東北大学・大学院時代にその指導が人生の宝となった恩師に出会い、現在は鈴鹿高専で校長をされている竹茂 求(たけしげ もとむ)先生。食品関連会社のほとんどが導入しているという研究成果や、鈴鹿高専が進めているプロジェクトなど、さまざまなお話を伺いました。
悔しい思いを何度も経験した先にある、「人生の宝」とは
-竹茂校長先生が物理の道を選ばれたきっかけを教えてください。
6歳上の兄がおり、東北大学の糟谷忠雄(かすやただお)先生の研究室で研究していました。糟谷先生は当時から著名な理論物理学者でしたから、兄からその厳しさや素晴らしさを聞いており、「私も糟谷先生のもとで学びたい」と強く思い、東北大学を目指しました。
めでたく糟谷先生の研究室に配属になったのですが、学問的にも極めて鋭い先生に対して能力不足で全く未熟だった私は、人の2倍の時間をかけてやっと学位を取ることができました。
-糟谷先生との思い出のエピソードはありますか?
もちろんたくさんの思い出があります。大学4年の量子力学のゼミで私が「電子が磁石のところを通った瞬間」と何気なく言葉を発したんですね。すぐに糟谷先生から「瞬間って何だね?」と質問が飛んできました。量子力学では、「瞬間」という概念を日常の意味では使えません。「時間を必ずしも明確に特定できない」という基礎原理があって、私の不用意な言葉の使い方を見逃さずに、気付きを与えてくださったんです。
また、大学院に入ると本格的な研究のゼミが始まります。糟谷研の他の学生のゼミは2~3時間で終わるのに対し、私の場合は長引いて7時間も続くことがよくありました。私がとんちんかんなことを言うので、「よく考えろ」と発表を終わらせてくれないんです。他の学生や先生もいるので辛かったですね。
糟谷先生が答えを教えてくれることは絶対になかったですね。ただ、今の私には当時の私がいかに未熟だったか良くわかり、教えてもらっていたら本当に理解する力はつかなかったと思います。私は物事の考え方や対応の仕方をマスターできていない未熟な学生でしたから、結果を出すのに長い時間がかかりました。
何とか頑張れたのは、心のどこかに「自分は出来るんだ」という自尊心があったことと、当時の助教授(今の准教授)だった酒井治(さかいおさむ)先生が手取り足取り指導して下さったおかげです。
ようやく学位を取れるようになったころ、研究のあることについてゼミで「分かって嬉しかった」と言ったら糟谷先生が「それは喜んでいいよ」と仰ってくださって。その言葉や、糟谷研での経験が人生の宝になっているんです。この経験がなければ、今の私はいませんから。
食品関連会社がほとんど導入しているという研究成果とは
-先生はその後、仙台電波高専(現:仙台高専)に入職されたんですね。
糟谷研で学位を取得した私の噂を聞きつけて、仙台電波高専の当時の校長先生が声を掛けてくださったんです。
大学院まで物理理論を研究していたのですが、「モノをつくる」という実践的な経験は全くなかったんですよね。例えば、「物理の学生は電気回路が分からない」というのは常識でした。だから仙台電波高専で若い学生が電気回路を作っている姿を見て、びっくりしましたね、本当に。
学生時代はずっと塾のアルバイトをしていたこともあり、教えることに抵抗はなかったんです。高専も学力に差がある学生が混在しているため、ほとんどの学生が6~7割解ける問題を作ることを意識しました。優秀で良い成績を取りたい学生はどこまででも頑張るため、1~2割は難しい問題を入れていましたね。
教科の知識は大切ですが、試験の点で評価し過ぎることは学生の可能性を狭めてしまうと思います。社会に出てからの働き方は多様ですから。成績はきちんと付ける必要がありますが、合格ラインが厳しすぎるのは問題だと思っています。
-仙台電波高専では細菌検出研究をされたそうですね。
食品会社で細菌汚染が出ると、大問題になるじゃないですか。そこで企業から相談いただいて、仙台電波高専で「細菌検出法」の研究を始めました。最も確実でメジャーな「寒天培養法」だと、結果が出るのに2~3日かかるため、それでは遅いんですよね。「寒天培養法で1日以内に出来る技術を開発したい」とご依頼いただいたんです。
私自身が素人の世界でしたが、異なる分野の先生方と学内でチームを組み、研究に励みました。今では「異分野融合」は当たり前ですが、当時は最先端だったと思います。これが上手くいきました。
寒天培養法は直径9㎝の「シャーレ」の中に寒天を入れ、細菌を混ぜて菌の成長を見るのですが、菌がどんどん分裂して1つの大きな「コロニー」にならないと目視観測できないんですよね。ただそれでは時間がかるので、ミクロレベルでの観測と、画像処理での解析が必要でした。
そこで菌の影を観測する方法やスキャナーの応用、コロニーの成長過程の画像解析など色々なアイデアで基礎技術を開発していきました。結果2~3日かかっていたものが6時間に短縮され、特許もいくつか取得しました。現在、大手の食品関連会社にほとんど導入いただいており、海外展開もされています。
同じ95%の精度でも、装置の原理の違いによって利用者の「心理的拒否反応」が起こるなど「世の中に本当に使ってもらえるものをつくる」には、技術者が技術的に開発するだけでなく、使う人の心理まで、しっかり考えないといけないことを学びましたね。
高専の利点を活かす「GEAR5.0」の取り組み
-鈴鹿高専の特徴について教えて下さい。
本校の兼松秀行教授がリーダーとして進めている「GEAR(ギア)5.0マテリアル」が一つの大きなプロジェクトですね。これまで「各地域の高専が、各地域と連携する」ことは当たり前でしたが、それでは高専の利点を生かしきれていなかったことに高専全体が気付いたんです。
高専は日本全域に設置されていることが利点の1つです。だからこそ高専同士が連携できると、技術的にも設備的にも、人的にも大きな可能性が広がります。鈴鹿高専だけでは対応が出来ない問題も、他の高専と協力すれば解決につながっていく。これが「GEAR5.0」のミソです。
「GEAR5.0マテリアル」は企業の研究室をキャンパス内に作ることが核になっている事業であり、企業は高専の設備を使えるし、教員や学生の力を借りて技術開発ができます。学生も実際に企業の課題に取り組むことにより、自分の貢献を実感でき、理想的なキャリア教育であるとともに地域企業への就活にもつながる可能性があります。また、企業にとっては、大学との共同研究より安価でできることも利点です。
世の中の役に立つと思ったら、とにかくやってみることが大切だと思います。今まで考えてもみなかった角度から、アカデミックな研究に発展する可能性もありますから。
-鈴鹿高専はDX(デジタルトランスフォーメション)も推進しているんですね。
鈴鹿高専は、三重県のDX推進事業の一環で「ものづくり企業DX推進支援事業(デジタルものづくり推進拠点)」を支援するサポーティングパートナーズに認定され、学生教育を開始しました。
高専OBが中心となって活躍する「フラー株式会社」の協力のもと、前期ではデザイン教育やプログラミング教育など基礎的な教育を行い、後期に三重県企業がかかえるDX化支援や社会実装につなげる仕組みをとっています。
学生は鋭いですから、学生視点で「自ら問題を探し、解決する」というところを大切にしています。この制度を使って学生が本来の力を発揮できるよう、回数を重ねるごとに、より良くしていきたいと思います。
-先生の今後の展望を教えて下さい。
高専は来年60周年となり、これからの高等教育機関として社会と関わる意義は、高度経済成長期を支えた過去の高専とは大きく違うものになると思います。過去の功績は十分誇りに思いつつ、それにとらわれず新しい発想で新しい高専を作らなくてはならないと思います。
今は毎日学内を歩き回り、学生と話すことが楽しみなんです。今は若くて未熟な学生が、何年か後には驚くほど成長することをよく知っていますから。
竹茂 求氏
Motomu Takashige
- 鈴鹿工業高等専門学校 校長
1974年 鳥取県立米子東高校 卒業
1979年 東北大学 理学部 物理学科 卒業
1981年 東北大学 理学研究科 修士課程 修了
1990年 東北大学大学院 理学研究科 博士課程 修了(理学博士)
1991年 仙台電波工業高等専門学校 情報工学科 講師
1994年 同 助教授、2004年 同 教授
2009年 仙台高等専門学校 専攻科 教授、2012年 同 副校長
2017年 長岡工業高等専門学校 校長
2020年より現職
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