舞鶴高専で橋梁を研究されている玉田和也先生。社会基盤メンテナンス教育センターのセンター長として、橋梁点検技術の教育にも尽力されています。橋梁に関するさまざまな取り組みや、高専に対する思いなどをインタビューしました。
「学歴不問」で橋梁点検技術を学べる意義
―橋梁を研究するようになったのは、いつからでしょうか。
明石高専での卒業研究からでした。タイトルは「橋の自動設計プログラムの開発」です。
大学や大学院のころは「橋の最適設計プログラムの開発」を研究していましたし、その後に就職した駒井鉄工(現・駒井ハルテック)でも引き続き企業レベルで開発を行っていました。ですので、橋の設計だけでなく、プログラミングもずっと好きだったということになります。
というのも、計算した通りに橋が変形するのが面白くて、楽しかったんですよ。これぐらいの重さのトラックが走ると、橋がこれぐらいたわむだろうというコンピューターでのシミュレーションが、現場でもその通りになるんです。「シミュレーション通りに橋が動くこと」と「橋の動きをいろいろシミュレーションできること」に魅力を感じていました。
学生時代の研究も橋、企業でも橋、そして高専教員の今も橋ということで、好きな橋にずっと携わることができています。本当に幸せなことですよね。
―現在の取り組みについて教えてください。
舞鶴高専にある社会基盤メンテナンス教育センター(iMec)でセンター長を務めているのですが、ここでは「橋梁点検に関する教育プログラム」を実施しています。
日本には橋梁が約72万橋あり、1970年代前後の高度経済成長期につくられた多くの橋梁は寿命が差し迫っているのですが、知識や技術の伴っていない人が点検してしまっているのが現状です。それをこのプログラムで改善したいと考えています。
プログラムには複数のコースがありますが、受講者の基本的な流れとしては、eラーニングによる学習を行った後、実際にiMecにお越しいただいて、「iMec講習会」を受けてもらいます。iMecには様々な劣化サンプルや初期欠陥サンプルがありますので、どのような損傷があり、どのように点検すべきかが具体的に学べるのです。
そして、最後に行う試験に合格すると、コースごとに指定された橋梁点検の技術資格を得ることができます。
このプログラムの大きな“売り”は「学歴不問で受講できること」ですね。同様のプログラムは大学でも行われていますが、受講するには一定の資格が必要なのです。
それだと、異業種の方はなかなか受講できません。受講者の中には、高専生や地方自治体の職員、民間の土木技術者などといった方々に加えて、例えばドローンの操縦者もいらっしゃいますからね。「なぜドローン操縦者?」と不思議に思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、最近はドローンで橋梁を点検することがあるんです。
ただ、「ドローン操縦者」は存在するものの、「橋梁の知識を持っているドローン操縦者」はめったにいません。そこでiMecが本領を発揮します。私たちは15歳の高専生に工学を教えるノウハウを持っていますので、ある意味“初心者”の方々に対して教えることが得意なんです。
講習会の様子を見てみると、「橋梁を利用している人たちの役に立ちたい」という思いを強く抱いている社会人が多いですね。会社の売上を気にしつつも、そのような社会的意義をしっかり持っていただいているのは嬉しいことです。
あと、プログラムに取り組んで本当に良かったなと思ったことがありまして。それは、2020年に舞鶴クレインブリッジの部品に損傷が見つかったときでした。その損傷は、橋を管理する舞鶴市の職員が発見したのですが、実はその方、このプログラムの出身者だったんです。舞鶴市の職員の半分ほどは受講していただいていまして、その成果が出た瞬間ですね。
昔の橋梁形式を、現代に復活させる
―このプログラムを行うことになった経緯をお伺いしたいです。
きっかけは舞鶴や周りの市町村の技術者に対して毎月行っている講習でした。ちなみに今でも続けていて、来週で106回目です(取材当時)。その講習をしていくうちに、技術レベルをもっと向上させないといけないと思い、2014年から社会基礎メンテナンス教育センターをスタートしました。
当初は基本的に私がプログラムの内容を考えていましたが、2018年以降は「KOSEN-REIM(KOSEN型産学共同インフラメンテナンス人材育成システムの構築)」として連携しながら開発しています。KOSEN-REIMは北から福島高専・長岡高専・福井高専・香川高専が連携高専としてあり、そのほか長岡技科大や放送大学、連携企業が関わっている事業です。
―今後の展望について教えてください。
公民館や市庁舎、病院などといった公共建築の点検技術を育成するための講習会も設けたいなと思っています。というのも、公共建築を管理している地方自治体には、確かな点検技術を持っている人があまりいないのです。
例えば、屋根にある防水層はこまめに取り替えていると費用はそんなに掛からないのですが、ほったらかしにすると、のちのち莫大な費用が掛かってしまいます。いざ公共建築が使えなくなると、その損失額は計り知れません。使えなくなってからでは遅いので、点検技術をちゃんと伝えたいなと思っています。
あと、橋梁点検技術者をアシストする「橋梁点検員支援AI」の開発も目指しています。橋梁の構造や部材の名称、構造形式、曲げモーメント図などの断面力図、点検する際の重要ポイントなどが把握でき、点検に生かすことができるよう、苦戦しながら開発中です。
例えば、点検する橋梁の写真をAIに読み込んだら、橋梁の各箇所でどれくらいの力がかかっているかを踏まえたうえで、その橋梁専用の点検チェックリストが出てくるような機能を目指しています。
―そのほか、橋梁に関する取り組みは行っているのでしょうか。
「災害を受けた橋梁の早期復旧」があります。これは、2018年に兵庫県養父市から「橋が壊れたので、新たに橋をつくってほしい」と依頼されたのがきっかけです。当時本科5年生だった安藤君が担当者として活躍してくれ、私も必要に応じてフォローや設計などを行いました。
その橋があったのは、「日本の滝100選」に選定されている「天滝」への遊歩道でした。山奥なので車では行けず、冬には大雪が降りますので、新たな橋をつくる際に必要な条件として「材料は人力輸送になるため、1部材あたりの重さを20kg以内にする」「積雪に耐えられる安定性を持ち、長期的に使用できる」が挙がりました。そのほかにも「景観性を保つ」「半年以内で完成させる」といった条件もありました。
その条件を満たすために決めた橋梁形式が「トラス橋」です。その中でも「ボーストリングトラス」と「ポニートラス」の形式を採用しました。ボーストリングトラスは「アメリカの鉄橋建築の父」ことホイップルが1840年に広めたもので、景観性や施工性に優れています。また、ポニートラスは路面上に部材がない形式なので、耐雪性を考慮して採用しました。
橋梁形式が決まった後は、設計計算、構造模型の作成、仮組み立て、運搬・架設、立体解析、「寿命100年を実現するための維持管理マニュアル」作成を行いました。今回採用した橋梁形式は古い技術でしたので、設計計算は手計算になり、安藤君も苦労していましたね。結局、無事に完成したのは、雪が降るギリギリ前の2018年12月でした。
現在も養父市から橋づくりのご依頼をいただいておりまして、プロジェクトも進行中です。昔の橋梁技術を現代に復活させようと奮闘しています。
昔の橋梁形式には知恵が豊かに反映されていますからね。経済性を考えると現代ではあまり採用されませんが、人力でないと材料が運べないところに橋を架けるとなると、昔の形式が最適です。かつては人力ですべて建てていたんですから。
高専への愛「私は高専に救われた」
―学生への教育については、どのようなことをされていますか。
追試学生へのアンケートや学生ヒアリングを通して、構造力学をどのように勉強して、理解して、楽しんでもらうかを目下研究中です。構造力学は決して難しいものではないと思っているものの、学生にとっては難しいようでして。私のことを「嫌い!」と言う学生もいるのですが、私のことは嫌いにならないでほしいです(笑)
中学校までの勉強とは違い、構造力学の勉強で重要なのは「答え」より「解き方」だと思います。構造力学にはパターンが無限にありますので、それぞれ答えを覚えていたらキリがありません。ですので、土木や橋梁における共通言語を理解し、例えば「力のつり合い」を把握することで、すべてに通用する解き方が身に付くはずです。
学生の苦手意識を解消するために、自作教科書を題材とした教育動画、公文式学習法を取り入れた構造力学プリント集や動画教材の作成など、いろいろと方法を試行錯誤しています。
―最後に、未来の高専生に対してメッセージをお願いします。
少し暗い話で申し訳ありませんが、家の収入レベルによって、教育レベルに格差が発生していることが問題視されていますよね。そんな中、高専は安い学費で高等教育を受けることができるという、ある意味「日本教育界の最後の砦」だと私は思っています。
私自身も、実家の収入が低く、大学進学が厳しかったこともあり、明石高専に進学しました。結局大学には進学したのですが、そのとき母は就職してほしいと泣いていました。でも、父が無理やり背中を押してくれました。そのおかげもあって、現在の私があります。
私は高専に救われました。だからこそ、高専に対する愛があります。実際、私の娘2人も高専に進学しましたからね(笑) 高専では自立心を持って頑張る学生たちが、互いに協力して学力や人間力を高めあっています。門戸も広いですので、ぜひ来ていただきたいですね!
玉田 和也氏
Kazuya Tamada
- 舞鶴工業高等専門学校 建設システム工学科 教授
社会基盤メンテナンス教育センター センター長
1985年3月 明石工業高等専門学校 土木工学科 卒業
1987年3月 長岡技術科学大学 工学部 建設工学課程 卒業
1989年3月 長岡技術科学大学大学院 工学研究科 建設工学専攻 修士課程 修了
1989年4月 駒井鉄工株式会社(現・株式会社駒井ハルテック)
2005年3月 大阪大学 学位 博士(工学)
2007年4月 舞鶴工業高等専門学校 建設システム工学科 准教授
2009年1月より現職
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