鹿児島高専を卒業し、現在は産業技術総合研究所で研究されている黒田恭平さん。以前は北九州高専や都城高専でも務められていました。高専生のときから行ってきたバイオ研究の変遷と内容、そして高専生に対する思いについてお伺いしています。
「どうせなら1番体育会系に」と、鹿児島高専サッカー部へ
―黒田さんは鹿児島高専の土木工学科を卒業されています。
もともと、大工や土木作業に興味があったので、土木工学科に入りました。どちらかというと、研究より現場の方に憧れがありましたね。
しかし、本科5年生のときに所属した山内・山田研究室で、廃棄物を再利用して有価物をつくる研究や、産業廃水を嫌気的(酸素がない)条件下で処理する過程でエネルギーをメタンガスとして回収する研究について熱心な説明を受けました。
これらの研究は、生物を扱うことで有用資源を得るという「環境バイオ技術」であり、当時の私にとって全く未知の領域でした。知的好奇心が刺激されました。
例えば、下水汚泥には窒素やリンなどのたくさんの栄養分が含まれていているのですが、当時は有用な有機物として扱うことが少なかったんです。まだまだたくさんの可能性がこの分野には秘められていると思い、山内先生と山田先生がご卒業された長岡技術科学大学の水圏土壌環境制御工学研究室(現:水圏土壌環境研究室)へ進学しました。
―土木工学では「環境バイオ技術」も扱うんですね。
土木工学には「環境工学」という枠組みがあり、「環境のリサイクル」がもともとの理念にあります。あと、下水処理などは国土交通省が管轄ですし、大手の建設企業は廃水処理施設をつくったりしていますね。このように、土木工学で廃水処理に関わることは、実はよくあることなんです。
―鹿児島高専ではサッカー部で活動されていらっしゃいました。
月刊高専でも取材された北薗先生に、当時はコーチとしてご指導いただきました。監督は山崎亨さん(現:九州サッカー協会 名誉会長)で、鹿児島県のサッカーの礎を築いた方です。
中学生までも部活動は体育会系だったので、「どうせなら高専では1番体育会系な部活動に入ろう」と入部し、すごく充実した生活を送らせていただきました。下手なりに熱心にサッカーをしていたので、特に低学年時代の学業面ではあまり良い学生ではなかったかもしれませんが(笑)、ノートの取り方を工夫したりなど、時間を意識して効率的に取り組むことで徐々に成績を伸ばしていたのを覚えています。
また、土木工学科には優秀な学生がたくさんいたので、よく教え合ったりしていましたね。「みんなで助け合う」——これは土木において重要な精神です。土木は1人でできるものではありませんので。アクティブ・ラーニングの精神にも共通していることだと思います。
修士・博士後期課程で、「刺激的な5年間」を過ごす
―大学卒業後は、長岡技術科学大学大学院にも進学されています。
山口隆司教授、幡本将史准教授(当時助教)の下で廃水処理や環境微生物生態工学に関する研究を行いました。修士課程では1年半の間、つくば市の産業技術総合研究所(以下、産総研)生命工学領域バイオメディカル研究部門で技術研修生として、博士後期課程では1年半の間、イリノイ大学アーバナ・シャンペーン校でVisiting Scholarとして研究を行いました。
産総研では、現在の上司であり、私にとってスーパーマンである関口勇地総括研究主幹(当時研究グループリーダー)から、毎日親密に指導いただきました。この時代がなければ、後の博士後期課程をやり遂げることはできなかったと思います。
博士後期課程で研究していたイリノイ大学アーバナ・シャンペーン校は、土木環境分野においても世界で指折りの大学です。同校はコンピュータ関連の研究でも有名ですね。私はウェット(手を動かして細胞などを取り扱う生物学的な実験)とドライ(コンピュータだけでの解析・実験)を融合させた研究をしていますが、その知識的なところも学んでいました。
この修士と博士後期課程の中で、関口さん以外にも、現在の上司となる成廣隆研究グループリーダー(当時主任研究員)、同僚となるMasaru K. Nobu主任研究員、Ran Mei特別研究員(2人は当時イリノイ大学の大学院生)、これまで技術研修生を数多くご派遣いただいている北海道大学 佐藤久教授など、優秀で人間的にも素晴らしい方々との出会いがたくさんありました。この5年間はとても刺激的な毎日で、私の研究人生の礎を築くためにとても重要な期間だったと思います。
―その後、北九州高専や都城高専で勤められた理由は何でしょうか。
これまでの経験を高専生へ還元したいという思いがあったからです。長岡技術科学大学の山口隆司教授、豊橋技術科学大学の市坪誠教授(当時長岡技術科学大学教授)、宇部高専の油谷英明教授(当時北九州高専教授)、中村成芳准教授、岡田美鈴准教授のお力添えやご指導を頂き、高専生が世界や日本全体で活躍する下地をつくるためのジェネリックスキルの向上に力を入れ、アクティブ・ラーニングの普及やSDGs教育の推進などを行いました。コミュニケーション能力や提案力、周りを巻き込む能力も高めるよう努めました。
また、「教育と研究」を両立するため、研究室の学生には論文・学会発表を積極的に行ってもらいました。都城高専の3年間ですと、指導した学生が高専機構理事長表彰を4件、学会賞を10件、アイデアコンテストやイベントなどでの表彰を5件(サイエンスアゴラ賞など)受賞することができました。
なぜこのようなことをしたのかというと、高専生は最先端の研究に触れ、外の世界(学会など)を経験しないといけないと思ったからです。企業や大学などとの交流も重要視し、高専生が早く自立心を持てるように教育していました。
そして、そういう教育をする以上、「私自身も世界で戦える研究者である」と学生に堂々と示せるように頑張っていました。また、私はいつも言っているのですが、高専生は優秀ですので、もっと国内外で目立って活躍できるような人材になってほしいと思っています。そのため、「高専生はできれば修士課程まで進学してほしい」とも思っており、少なくとも「お金がないから進学しない」という選択をしないでほしいと考えていました。
私自身、大学の特待生制度、学術振興会の特別研究員や奨学金の返還免除によって、修士から博士の5年間は一切学費を払っておらず、アルバイトもしていませんでした。奨学金や学費免除などの支援制度が充実している大学は多いですので、お金が理由で簡単に進学をあきらめないでほしいなと思いますし、進学することで職業選択の幅が広がり、将来的にやりたいことが見えてくるのではないかと思います。
困ったときには担任や研究室の教員に真剣に相談してみると良いと思います。また、私の場合は両親からの支援なども助けになっていました。特に美味しいお米などの食糧品等を送っていただけたことは、私の食生活にとって重要でした。
微生物で、PET製造過程に効率的な循環をつくる!
―黒田さんは現在、産総研で研究されています。その内容について教えてください。
「複合微生物を活用した水処理システムや農作物栽培圃場などといった土壌水圏環境での微生物生態の解明」を基盤とし、現在の生産プロセスを「革新的な循環型生産プロセス」に転換させようとしています。現在の一般的な生産プロセスでは、製造過程で発生する廃水や廃棄物を有効利用できておらず、大部分が燃焼や埋め立て、農作物へそのままの状態で土壌還元されるような状態になっているんです。
ですので、その生産プロセスを変え、世界的な環境問題や地域課題を解決しようと、「持続可能な新規バイオテクノロジーの開発」に関する研究を行っています。
最近の成果では、例えば「ペットボトル原料製造過程における難分解性廃水の効率的な処理に成功」したり、「PET関連物質を酸素の無い環境で分解する微生物を発見」したりしています(※PET:ポリエチレンテレフタレート。ペットボトルや一部の繊維はPETを材料としてつくられる)。
ペットボトルの製造プロセスを考えると、石油原料からキシレン等が製造され、高純度テレフタル酸やテレフタル酸ジメチル(PETの原料になる物質)を生成し、エチレングリコールと重縮合させることで、PETを合成しペットボトル製品となるのですが、この過程でさまざまな「廃水」や「廃棄物」が生まれます。この廃水や廃棄物の効率的な処理が課題となっているんです。
まず廃水は、難分解性の芳香族化合物を含むので、処理が難しく、莫大なエネルギーが必要です。そして廃棄物は、「環境中(海底など)だと人間にどのような悪影響を与えるのか?」「本当に(海底など、酸素の無い状況下で)微生物は分解できないのか?」を理解しないと、環境影響に対する評価がそもそもできません。
ですので、先ほどの2つの研究成果は、PETの製造過程を効率的に循環させるためのシステムづくりにつながってくるわけです。そのほかにも「PET原料製造廃水処理の中核を担うメタン生成アーキアに寄生する超微小バクテリアの培養に成功」というトピックも、私の中ではホットですね。
―黒田さんの研究における「具体的な目標」は何でしょうか。
日本のプラスチックのリサイクル率は、マテリアルリサイクル(※1)だと22%ほど、ケミカルリサイクル(※2)だと3%ほどで、残りはサーマルリサイクル(※3)や廃棄になっています。そして、バイオリサイクルは0%です。
(※1)プラスチックごみを粉砕等して、再度プラスチック製品にするリサイクル
(※2)プラスチックごみを化学的な処理で分解し、原料にしてから再利用するリサイクル
(※3)プラスチックごみを燃やした際に得られる熱エネルギーを回収するリサイクル。燃焼を伴い、また、新たな製品原料をつくる方法ではないので、世界的には「リサイクル」として認められていない場合が多い。
ですので、目標としては「バイオリサイクルをケミカルリサイクルと同じくらいの率にする」もしくは「ケミカルとバイオを組み合わせて、すべての循環をまわせるようにする」を挙げています。
あと、PETはエチレングリコールとテレフタル酸ジメチルが組み合わさってできているのですが、エチレングリコールを植物由来に代えてつくると「バイオマスPET」になります。現在の市場は1%にも満たないですが、これの普及も目指していますね。
1%が2%になるだけでも大きな市場拡大ですし、現在伸びている分野なので、新規参入のチャンスでもあります。こういうところで高専がチャレンジしてみるのも面白いかなと個人的には思いますよ。
―高専での学びや姿勢は、現在どのように生かされていますか。
これまでいろいろな方々と出会い、幅広い分野で恩師から学びました。その方々から教えていただいたマインドをうまく融合していると思います。
あと、チャレンジを恐れない精神も培われたと思いますね。手を挙げられるときに手を挙げることは実は1番難しいことですが、手を挙げなかったばっかりにチャンスを逃して成長できないことが世間ではよくあります。ですので、私自身、できるだけ厳しいところに挑戦し、成長できると思ったら手を挙げてきました。
高専生のみなさんには、自分を育ててくれる尊敬できる人や成長できる環境を見つけて、そこに飛び込んでほしいと思います。大学に進学するにしても、有名だからという理由ではなく、先生や研究環境をきっかけに進学してほしいですね。これは就職する際も同じだと思います。
―産総研も、そのような場所だから勤めているのでしょうか。
私が学生のときに出会った産総研の研究者の方々は憧れの存在でした。そして今は、産総研に対して魅力を持ってもらえるような人材になることが、私の使命だと思っています。高専の外側である今の立場だからこそ、最先端の研究などを高専生に還元することで高専を支えることができるのも、産総研の魅力ですね。
黒田 恭平氏
Kyohei Kuroda
- 産業技術総合研究所 生命工学領域 生物プロセス研究部門 微生物生態工学研究グループ 研究員
2009年3月 鹿児島工業高等専門学校 土木工学科(現:都市環境デザイン工学科) 卒業
2011年3月 鹿児島工業高等専門学校 専攻科 土木工学専攻(現:建設工学専攻) 修了
2013年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 環境システム工学専攻 修士課程 修了
2016年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 エネルギー・環境工学専攻 博士後期課程 修了
2016年4月 北九州工業高等専門学校 生産デザイン工学科 特命助教
2017年4月 都城工業高等専門学校 物質工学科 助教
2020年4月より現職
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