大学の専門課程や大学院での講義に相当する学習内容を高専生に伝えるため、情報セキュリティ教材の開発に取り組む高知工業高等専門学校の立川崇之先生。そのノウハウや高専の教員になられるまでの歩みを辿りました。
進路変更からはじまった教育への道
―情報系分野を目指された “きっかけ”を教えてください。
大学までは、宇宙の進化についての研究に携わっていました。具体的には、「銀河がどのようにして銀河群をつくるのか」「そもそも銀河の種は何なのか」を解明していくものです。研究に必要な宇宙物理学や統計物理学は、理論といえども複雑なものが多く、紙と鉛筆で解決できる問題が限られており、時代とともにコンピュータを活用したシミュレーションが主流となっていきました。
大学院生の頃に所属していた研究室でコンピュータの管理を任されましたが、宇宙分野では就職先が少なく、進路に迷っている時期でもありました。
先生に相談したところ、「君は情報系でも仕事ができそうだから、そっちで仕事を探してみたらどうだ」と言われ、だんだんと情報系に。プログラミングを多少触ったことがある程度からほとんど独学で勉強しました。
宇宙が「誰も知らないことを明かす分野」ということに対して、情報やセキュリティは「誰にも見えないように閉ざす分野」。全く反対のことですが、どちらも世の中を支えているという同じ役割を持っている点がおもしろいなと思います。
―そこから高専の教員を目指されることになるわけですね。
大学で情報系の授業を担当しながら研究を続けていたのですが、一身上の都合で退職しました。次の道を考えていた時に、研究会で一緒だったある先生が「素晴らしい場所があるよ。君はそこを目指すべきだ」と教えてくださったのが高専だったんです。
まさか高専の教員になるとは考えていませんでしたが、その手もあるか、と。ご縁あって現在は、高知高専で情報セキュリティ教育のほか数学の授業を担当しています。
オリジナル教材で学生の関心を集める
―情報セキュリティ教育の教材を、ご自身で開発されているそうですね。
一般に出回っている教材は、大学生や社会人に向けて作られているものが多くて。専門的な内容を授業のなかで噛み砕いて教えられないかと考えた結果、自分でつくることにしました。そうして自作した教材のひとつが「暗号理論」の教材です。
暗号というと難しい、縁がないと思われがちですが、ネット通販でのクレジットカード情報のやりとりなど、知らず知らずのうちに私たちの情報を守ってくれています。
自作した教材では、ただ単に暗号にまつわる構造を教えるだけではありません。例えば「第二次世界大戦の時に、ドイツとイギリスが暗号でこんな探り合いをしていた」という話などを織り交ぜて、テーマに付随する歴史的な内容を一緒に教えるようにしています。専門分野以外にも幅広く興味を抱いてほしいと思っています。
―情報セキュリティ分野へ進みたい場合、身につけておいた方がよいことはありますか。
やっぱり数学ですね。先ほど出てきた暗号にも、数学の計算が裏で大きく作用しています。掛け算・割り算、割り算の余りが、ものすごく複雑に絡みあっているようなイメージです。少々勉強をすれば、暗号の作り方はみんなわかるようになります。
しかし、その鍵を知られないようにするための「セキュリティ」が必要です。暗号で扱う数字は約300桁。数学が得意になるに越したことはありません。
実践教育で、正しい技術を正しく使える技術者に
―教育指導の上で大切にしていることはありますか。
「情報セキュリティ技術を悪いことではなく、正しいことに使いましょう」と何度も伝えています。専門的な技術だからこそ、扱い方が非常に重要なのです。
より実践的に伝えるために、私の授業では一人一台、超小型コンピュータ「Raspberry Pi(ラズベリーパイ) 」を使っています。3年生でサーバーを構築し、4年生になると攻撃や防御について実践を踏まえながら理解を深めていきます。
隔離された環境で安全性を保ちながら実習を積むので、将来的に他の道へ進んでも、正しい技術を正しく使える技術者として活躍できる。そんな学生を増やしていきたいですね。
セキュリティは、近年急速に進化を遂げている分野です。無線LAN(Wi-Fi)が登場し、ここ10年で格段に強化されてきました。
ホテルに泊まると、最近はアンテナ名とパスワードが書かれているフリーWi-Fiがありますよね。便利でありがたい機能ですが、悪い人が、そのアンテナとそっくりな偽物のアンテナを立てて、情報を盗み見しようと企むことがあります。
これを「悪魔の双子」なんて言うのですが、誤って接続をすると、閲覧履歴などの情報が全部見られてしまうのです。こうしたネット犯罪や法律・権利の話は、必ず1~2年生の基礎教育のうちにするようにしています。
―教育を離れたところで、先生のご趣味を伺ってもよいですか?
自転車ですね。前職の時に車を持っていなくて、移動手段として自転車を買ったのですが、たまたまそこがロードバイクの実業団チームを持っているような本気の店で(笑)。そこから週末のたびに「走るぞ」と声をかけていただき、山道や海沿いをサイクリングしていました。
1日で走った最高距離は130km。景色のいい場所やおもしろそうな博物館を目的地に、気ままに走るのが好きです。毎日の通勤も、もちろんクロスバイクに乗っています。
―今後の展望についてお聞かせください。
「情報」や「セキュリティ」は、進展が非常に早い分野です。私自身も日々学びながら、学生たちにわかりやすい授業を届けるため、旧教材の改定や新たな教材の制作を続けています。
また現在、国立天文台と JAXA が中心となり進めている、天の川銀河の3次元地図を作るプロジェクト「JASMINE」にデータ解析担当として関わっています。このプロジェクトを進めるためには衛星の打ち上げが必要で、現在は2028年の打ち上げに向けて準備を進めているところです。これが成功すれば、天の川を3Dで見られる時代が来る日も夢ではないので、ワクワクしながら取り組んでいます。
立川 崇之氏
Takayuki Tatekawa
- 高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 准教授
2002.3 早稲田大学大学院 理工学研究科 物理学及応用物理学専攻 博士後期課程 修了
2002年〜2005年 早稲田大学 理工学部 物理学科 助手
2005年〜2006年 早稲田大学 理工学術院 物理学科 客員講師(非常勤)
2006年〜2008年 工学院大学 技術者能力開発センター 講師
2009年〜2012年 日本原子力研究開発機構 システム計算科学センター 博士研究員
2012年〜2016年 福井大学 総合情報基盤センター 准教授
2017年〜 高知工業高等専門学校 ソーシャルデザイン工学科 特命助教
2018年〜 現職
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