長崎大学大学院を修了後、アカデミックの道に進まれた森崇理(たかみち)先生。中学時代に実験にハマり、そこからは化学が大好きになったとのことです。世界で初めての化学反応を見つけられた森先生に、学生の思い出や、研究のお話、教育への思いを伺いました。
中学時代につくった「パクリスエット」
―森先生はどのような幼少期を過ごされたのですか。
いわゆるやんちゃな幼少期でした(笑) エアガンでサバイバルゲームをやったり、自転車で片道1時間以上かけてカブトムシを採りに行ったり、母によく怒られていましたね(笑)
外で遊んでばかりいましたが、小学校5年生のときに校区外に引っ越しをしてからは家で遊ぶことが多くなりました。自分で工作用方眼紙に設計図を書いて、立体的にアニメのキャラクターをつくったり、ミニ四駆で遊んでいたりしていたと記憶しています。
理科が本当に好きになったのは、中学生のときに出会った伊藤先生の影響です。ポカリスエットの成分を真似して、「パクリスエット」をつくって飲んでみたり、火薬を調合して花火をつくったり、アルミホイルを電子レンジで加熱してみたり……(笑) それまで「漠然と理科が好き」という感覚でしたが、そこから本格的にハマったんです。
高校時代も化学だけすごく成績が良くて、常に学年トップでした(笑) でも高校時代は座学ばかりで実験は全然出来なかったので、フラストレーションが溜まった状態で、長崎大学に進学しましたね。
―大学時代に恩師に出会われたそうですね。
木村正成先生と出会ってから、人生が変わりましたね。木村先生は有機化学が専門で、のちに私の卒業研究の指導教員となるのですが、木村先生の人柄や論文の凄さ、研究力、本当にすべてに魅了されました。
大学の先生ってあまり笑顔を見せない先生が多いイメージですが、木村先生は穏やかで冗談も通じますし、こんなに学生に対して気さくな先生がいらっしゃるんだと驚きました。そして、圧倒的に論文を書いていらっしゃったんですよ。質も世界的にかなり高いレベルで、研究室に配属されてから、自分がいかに井の中の蛙なのかを思い知らされましたね。
「新しい物質」を見つけたくて研究しているわけではない?
-卒業研究は、どのようなことをされたのですか。
木村先生の研究室での「ニッケル触媒を用いた多成分連結反応」に関する研究です。2010年に始めたのですが、ちょうどその年に同じ研究分野である「パラジウム触媒によるクロスカップリング反応」でR. F. Heck博士、根岸英一博士、鈴木章博士がノーベル化学賞を受賞されました。私がやっている研究はノーベル賞級の研究なんだと、すごく興奮したのを覚えています。
クロスカップリング反応や多成分連結反応は、「今までになかった新しい化学反応を生み出す」という研究なんです。実はクロスカップリング反応のおかげで、液晶分子が安く、効率的につくれるようになったので、ブラウン管から液晶テレビに一気に変わったんですよね。人類に貢献できるような新しい物質を生み出すことが最終的な目標ではあるんです。
しかし、これは私個人の考えですが、「こんな新しい物質をつくりたい!」という明確な目標があるわけではないんです。むしろ純粋な知的好奇心で、「これとこれを混ぜたらどうなるんだろう?」というところからスタートすることが多いです。試行錯誤の結果として新しい反応・新しい物質を生み出すことができています。
私が行っていた「ニッケル触媒を用いた多成分連結反応」の研究で分かったことは、普通、AとBの原料にニッケル触媒を混ぜて反応させるとCという化合物になる化学反応が、同じAとBとニッケル触媒を使っているのに、添加剤を加えたり、温度などの反応条件を変えたりすることで、DやEやFといった別の化合物をつくり出すことができたことです。
しかし、そのような「偶然」が見つかるのって、だいたい「1000に3つ」と言われています。だからこそ、ある条件下で新しい物質に変化していくことが分かったときには、本当に足が震えるほどの嬉しさがあるんですよ!
あとはその「偶然」を「必然」にするために、起こった反応を解明していきます。実は私の研究で、「非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)」の骨格が見つかりました。世界で初めての化学反応であり、これが博士課程に進んだ理由でもあります。最後まで納得いくところまでやりきることができたので、自信になりました。
-教員の道を選ばれたきっかけを教えてください。
大学生のときに、2008年にノーベル化学賞を受賞された下村脩先生の記念講演に参加させていただいたんです。その講演で下村先生が、「この時代に生きている皆さんは、すごく恵まれた環境にいるんだから、やりたいと思うことをやりたいだけやりなさい」と仰っていて、その言葉がずっと心に残りました。それもあって、私は進学を決意しています。
さらに、将来を考えたときに、「好きなことを好きなだけやれるのは、大学か高専の先生だな」と思い、アカデミックの道を志しました。それでご縁をいただいて、山口県にある公立大学でキャリアをスタートしました。
今までの常識を捨てて、非常識を拾う覚悟
―現在、森先生は福島高専にいらっしゃいます。教育に関する思いをお聞かせください。
私の教育方針は、「最先端の研究を通しての教育」と「失敗から学ばせる教育」です。
例えば学生に、「これが基本だ!」と言ってもなかなかモチベーションが上がらないですよね。でも、「最先端の研究が面白い」から入って進めていくと、「根底にあるものが実は一番大事で、それを使うからこそ最先端の研究ができる」と分かるんですよ。逆算ではありますが、「なぜこれが起こったか」から基本を学んでもらうのもアリなのではと思っています。
次に「失敗から学ばせる教育」ですが、今の教育は「いかに失敗しないか、どうずれば上手くいくのか」ばかりに焦点が当てられていると思うんです。すると、失敗したときに、その対処法が分からないですよね。だから私は「大いに失敗しろ」と学生に伝えていて、失敗したときに「どう対処すべきか」「なぜそれが起こったか」「次に失敗しないためにはどうすればいいのか」を考えてもらうようにしています。
私自身も、失敗をたくさん経験してきて、そこから学んだことの方が多いので、できるだけ学生に臨機応変に対応する力を付けてもらえるよう工夫しています。
―現在はどのような取り組みをされていますか。
今は福島高専で「新しい化学反応をつくる」研究を続けています。例えば、化学反応に使う触媒は1種類がセオリーだったのですが、複数の触媒(ハイブリッド触媒)を組み合わせた化学反応の研究を進めているんです。
複数の触媒を組み合わせると、「どこでどのような反応が起こっているのか」がブラックボックス化してしまうので、反応を解明するのが大変ではあります。しかし、そこが難しくもあり、面白い部分でもありますね。
例えば、アルコールを酸化させると水素を取り出すことができるんですが、その水素を取り出さずに還元反応に用いると、カップリング反応が併発するんです。これは複数の金属触媒を組み合わせることで初めて起こる化学反応です。1つのフラスコの中で様々な反応が協奏的に起こり「水素をつくり(酸化)水素をつかう(還元)新しい有機合成反応(カップリング)」として研究を進めています。
私のモットーは「昨日まで世界になかった反応で、明日の未来を変える分子をつくる」です。今までの常識を捨てて、非常識を拾うような覚悟で研究を進めているので、どんどん新しいことにチャレンジして、50年後、100年後の人類の未来の為に、有用な物質や化合物を生み出す研究成果を出していきたいですね!
―最後に、現役の高専生にメッセージをお願いします。
高専生はすごく恵まれた環境にいるんだから、やりたいと思うことをやりたいだけできる環境にいることに感謝しながら、日々を大切に過ごしてほしいと思います。私は高専を全く知らない環境だったからこそ、15歳からこんなに恵まれた環境で勉強や研究ができることが羨ましいです。それを存分に楽しんでもらいたいですね。
あと、私の好きな言葉の1つに「よく学び、もっとよく遊ぶ」があります。勉強や研究だけでなく、遊びもまじめに楽しんでほしいです。
私自身、今でも研究はすごく楽しいです。高専だったら、低学年でも研究ができる環境があります。自分が興味のある分野の専門の先生が近くにいると思うので、その先生を困らせる勢いで没頭してほしいですね。
森 崇理氏
Takamichi Mori
- 福島工業高等専門学校 化学・バイオ工学科 助教
2006年3月 長崎県立諫早高等学校 卒業
2010年3月 長崎大学 工学部 応用化学科 卒業
2012年3月 長崎大学大学院 生産科学研究科 物質工学専攻 博士前期課程 修了
2012年4月~2014年11月 日本学術振興会 特別研究員 DC1
2014年11月 長崎大学大学院 工学研究科 生産システム工学専攻 博士後期課程 早期修了
2014年12月 日本学術振興会 特別研究員 PD
2015年4月 山口東京理科大学 工学部 応用化学科 助教
2020年4月より現職
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