進学者のキャリア大学等研究員

どんどんと分かるようになった“目で見て感じる”生命の魅力。日本海の生態系の変化を追う

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました
公開日
取材日
どんどんと分かるようになった“目で見て感じる”生命の魅力。日本海の生態系の変化を追うのサムネイル画像

生物への興味から新居浜高専の生物応用科学科に進学し、高専での経験を基礎に研究者の道を歩み始めた豊田賢治先生。日本海側の野外調査や、地震が沿岸動植物に与えた影響の研究など、独自の視点で研究を深める豊田先生にお話を伺いました。

生物応用科学科から世界に開かれた研究へ

―高専に入ったきっかけを教えて下さい。

中学の野球部の活動が一区切りついて、次の進学先をどうしようかと考えたときに、学校の掲示板で新居浜高専の存在を知りました。「なんだか普通の選択はつまらんな」と思い立ち、ちょっと変わった選択肢を探し始めた時だったので、渡りに船でした。

私は生き物が好きだったので生物応用科学科を志望。父親が釣り好きで、子どもの頃からよく一緒に釣りに行っていました。でも、いわゆる生き物好きな先生のように、生き物に詳しいわけではありませんでしたね。生き物が好きといっても、外にいるのが好きで、自然の中にいるのが好き、という感じでした。

親は自分が公立高校に行くとばかり思っていたので、私の選択を知ってびっくりしていました。でも、高専ならいいのではないかという感じでしたね。お金もかからないですし。

―実際に高専に入ってみていかがでしたか?

私の同期にも生物応用科学科という名前に惹かれて入った人が多くて、もっと大きい生き物を扱う学科だと思って入った人もたくさんいました。実際は微生物工学や遺伝子工学などを主に扱っていて、そのギャップで何人か落ち込んでいる人もいましたが、基本的にはみんな楽しくやっていましたね。無機化学や有機化学、分析化学、生物工学などの化学系の講義が楽しかったのをよく覚えています。

高専と専攻科を通じて7年間在籍しましたが、その選択を後悔したことは一度もありません。7年間お世話になった寮生活、「青春」という2文字がバッチリ当てはまる弓道部での活動。どこを切り取っても、どの文脈でも、高専生活は私の人生の基盤形成の核を成しています。

高専生の頃の豊田先生。弓道の大会にて
▲高専生の頃の豊田先生。弓道の大会にて

―高専時代の特に印象深い思い出があれば教えてください。

インターンシップに行ったことは特に思い出深いです。最初のインターンは本科4年生の時で、滋賀県の化学工場に行きました。実験室で小規模に行っていた化学反応が工場のプラントレベルで再現されているのを目の当たりにし、産業応用としての化学の面白さを感じました。しかし、実際に働く中で、想像していたものとは違う部分が見え始め、次第に研究の方向へ興味が移っていったように思います。

専攻科のインターンシップでは大学院の研究室に行きました。私の時には、専攻科のインターンシップが3週間あり、基礎生物学研究所でミジンコの研究に触れる機会をいただきました。この期間がとても楽しかったので、それが大学院を決めるきっかけになりましたね。

専攻科のインターンシップの様子
▲専攻科のインターンシップの様子。写真は広報用に撮影されたものだそうです

―高専ではどのような研究をされていたのですか?

美味しい柿の種類を見分ける方法について研究していました。ここで言う「見分け方」は、個々の柿の味ではなく、美味しい品種の特定に焦点を当てたものです。

島根県にある農場に一本の優れた柿の木が生えていたのですが、その親柿の品種が不明でした。もし親品種が特定できれば、優良品種作出を目指した掛け合わせのパターンをより柔軟に変えられるため、まずはその親品種を探すというのが研究のスタートでした。

農園には多くの親品種候補が植わっており、いくつかの柿品種を対象にして父母の特定を試みました。それぞれの柿に特徴的な遺伝子マーカーを調べ、子供の木と照らし合わせることで、「この組み合わせが親だろう」という仮説を立てるのです。

―その研究の面白さに気づいたのはいつ頃だったのでしょうか?

専攻科で指導教員の先生がいろんな柿を持ってきたことがありました。例えばすぐ柔らかくて甘くなる柿とか、ずっと渋が抜けない柿とか色々あるのですけど、それを見せて「こんなに違いがあるんだよ、面白いでしょ」と先生は楽しそうに教えていました。

でもその時は先生が伝えようとしている面白さがよくわからなくて、失礼ながら「こんなので面白いって幸せですね」と言ってしまったのをよく覚えています。その研究の面白さが分かったのは卒業間近になってからです。自分は目で見えない遺伝子の研究より、目に見える違いを扱う生物学の研究に面白さを感じる人間なのだということには、ずっと後で気付きました。

目に見える世界の豊かさ

―大学院での研究について教えて下さい。

私が研究していたミジンコはエビやカニなどと同じ甲殻類の一種です。ミジンコの研究では、その独特な環境依存型の性決定メカニズムに焦点を当てています。ミジンコは母親が環境の変化に応じてオスとメスを産み分ける特徴を持ち、好条件ではメスを産み続ける一方で、環境が悪化するとオスを産むようになります。これにより、同じ遺伝情報を持ちながらも異なる性別が生まれる仕組みが可能となっており、人間のように遺伝的に性が決まる生物とは異なる興味深い仕組みです。

また、このメカニズムは環境毒性評価にも関連しており、例えば特定の化学物質がミジンコに影響を与え、自然の環境条件に関わらずオスを産むように誘導されることもわかっています。このように、ミジンコが環境変化や化学物質に対してどのように反応し、性決定を行うのかを研究していました。

―現在の研究について教えて下さい。

現在は日本海側の野外調査にも積極的に取り組んでいます。日本海側は研究者人口が少なく、まだまだ面白い現象が手付かずで数多く残されている印象です。例えば、太平洋側では潮の干満差が大きく、引き潮の時に干潟が現れますが、日本海側では潮位の変化がほとんどなく、生態系の在り方が大きく異なります。

逆に、生態系が異なるのに同じ行動を見せる場合もあります。私が取り組んでいるアカテガニの観察では、太平洋側では見られる満月や新月の満潮時に集まって卵を産む行動が、日本海側では見られないとされていました。しかし、実際に佐渡島(新潟県)で調査をしてみたところ、同様の行動が確認されました。こうした発見を通じ、日本海側にも独自の生態系があることが少しずつ明らかになっています。

佐渡島にて、夕日が沈み切る前に遠浅の磯へ繰り出してヤドカリを探している様子
▲佐渡島にて、夕日が沈み切る前に遠浅の磯へ繰り出してヤドカリを探しています

―震災のあった能登半島でも調査をされているのですね。

そうです。私は震災前の2020年から能登半島でさまざまな調査を開始しており、その直後に能登半島地震が発生しました。多くの震災調査では「震災前のデータ」が不足しており、生じた変化が震災の影響かどうかを判別することは難しいのが一般的です。しかし、私の場合は、いくつかの動植物についてオリジナルの震災前調査データを持っていたため、地震後の生態系の変化を比較できる貴重な機会となっています。

たとえば、能登半島の輪島側では地震によって沿岸の一部が4メートル隆起しました。砂浜は大きく広がり、もともと波打ち際にあった消波ブロックが砂浜の中央に取り残されるなど、地形が一変。これに伴い、海浜植物の帯が旧海岸線と新しい海岸線の2つに分かれていることが確認されました。これは、「震災前の海浜植物相」と「海底隆起に伴う砂浜に形成された新規の海浜植物相」で、海浜植物やそれらを必要とするそのほかの動物群集組成の形成動態を追跡可能な貴重な観察対象となっています。

能登半島にて腕を拡げて海岸に立っている豊田先生
▲能登半島にて。豊田先生のまわりで白くなっている部分はもともと海底だったところで、2024年1月1日に発生した能登半島地震で4メートル以上隆起したことで地上に現れました。1人1人ができることをやらねばと思い起こさせてくれる風景だそうです

ただし、能登半島ではいまだに震災や豪雨災害からの復興活動が続いていることもあり、沿岸域の生物調査には制限があるのが現状です。このような状況の中ではありますが、能登半島内外の調査協力者を増やすことが微力でも能登の復興を後押しできればという思いで活動を続けています。私の調査への参加方法は現地に来られなくてもできるものがあります。もちろん、高専生にもです! ご協力いただける方がいらっしゃれば、ぜひお声がけいただきたいです。

豊田先生のお子さまや、その友達と協力して、能登半島のアカテガニの生態調査を行った様子
▲豊田先生のお子さまや、その友達と協力して、能登半島のアカテガニの生態調査を行った様子

―高専生へのメッセージとして、特に伝えたいことはありますか?

私が高専での7年間の経験から学んだのは「マイノリティであることの強み」です。独自の視点で物事に取り組み、他とは異なる分野や方法で進んでいくことが自身の強みであり、それが現在のキャリアに生かされていると感じています。

特に高専に進まれたみなさんは、マイノリティであるという自分の強みを言語化することが大事だと思います。私自身、今後もミジンコや日本海の生態系に関する基礎研究を通じて、自身の専門分野をさらに広げていきたいと考えています。

豊田 賢治
Kenji Toyota

  • 広島大学 大学院統合生命科学研究科
    テニュアトラック助教

豊田 賢治氏の写真

2008年3月 新居浜工業高等専門学校 生物応用化学科 卒業
2010年3月 新居浜工業高等専門学校 専攻科 生物応用化学専攻 修了
2015年3月 総合研究大学院大学 生命科学研究科 基礎生物学専攻 5年一貫博士課程 修了
2015年4月 基礎生物学研究所 NIBBリサーチフェロー
2016年2月 日本学術振興会 海外特別研究員(英国・バーミンガム大学)
2017年9月 和歌山県立医科大学 特別研究員
2018年4月 日本学術振興会 特別研究員PD(神奈川大学)
2020年6月 新潟大学 佐渡自然共生科学センター臨海実験所 特任助教
2022年10月 金沢大学 環日本海域環境研究センター臨海実験施設 特任助教
2024年4月より現職

SHARE

この記事のタイトルとURLをコピーしました

新居浜工業高等専門学校の記事

クラゲと生物の共生関係に魅せられて13年。幼少期の原体験が天職に巡り合わせてくれた
陸・海・空のものづくりを通して、「三現主義」を実践
社会ニーズにあった「ものづくり」を目指して。福祉機器開発と、新居浜高専の“AT特別課程”

アクセス数ランキング

最新の記事

自分の考えを発信して、世界を拡げてほしい。自分の人生を楽しくするために変えた考え方の軸
どんどんと分かるようになった“目で見て感じる”生命の魅力。日本海の生態系の変化を追う
世界の研究者と肩を並べる廃水処理研究! 経験を活かし高専生の国際交流教育にも注力