旭川高専から豊橋技科大へ進学し、現在は大気中の微粒子の特性やそれを測定・評価する技術に関わる「大気環境工学」の分野を専門とされている、金沢大学の古内正美先生。国内外で数々の研究実績を持つ先生の、飽くなき探求心と学びの原動力とは。
「天体」と「ものづくり」への興味から高専へ進学
―子どもの頃は、どんなことに興味がありましたか?
アポロ11号が打ち上げられた1969年。そのニュースを見た私は当時小学校高学年で、その影響から望遠鏡を買ってもらいました。惑星までは見えませんでしたが、月のクレーターがはっきりと見えたのを覚えています。模型づくりも好きで、戦闘機や戦車のプラモデルをつくって遊んでいました。宇宙に関わる分野を仕事にして、天文学者か天体望遠鏡を作る技術者になりたいと思うようになりました。
天文学を学べる天文学部がある大学は、と中学生なりに調べると当時は東大にしかなく、早々に諦めてエンジニアになろうと思いました。そして、早い段階から専門分野を学べると思って、高専を目指しました。
普通高校も受けて合格したので悩みましたが、担任の先生が「古内くんは高専が向いているよ」と背中を押してくれました。「星」と「ものづくり」、両方が好きだったのが、旭川高専への進路につながったのかもしれません。
―高専に入学した時の印象は?
高専に入学してみると、各地方の優秀な学生が集まってきているので、すごいなと圧倒されました。頑張って勉強しましたが、真ん中くらいの順位でしたね。大学レベルの授業を1年生の頃から進めるのでレベルが高いし、他の科目の勉強もけっこう大変だったと思います。
また、在学時に一時体調を崩し、休学して入院していました。そうして学校に行けなくなると、不思議と勉強したくなったんです(笑)。模型づくりをしていた頃からドイツが好きだったせいかドイツ語が学びたくなって、本を買って独学で勉強しました。3年生になって復学したら、ドイツ語が周りよりよくできたので同級生は驚いていましたね。
激しい運動はできませんでしたが、体を鍛えたいと思い、学生実験の担当だった先生の部屋で弓に触ってみたことがありました。それがきっかけでその先生が顧問をされていたアーチェリー同好会に入り、すごくおもしろくなって、のめり込んでいきました。
集中力を高める瞬間、矢をリリースして的に当たったときの爽快感。メンタルが揺れると、全然当たらなくなるんです。精神を自分でコントロールして、一連の流れをなぞる快感はたまらなかったですね。
最初は「部」ではなかったのですが、同好会に入る仲間が増えて、同好会から部活動に昇格し、屋内体育館に練習場もできました。北海道内の高専大会にも出場しました。
プライベートでは、アルバイトでお金を貯めて望遠鏡を買ったり、友人と北海道内を天体観測旅行したりしていました。
しかし、そのころ同じ宇宙でもロケット工学にも興味を持つようになり、「将来いろんなことに挑戦するなら、高専だけでなく大学にも行っていたほうが良いかな」と思い、進学を決めました。中堅技術者にとどまらず、さらに上を目指したい気持ちもありましたね。
物事の本質を学ぶ「意義」と「楽しさ」
―大学での学びで印象的だったのは、どんなことですか。
専門の授業を受けて興味を持ち、卒業研究と修士研究の分野にもなったのは「熱流体」と「移動現象論」。様々な機器開発だけでなく空気や熱の流動を理解するために必要とされる学問です。
高専では、そのベースとなる「流体力学」の授業で、慣性力と粘性力との比で定義される無次元量である「レイノルズ数」について習うのですが、それがどのような意味をもつかを考えたことはありませんでした。
大学で出会った先生は、その現象の物理的な意味と本質を教えてくださいました。「演習問題を解く方法はあっても、それは『手段』であり『本質』ではない。それよりも、現象として何が起きているのか理解することが重要である」
そうした「学びの楽しさ」に出会えてカルチャーショックを受けましたが、今でも、心から良かったと思っています。
修士課程修了時には、溶融塩原子炉に関わる研究をしていたこともあり、原子力関連の分野にも興味を持つようになりました。その当時の様々な進路の可能性の中から、自分にとって未知の分野であることと、恩師の先生の着想の斬新さや研究への思い、そしてテーマ自体のおもしろさに魅かれ、化学工業など工学のさまざまな場所で用いられる粉体工学の分野で博士号を取得しました。
研究の足跡は時代を越えて
―海外での研究について、教えてください。
大学院の1年目で、1カ月ほど海外研修へ行きました。オーストリアの街並みはとても美しく、日本には無い美しい光景であふれていました。空港に着いて家に帰るときに、日本の街並みを見て、がっかりしたことを覚えています。今は日本の景色も好きですけどね(笑)。高専の時に勉強した基礎があったので、短い滞在でしたが、ドイツ語会話はかなり上達しました。
それから、アメリカやアジア、ヨーロッパなどの複数の国々で研究の機会を得ました。例えば大気中の微粒子を観測するプロジェクトでは、タイを起点に東南アジアに約30の研究機関のネットワークがあります。PM2.5よりさらに小さな空気中の微粒子であるPM0.1の研究をするためです。
私は2005年からカンボジアの大気環境の調査研究に携わり、アンコールワットの中でも観測をしました。また、来年度から5年計画で立ち上がるカンボジアでの大きなプロジェクトがあります。カンボジアの大気汚染が進んでいるので、観測データに基づいて環境を管理する仕組みや人材を供給できる体制づくりをしようとするものです。
―これからの夢はありますか?
来年で退職を迎えます。カンボジアのプロジェクトでの仕事は定年後も4年間続きますが、プロジェクトを終えた後は、自分の先祖のことを調べて残したいと思っています。母方の家系が、幕末に登場する「武田耕雲斎」という武士の末裔にあたります。
NHK大河ドラマ『青天を衝け』にも登場した天狗党の首領で、資料はけっこう残っていて本もたくさん出ているのですが、実は書かれていないこともあるのが気になっているのと、もっと遡った歴史も調べたいと思っていて。お寺の過去帳なども調べながら、各地方の郷土史家など歴史に詳しい方にもお話をお聞きできればと思っています。
幕府軍に投降した天狗党の多くはのちに斬首されるのですが、その際に投降先の加賀藩にとても温情ある扱いを受けた経緯があります。武田耕雲斎の5男が逃がされ、その人物が生き延びたからこうして今、私が生きている。
ご先祖が「生きて子孫が残るなら御恩返しがしたい」と言った記録も残っているんです。だから私も「金沢に何か恩返しができれば」という気持ちがあり、金沢大学との縁にもつながったと思います。
また、人類が滅んでしまわない限りは、自分の研究内容は論文やデータとして半永久的に残ります。私自身も、研究で1800年代の論文を紐解いたことがあり、昔書いた私の論文を今でも引用してもらうことがあります。
だからこそ、「間違った情報を載せてはいけない」と気を引き締め、後世でも役立てていただける仕事をしなくてはと、日々思いながら研究を続けています。
古内 正美氏
Masami Furuuchi
- 金沢大学 理工研究域 教授、国際連携強化教員
1979年 旭川工業高等専門学校 機械工学科 卒業
1981年 豊橋技術科学大学 工学部 エネルギー工学課程 卒業
1983年 豊橋技術科学大学大学院 修士課程 エネルギー工学専攻 修了
1983~89年 豊橋技術科学大学 工学部 教務職員
1990年 工学博士(論工博)(名古屋大学)
1989年~92年6月 豊橋技術科学大学 工学部 助手
1992年7月~95年11月 金沢大学 工学部 助手
1995年12月~2007年 金沢大学 工学部 助教授(2004年以降自然科学研究科)
2007年~現在 金沢大学 理工研究域 准教授(2007年)を経て2019年から金沢大学 理工研究域 教授
1984年 アイオワ大学(米国)客員研究員*
1993年 カセサート大学(タイ)客員教授*
1996年 デルフト工科大学(オランダ)客員研究員*
1996年 デュイスブルク大学(ドイツ)客員研究員
1999年 シンシナティ大学、メリーランド大学(米国)客員研究員*
2001年 カセサート大学 工学部(タイ)客員教授*
2014年 ウィーン大学(オーストリア)客員研究員*
2018年7月~現在 タイ王国・プリンスオブソンクラ大学・環境管理学部・Honorary Professor
2019年~現在 金沢大学 国際連携強化教員(役職)
※「*」は短期(1~3カ月)
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