佐賀大学の理工学部 物理科学科(現:理工学科)を卒業し、大学院では素粒子物理学を専攻した弓削商船高専の牧山隆洋先生。高専で学生といっしょに進めている物理教材の開発など、これまでの研究内容から現在に至るまでの道のりをインタビューしました。
数少ない「物理科学科」を探して
―物理科学に興味を持ったのはいつ頃ですか?
大学では物理科学科を選択していますが、実は昔はあまり物理には興味ありませんでした。中学では英語が好きだったでしょうか。
高校の時、たまたま物理でいい点数が取れて、先生に褒められたのがきっかけだったかもしれません。普段は厳しい先生だったので、職員室に呼ばれた時は緊張しながら向かいました。
そんな先生がわざわざ「今回の物理のテスト、良かったぞ」と声をかけてくださった。その出来事を、今でも鮮明に覚えています。私にとってはそれが自信になり、以来自主的に物理の勉強をするようになりました。
—佐賀大学の物理科学科を選んだ理由を教えてください。
興味を持って調べてみると、全国の大学でも「物理科学科」というのは意外と少ないことがわかり、そのうちのひとつが佐賀大学でした。もともと長崎市出身で、高校も長崎市内だったので、佐賀ならすぐ近く。都心より静かな環境のほうが好きだし、祖父の影響で歴史が好きだったので、佐賀大学は最適だと思いました。
進学してみると、思っていた通り落ち着いた場所でした。当時住んでいた家の近くでは、朝6時にお寺の鐘がゴーンと鳴るんです。その音を聴いて、地元の長崎で同じ時刻に聴いていた教会の鐘の音を思い出しました。「ああ、地元といっしょだな」と(笑)
「教える」楽しさと喜びを知った学生時代
—大学・大学院での生活について詳しく聞かせてください。
大学に入ってから塾講師と家庭教師のアルバイトをはじめ、中学生や高校生に理科や物理を教えていました。また、大学院生の時には公務員専門学校の非常勤講師として物理などを教えていて、現在の仕事につながる経験だったと感じています。
最初は授業が「わかりやすい」と言われるとうれしくなり、自分で調べながら授業を工夫していくようになりました。理科や物理は自分も好きな教科なので、教えること自体も単純に楽しかったですね。途中からは個別指導がメインになり、伝え方や言葉を選びながら、相手に合った授業をしていくおもしろさを知りました。
その時に気づいたのは、準備の大切さ。現在、弓削商船高専では商船学科、電子機械工学科、情報工学科の3学科で、1・2年生の物理の授業を担当しています。それぞれの学科によって特性があり、将来必要とされる知識も異なるので、内容や教え方をアレンジしながら授業を進めています。また、板書の仕方やプレゼンのポイント、授業の進め方なども当時学んだことが多く、今の仕事に大いに役立っています。
—大学院での研究内容と、高専の先生を志した理由を教えてください。
素粒子物理学を専攻し、原子核内部の数値計算(プログラムを書いてシミュレーションする)をしていました。高校までで習う物理学は、手計算や座学がメインの古典的なものです。一方、大学や大学院で出会ったのは「現代物理」と呼ばれる最先端のジャンル。理論をもとに手を動かしながら学べる楽しさを肌で実感し、物理学のおもしろさにまさに魅了されていきました。
また、博士課程1年生の頃は、塾のアルバイトをしており、塾長とその奥様には大変親切にしていただきました。そして、その息子さんの一人が高専出身でして、「高専」の存在をあらためて認識したんです。研究も教育も好きだったので、そのどちらも仕事にできる高専の教員になりたい、と強く思いました。
そして、博士号を取得できた年に、本校の物理教員の公募が出ていたので、迷うことなく応募し、無事採用いただきました。
また、当時、学業以外にも夢中になったのが「熱気球」です。佐賀では毎年バルーンフェスティバルが開かれるほど熱気球がさかんで、熱気球クラブ「佐賀夢飛行」でクルーとしてバルーンフェスタに参加しました。
その後、社会人になって関東に移り、群馬県、埼玉県、茨城県、栃木県にまたがる渡良瀬遊水地で「夢飛行」に入り、「熱気球操縦士技能証明」を取得しました。
学生とともに物理教材を製作
—高専での授業や、その他の活動について聞かせてください。
私の担当は1・2年生の物理なので、授業の内容は普通高校とだいたい同じです。専門科目とリンクした学びを交えながら授業を進めています。3学科分の授業があるので、1週間でみるとけっこう忙しいですね。商船学科の2年生のクラス担任や弓道部の顧問、1年生の基礎学力向上に向けた取り組みを推進する「初年次教育室長」も務めています。
また、私は学生と物理のシミュレーションアプリを開発していて、現在一般公開もしているんです。この作品は、2021年度の学習デジタル教材コンクールで入賞しました。
そのほか、物理教材の開発も手掛けています。物理の授業で活用できるエンジン(熱機関)や振り子時計などを技術職員と協力してつくってきました。実習工場があり、技術職員が常駐していることは、高専ならではの特色でしょう。
—どんなものを製作したのか教えてください。
今年度の卒業研究生(電子機械工学科5年生 壷内勇希さん)とは、「ホイヘンスの振り子時計」を4月からつくりはじめ、6月についに完成しました。ホイヘンスは土星の環を発見したオランダの物理学者で、天体観測には正確な時刻が必要なことから、世界で初めての機械式振り子時計を発明、製作した人物。今から300年以上前の出来事です。
製作にあっては、一般公開されているデータをもとに、本校にある3Dプリンタを活用しました。設計どおりに組み立てても、最初はうまく動かなかったり、途中で止まったり、いろんな苦労があり……。みんなで相談しながらいろいろな工夫を重ねて、ようやく完成しました。結構長い間正確に時を刻むので、昔の人は本当にすごいなと思います。この振り子時計が動く様子は、学生が撮影してXでも公開しています。
私は素粒子物理で学位を取りましたが、高専の教員になってから「物理教育のほうがおもしろいし、やりがいがある!」と考えるようになりました。
モノづくりの環境がそろい、自分が開発したものをすぐに授業に実践できて、学生の反応を目の当たりにできる。知識豊富な学生から教えてもらうことも多く、自分自身の学びにもつながっています。高専はとても恵まれた環境がそろっていて、研究が教育に直結する場所だと実感しています。
おもしろいのは、月に1、2回程度ですが、学生寮の「宿直」の仕事があることでしょうか。本校は島なので寮生がたくさんいます。食堂では、元気あふれる学生たちといっしょに食事をとったり、研究の話をしたりすることもあります。こうして身近で過ごしていると、教師と学生ではありますが、「仲間」のような感覚が生まれることもありますね(笑)
—今後、取り組みたいことは何ですか?
物理に対する苦手意識を、少しでも減らしていくことです。物理は複雑で難しく、日常生活の役に立たない学問だと思われがちですが、電気にエンジン、車、家電など、身のまわりのものはほとんどすべて「物理」が支えています。
例えば、3Dプリンタなどを用いて教育の仕方や教材を工夫すれば、現象をリアルに感じることができ、苦手意識を克服するきっかけになるはずです。 高専では1年生から実習が豊富にあり、ものづくりの環境が整っています。技術職員のみなさんが技術面もサポートしてくれるので、安心して挑戦ができると思いますよ。また、寮生活で友だちと一緒に過ごす時間も、かけがえのない思い出になるはず。ものづくりに興味がある人は、ぜひ高専を進路の選択肢に入れてみてください。
牧山 隆洋氏
Takahiro Makiyama
- 弓削商船高等専門学校 総合教育科 准教授
2006年3月 クラーク記念国際高等学校 長崎キャンパス 卒業
2010年3月 佐賀大学 理工学部 物理科学科(現:理工学科) 卒業
2012年3月 佐賀大学大学院 工学系研究科 システム創成科学専攻 修士課程 修了
2013年4月~2015年3月 九州国際ビジネス専門学校 非常勤講師(公務員科、情報システム科)
2015年4月~2017年2月 株式会社英進進学教室 講師
2016年3月 佐賀大学大学院 工学系研究科 システム創成科学専攻 博士後期課程 修了
2017年4月 弓削商船高等専門学校 講師
2021年5月より広島大学 客員准教授
2022年4月より現職
(学生と協力して開発した物理のシミュレーションアプリを一般公開しています)
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