕です!
子どもたちとの対話を通じて行われた、幻想的な光の実験
定刻になると、続々と子どもたちが集まり、講堂はいっぱいになりました。今回集まっていただいたのは、けご幼稚園の中でも年中・年長クラスの子どもたちです。
けご幼稚園の園長である鹿上先生たちからの挨拶が終わると、さっそく廣木先生が子どもたちへ「今日の実験テーマの『光』って何だと思いますか?」と問いかけます。
「太陽!」「電気!」と子どもたちから様々な回答がある中、「光っているものの名前は挙げられても、光そのものの説明は大人でもなかなかできません」と続け、光が持つ波の性質について、子どもたちにもわかるようにやさしく説明をします。
普段見ている青空や夕焼けを例に、光の色の違いは光の波長の違いによるものだと、身振り手振りをつかって説明していると、子どもたちから実験のリクエストの声が上がり始めました。それを機に、いろいろな光の色を観察するための実験が始まります。
まずは透明な液体を用意し、薬品を入れ、紫外線ライトで照らして、どれだけ光っているかを子どもたちに見せます。この時点では、まだそこまで強い光はありません。
そこで、「化学反応をもっと起こして、もっと光らせるには、どうしたらいいと思う?」と子どもたちに問いかけながら、そのために必要な「加熱」や「触媒」といった用語についても解説。里川先生が「お肉を焼くとおいしくなるよね」「触媒があれば、相性のいい二人をもっと仲良しにできるんだ」といった形で、わかりやすい比喩を使いながら説明をしてくれました。光る物質をつくるために、何が必要だろうか? といったところを、子どもたちと一つ一つ確認しながら進んでいきます。
そしてついに出来上がった薬品を、暗転した部屋の中で、再び紫外線を当てながら、水で満たされた大きなフラスコの中に入れました。すると、液体が鮮やかに光り出します。青く光る様子に、子どもたちは目を見張り、一斉に歓声を上げました。
その後も、「薬を変えると性質も変わります。次は何の色になると思いますか?」と子どもたちに尋ねながら、先ほどとは別の薬を混ぜ合わせていきます。今度の液体は緑色の光になりました。
この光を当てると光りだすというメカニズム「蛍光発光」について、「実は、蛍光ペンや、蛍光ライトなど、身近なところでたくさん使われています」と説明を加え、合計2種類の実験が終了。
ショーのラストは、化学発光の原理を使った製品「光るブレスレット」を子どもたちに配り、みんなでペンライトのように一緒に振って、楽しく締めくくりました。
ショーを終えて、最後に廣木先生から子どもたちへのメッセージがありました。
廣木先生:最後にこの話をさせてください。化学って誰のためにあると思いますか?
園児一同:みんな!
廣木先生:すばらしい! その通りです。すぐに正解が出ましたね。化学は、誰か一人や一つの会社のためにあるわけではありません。もちろん、化学者のためだけのものでもありません。化学は、みんなの健康で文化的な、幸せな生活を支えています。そのために、私たち化学者は日々研究を続けています。将来、この中から一人でも化学者が生まれることを願っています。本日は、「光」の化学実験ショーにご参加いただき、ありがとうございました。
瀬戸口先生(けご幼稚園 総務主任):今日、初めて実験を見た人もいるかもしれませんね。これからみんなが小学校や中学校で学んでいく中で、もし今日みたいなことを勉強したいと思ったら、先生たちの学校(高専)に行くと、もっといろんなことを教えてもらえます。もし今日のことに興味をもった人は、ほかのところでも実験のイベントがあったら、お父さん、お母さんに「行こうよ」って誘ってみてください。
「今日は楽しかったですか?」の問いかけに、子どもたちは元気よく「はい!」と一斉に答えてくれました。
筆者が特に印象的だったのは、「波長」「触媒」「エタノール」といった、幼稚園生には聞きなじみのない用語を丁寧に説明していた点です。内容こそ子どもにもわかりやすいように工夫して説明をされていましたが、魔法のような化学現象を見せながらも、同時に基本的な用語や原理をきちんと伝えることで、今後、探究心を持った子どもたちが教科書に触れた際に、「聞いたことがある」と、どこかでつながる瞬間があるのではないかと思いました。大人としても、わかりやすく説明してもらえるのはありがたいですね!
「大人が化学を楽しむ気持ちは、必ず子どもにも伝わる」——ショーを終えての感想と、教育への想い
化学実験ショーを終えた後、廣木先生、里川先生、そしてけご幼稚園の鹿上園長先生の3人にインタビューを行いました。
—化学実験ショーは大盛況でしたね。先生方のご感想と、今回初めて幼稚園生に向けて行ったショーならではの工夫などを教えてください。
廣木先生:実は、珍しくちょっとだけ緊張したんです。幼稚園生の前で行うのは初めてで、先行きが全然読めなかったので。でも、部屋に入ってきた時点でとてもウェルカムな雰囲気になっていて、始める前からみんなが歓声を上げてくれて、その時点で「これは勝ったな」と思いました(笑) 質問にもいろんな答えが返ってきて、私自身もとても楽しかったです。
工夫としては、「見せること」に専念しました。それと、いくつかのテクニックを使っています。実験までの間を少し引き延ばしておいて、子どもたちから「早く実験しないの?」という声が上がった時点で、実験を始めました。アドリブに見えていたかもしれませんが、実は子どもたちが一番欲しい時に応えるというスタイルを計画していたんです。
里川先生:子どもたちが「見たい」と思ったタイミングで興味を引き出せたことは、重要なポイントだったと思います。
最近の子どもは、小学生になると、既に知識のある子だけが発言し、それ以外の子は沈黙してしまうことが多くなり、さらに高校生にもなると誰も発言しないということが起こりがちです。特に日本の教育ではその傾向が強いですが、そういったことを改善していくために、やはり幼少期から自由に意見を言える環境を育んでいくことが大切だと思います。
今回も、こういった化学実験ショーという形で、子どもたちとしっかり対話しながら進めることができたのは、やはりよかったのではないかなと。最後には「化学者になりたい」と言ってくれた子どももいて、それが非常に良い成果だったなと感じています。
—園長先生から見て、今日の子どもたちの様子はいかがでしたか。よければ、今回のイベントを引き受けられた理由も併せて教えてください。
鹿上園長先生:けご幼稚園は、読み書きや計算、音楽などの保育に力を入れており、体育や学ぶ力、そして心の力を育むことを重視していますが、化学実験のような体験はこれまでありませんでしたので、「子どもたちに新しい体験をさせたい」という思いで引き受けました。また、卒園生である田中海登さん(メディア総研イノベーションズ㈱ 取締役)からの依頼だったことも理由のひとつです。私自身も今回の実験に興味があり、見てみたいという気持ちがありました。
イベントでは、子どもたちが化学の難しい質問に答えられるか心配でしたが、実際には様々な質問に対してしっかりと興味を持って、いろいろな答えを出してくれました。思っていた以上に積極的に参加してくれたことに驚きましたね。時間もちょうどよく、集中力があまり続かない子どもたちにとっても、今回の時間配分は適切だったと思います。これを機に、子どもたちが化学に興味を持って、将来の夢に繋がってくれたなら嬉しいです。
—今日の化学実験ショーを通して、廣木先生は今後、子どもたちにどんなことを期待していますか?
廣木先生:化学イベントは、「やって終わり」のその場限りのものでは、やっぱり一流とは言えないと思うんです。理想は、家に帰って家族や友達に話したくなるような内容ですね。子どもが家族に「こんなことを学んだよ」と話すうちに、「化学っておもしろいんじゃないか?」という気づきが生まれ、その後、家庭で簡単な実験を再現したり、他の化学イベントに参加したりすることで、化学との接点をより多く持つことができます。
重要なのは、自発的に「知りたい」「学びたい」という気持ちを育てることです。強制されるのではなく、自ら探究したくなることが、学び続けるモチベーションになります。中学・高校で初めて化学を習って、点数がついて、嫌な思い出で終わる……そういったことになる前に、化学の楽しさを伝えたかったんです。
そして、やっぱり教える側が楽しんでいなければ、学ぶ側も楽しめません。教える側が楽しんでいれば、「先生が楽しいなら、楽しいに決まってる」と、子どもは必ず思ってくれます。私自身もこれまでいろんなところでイベントを開催しましたが、やっぱり私自身が一番楽しんでいるので、どんな実験をしても疲れないんですよね。
子どもは本当に素直ですから、教える側が楽しんで教えることで、自然と学びを楽しむようになりますし、その結果として、化学への興味や理解が深まります。化学が身近でおもしろいものだと感じてもらえたら、それが教育の成功だと思います。
◎イベント情報
「化学実験ショー in 福岡」
内容:津山高専の廣木先生、成蹊大学の里川先生による「光る」化学実験
日時:2024年9月2日(月)12:30~13:10
会場:学校法人宗学園 けご幼稚園
対象:けご幼稚園生 約200名
主催:メディア総研イノベーションズ株式会社
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