
木更津高専の電子制御工学科を卒業し、しばらく社会人として働いたのち、一念発起して大学に編入した吉田恵梨歌さん。きっかけは、焼酎が有名な宮崎県に足を踏み入れたことでした。その後、創業100余年の「霧島酒造」に就職し、春からは独立予定。吉田さんのキャリアについてお話を伺いました。
将来性を考えて高専へ
―木更津高専に進学した理由を教えてください。
私が小学生の頃、戦後初めて上場証券会社が倒産する出来事がありました。絶対に潰れないと多くの人が信じていた会社が破綻に追い込まれたのは子どもながらに衝撃で、「“絶対”なんてこの世の中にはないんだ」と思ったことを覚えています。
そのため、将来はできるだけ食いっぱぐれない仕事に就きたいという思いを常々抱いていました。当時「今後はファクトリーオートメーション(FA)の発展で人間の仕事がなくなっていく」と言われていて、中学生になり進路を考える頃には「だったら、自分は機械をつくる側に回ろう」と考えました。我ながら、なかなかリアリストな中学生だったなと思います(笑)
そうした仕事に就くためには大学に行くべきだという思いはありつつ、家の金銭事情的にそれは叶わない夢だろうとも、早いうちからわかっていました。そんなときに、高専の存在が浮かんだのです。高専なら、5年の間に専門的な知識を学べますから、むしろここ以外に選択肢はないとさえ思いました。もともと学区内に木更津高専があったこともあり、高専は身近な存在でした。
―高専で印象に残っているエピソードはありますか。
入学して最初の小テストで、100点満点中8点をとってしまったことでしょうか。それまでは数学の学力にそれなりの自信があったので、唖然としました。これはしっかり勉強をしないとついていけないぞ……と。しかし、誰かのお手本になれるような学生ではありませんでした。
学費は奨学金とアルバイト代から自分ですべて支払っていたので、授業と部活の時間以外はアルバイトばかり。ロボット研究同好会に所属して高専ロボコンの大会に出場したこともありますが、周りについていくのがやっとでした。
そんな5年間を過ごす中で、将来の夢はあまり定まらなかったものの、ただ漠然と「いつかは別の分野で大学に行けたらいいな」という思いを抱くようになりました。私は電子制御工学科に在籍していましたが、今にして思うと、その分野一本でやっていける自信がなかったのかもしれません。
―高専卒業後の進路はどのようにして決めましたか。
入学当初から変わらず、進路は就職一択でした。とはいえ、どんな仕事が自分に合っているのかわかりません。ただ「いずれは起業をするのも面白そうだな」とは思っていました。自分のキャリアを会社や組織に握られるのが嫌だったからです。
そこで、就職するなら起業をして成功している人の近くで働きたいと、ニッチな分野でトップシェアを持つ産業機械メーカーに就職しました。ところが、諸々の事情から9カ月で辞め、次は友人からの声かけで中規模の精密機器メーカーに転職します。
そんなときに、リーマンショックによる不況で世の中が激変し、私も部署統合により宮崎県に転勤することになったのです。ここが、人生のターニングポイントでした。
人生を変えた宮崎県
―宮崎県での暮らしは、いかがでしたか。
宮崎といえば、やはり焼酎です。もともとお酒が好きだったこともあり、知らない土地に行く不安よりも、ワクワクのほうが勝っていました。実際に住んでみると、ごはんもおいしいし自然も豊かで本当に居心地が良く、休日のたびに自転車であちこちに出かけていました。
そうこうしていると、次第に酒類の醸造に興味が湧くようになったのです。宮崎は、焼酎をはじめ味噌や醤油の製造も盛んで、とにかく「醸造」に縁が深い場所。やがて、その興味は「醸造の知識を理屈から体系立てて学びたい」という想いに変わっていきました。さらに、高専生の頃に「いつかは別分野で大学へ」と考えていたことを思い出し、退職して醸造や発酵について学べる大学に行こうと決心したのです。
まずは3年次に編入をして2年で卒業できる学校を探しました。1年次から入学するとなると学費が膨大にかかりますから、できるだけ無理のないようにしたかったのです。とはいえ、3年次編入が可能だからといってどんな大学でもいいわけではありません。そこで条件に合致したのが、全国の酒蔵の子弟が多くいる、東京農業大学の応用生物科学部 醸造科学科でした。
―東京農業大学での生活はいかがでしたか。
試験の1カ月半ほど前に会社を退職し、そこから上京して勉強の日々。努力が実り、晴れて大学生になってからキャンパスに通う日々は、本当にかけがえのないものでした。ここでも奨学金を借りながら長時間アルバイトをし、学費を稼ぐ日々は大変ではありましたが、意欲があれば学び放題の環境に身を置けるありがたさを、毎日噛み締めていました。
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あまりに勉強が面白く、発酵の本体である代謝反応をもっと工学的にシミュレーションできないかと思い、システム生物学を専攻するために九州大学大学院にも進学しました。ここで師事した先生は高専出身で、化学工学を学んでいたが現在は農学部で学生を指導するという、ちょっと不思議なキャリアの持ち主でした。
その先生の言葉で今でも忘れられないのが「自分を成長させるのに一番良い方法は、環境の違う場所に身を置くことだ」です。当時は研究がまったくうまくいかずに挫折しかけていたので、「あえてレベルの高い場所にいく」ことが自分の可能性をさらに伸ばすのだと思うと、気持ちが引き締まりました。
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―修士課程を終えた後は、霧島酒造に就職されました。現在のお仕事について教えてください。
当初、醸造機器のメーカーなども候補に入れていたのですが、やはりお酒をつくることに関わりたいという思いを捨てきれず、霧島酒造に就職しました。何より、宮崎に戻りたい気持ちが強かったのです。新卒として入社後は、研究開発部門、焼酎粕処理部門の設備担当を経たのち、現在は製造部門で設備管理や保全といった生産技術系の仕事を担当しています。
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せっかく高専で工学を学んだのにそれを捨てて農学の道に進むなんてと言われたこともありましたが、私は工学を学んだからこそ今があると思っています。高専の電子制御工学科は、機械も電気も情報も網羅的に学べる学科です。ここで5年間みっちりと基礎を培ったことが引き出しの広さにつながっていますし、現在の仕事をする上でも非常に役立っています。
何より、大学に行ったことで機械や電気設備への理解に加えて生物化学ベースの発酵知識を身につけることができました。いわゆる「π型人材」(2つ以上の専門性と、幅広い知見を兼ね備えた人材)になれたのです。辿ってきた道は何一つとして無駄ではなかったと、実感しています。

高専在学中に夢見た「起業」の道へ
―今後の目標を教えてください。
2025年5月に霧島酒造を退職し、このまま宮崎県で食と農の分野に向けて技術的なサービスを提供する会社を起業します。
これまでの経験や知識をもっと多くの会社に役立てられないかと考えたことが、起業を決めたきっかけでした。今後は中小企業や個人事業の方々が抱えるさまざまな問題解決に貢献したいと思っています。
―高専生にメッセージをお願いします。
私自身もそうだったように、高専在学中は就職か進学かの2択で進路を考えがちです。私も、そのことで非常に悩みました。でも、「就職後に進学する」「全く違う分野に進学する」という選択肢もあります。
進路を変えることを不安に思う必要はありません。これまでの経験はどこかで繋がっていて、決して無駄にはならないと、岐路に悩んでいる方へはお伝えしたいです。誇れるような高専卒業生ではありませんが、私のキャリアが背中を押すきっかけになれば、これほど嬉しいことはありません。
―最後に、霧島酒造でおすすめの商品があれば教えてください。
たくさんありますが、「霧島《宮崎限定》」ですね。アルコール分が20%と通常の焼酎よりも飲みやすく、非常にふくよかな味わいが楽しめます。宮崎県内の販売店のみで取扱っている商品ですので、成人済みの方は宮崎にお越しの際は、ぜひ手にとっていただけますと幸いです。
吉田 恵梨歌氏
Erika Yoshida
- 霧島酒造株式会社 製造本部 製造部 設備課 主任

2006年3月 木更津工業高等専門学校 電子制御工学科 卒業
2006年4月 メーカー勤務
2013年3月 東京農業大学 応用生物科学部 醸造科学科 卒業
2015年3月 九州大学大学院 生物資源環境科学府 生命機能科学部門システム生物学講座 博士課程前期 修了
2015年4月 霧島酒造株式会社、のちに現職
2025年3月 合同会社アグロス・テクニカル 設立
木更津工業高等専門学校の記事


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