今回インタビューしたのは企業の第一線で商品開発や企画、営業、マネジメントの経歴をもつ、奈良工業高等専門学校の顯谷智也子(あらやちやこ)先生。技術者として一般企業で実績を重ね、ビジネスを学んだ後、高専へと招かれたキャリアをお持ちです。そんな顯谷先生は一体どんな仕事を手掛けているのでしょうか。
学生生活を謳歌し、エンジニアの道へ
―現在、どんな業務を担当されているのでしょうか。
2019年度よりスタートした「しなやかエンジニア教育プログラム」において、カリキュラムの構築から授業の実施までを担当しています。必要に応じて外部講師の招へいの交渉をしたり、コーディネートをするなど、高専と社会を結ぶ役割ですね。
「しなやかエンジニア教育プログラム」の本科では、⾼専で培う確かな⼯学知識・技術に加え、異分野の知識や経験を通じて感性や表現⼒を磨き、多角的な視点で物事を考えられる「しなやかな発想⼒」を兼ね備えた人材養成を⽬指しています。
また、専攻科ではダイバーシティな環境におけるリーダーシップの育成を目的として、経営戦略やマーケティグ、ビジネスデザインの科⽬を展開しています。
奈良高専に赴任するまで教育とは無縁の生活でしたが、社会人時代にお世話になった先輩にお声がけいただき、企業と高専を結ぶお手伝いをすることになりました。社会人としての経験やビジネススクールでの学び、人脈を生かして、学生たちの成長をサポートできたらと思っています。
―先生のこれまでのご経歴を教えてください。
兵庫・宝塚出身で、幼稚園から高校まで一貫教育の学校に通っていました。今では進学校として知られていますが昔はそうでもなく、緩やかな雰囲気の学校でした。小学校低学年から英語の授業があったり、女子はバレエの授業があったりと、他校にはないユニークな体験もしてきましたね。
中学校から高校1年生まではバスケ部に所属し、放課後は毎日練習していました。学校生活そのものに夢中で、友達と日々楽しく過ごしていました。文化祭や体育祭に力を入れる学校で、特に体育祭は盛り上がります。
何年かに一度は幼稚園から高校までが一緒になってプログラムを組むので、それはもう大きな行事です。体育祭では「創作ダンス」が一番の思い出ですね。曲やダンスを決めて、自分たちで創り上げる一体感が好きでした。
その頃は具体的な将来の夢はなく、数学や物理など答えがひとつに決まる教科が好きだったという理由で、近畿大学の理工学部に進学しました。大学生になってもあまり勉強せず、学生生活を謳歌する毎日(笑)。すぐに抜け出せるように、出入口に近い一番後ろの席で授業を受けるような学生でしたから、今考えればよく卒業できたなと思います(笑)。
当時は今のような就活の仕組みはなく、自分で企業に電話連絡を入れてコンタクトを取るのが一般的でした。私の場合、関西が拠点だったので大阪が本社のシャープが地理的に近く、電話してみたら面接に行くことに。運よく技術職に採用され、エンジニアとして働くことが決まりました。
初めての挫折、そして海外営業に
―入社後は、どんな仕事を経験されたのでしょうか。
中学、高校、大学と気楽に過ごしてきたツケが回ってきました。入社後の最初の配属はシステム開発部門でした。システムを開発しようにも、アルゴリズムどころか、コンピュータのキーボードの文字の位置もわからないし、当然パソコンも使えない……。「これじゃまずいぞ!」と焦りました(笑)。
システム開発ではプログラム言語をいくつか扱いますが、それもOJT状態で仕事をしながら覚えていくしかありません。お金をいただいて働く責任もありますから、先輩や同僚に教えてもらいながら必死に業務を覚えていきました。配属先の部署は若いチームで、当時の上司が熱心に面倒をみてくださったことには本当に感謝しています。
仕事を覚える苦労に加えて、企業人として感じる「理不尽」にも直面しました。それまでは平和な学校生活を送っていたので、この時が人生で初めて「挫折」を経験した時期だったと思います。
20代後半でエンジニアから海外デバイス営業に異動になり、業務も働き方も大きく変わりました。シャープでは液晶の技術が伸びて海外進出が盛んだった時期で、そこに人材を集中させていましたが、突然、私にも液晶関連の海外営業への異動の辞令がおりました。
最初は「なぜエンジニアの私が海外営業に?!」と理不尽を感じたのですが、海外での経験は大きなキャリアパスになりました。結婚して子どもが生まれた後でしたが、義理の両親にサポートしてもらえたのが大きかったですね。この経験がなければ、今は普通のおばちゃんになってたんやないかな(笑)。
私はヨーロッパ地域担当で、海外出張もたくさんありました。英語ができない私でも何とかやっていけたのは、ビジネス英語のレターをていねいに添削してくださった当時の部長のおかげです。この部署には8年ほど所属していました。
出張の際はだいたい一人で海外に渡って、現地の営業マンと合流します。おかげで、いろんなシーンを乗り越える度胸はついたはずです。海外出張の時間は好きでした。国際便で移動しながら、本を読んだり映画を観たりして、機内食を食べて、好きな時に寝る(笑)。それが唯一、自分だけの時間でしたから。
そうした仕事を続けながらも、心のどこかでは「ものづくりに携わりたい」という気持ちが強くありました。そこで、自ら志願して海外向けの携帯電話を開発する部門へ。その後、国内向けのスマートフォン・タブレットの企画・開発などに携わり、プロジェクト管理の仕事を中心に、管理職としてマネジメント能力を身につけていきました。
当時は広島に単身赴任していたのですが、家族がいる大阪に帰りたかったこともあり、この部署を13年経験したあと、早期希望退職制度を利用して退職したのが2012年です。
失敗は成長するチャンス
―その後、どのような経緯で高専に勤務することになったのでしょうか。
退職して時間ができたこともあり、エンジニアの立場から経営学を体系的に学びたいと思って大学院に進学しました。ビジネススクールだったので学生は経営者やビジネスリーダーが多く、いろんな人に出会い、今まで知らなかった考え方に触れることができました。
高専での仕事のお話は、シャープ時代の先輩から声をかけていただきました。昔から「声を掛けていただけるなら何でもやってみる」と決めているので、二つ返事でお受けすることにしました。
高専へ赴任当初は週に1、2回勤務する非常勤でしたが、2021年度から常勤になりました。それまでは高専とは縁のない人生でしたが、高専に来てみると学生たちはみんな誇りを持って、好きなことを見つけて勉強を楽しんでいるように感じました。
現在の主な業務は「しなやかエンジニア教育プログラム」の授業設計・運営、そして専攻科向けのビジネス関連の授業を担当しています。最近では、3日間の陶芸ワークショップを実施したり、奈良国立博物館の学芸部長を招いて仏教美術の見方を習ったり、社会人時代からお世話になっている先輩に理系女子のロールモデルとして講演していただいたり、さまざまな企画が進んでいます。
その他、自身の研究としては、テキストマイニングの手法を活用した評価手法構築のための研究をしています。近年、学校教育では学生が主体的に学ぶグループ学習などの「アクティブラーニング」が広がっていますよね。そのなかで、学生の成長や能力をどう評価すべきか、使う言葉によって定量的に測る手法を研究しています。
例えば、授業後の振り返りで「改善」「課題」「問題」といった言葉が使われる場合は、主体性がありプラスの評価につながる。反対に「作業」「進める」といった言葉を多用している場合には受動的だと捉えるといった具合です。使う言葉の奥には、その人の内面にある行動特性が現れます。将来的には企業や社会活動にも応用できる発展性がありそうですが、まだまだ研究中の段階です。
―高専を目指す学生にメッセージをお願いします。
奈良高専は新しいことに挑戦している学校です。「しなやかエンジニア教育プログラム」などを通じ、おもしろい社会人や企業とたくさん出会い、工学以外の学びや経験もしてもらえたら。社会人を経験した身としては、一度は企業に入って「悔しい」「なぜ」という葛藤も経験してほしいと思います。成功体験はもちろんですが、失敗も大事。なぜなら「次はこうするぞ!」と考えて、成長のきっかけになるからです。
顯谷 智也子氏
Araya Chiyako
- 奈良工業高等専門学校 電気工学科 准教授
1981年3月 雲雀丘学園高等学校 卒業
1985年3月 近畿大学 理工学部 数学物理科 卒業
1985年4月 シャープ株式会社 入社
2014年4月 奈良工業高等専門学校 特命教授
2017年3月 関⻄学院大学 専門職大学院 経営戦略研究科 卒業
2021年4月~現在 奈良工業高等専門学校 電気工学科 准教授
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