2023年4月、徳島県神山町に開校となる「神山まるごと高専」。テクノロジーとデザイン、そしてアントレプレナーシップ(起業家精神)を育成する独自の試みに注目が集まっています。今回は、ご自身も福井高専出身で、技術責任者としてZOZOTOWNのサービス開発にも携わった学校長の大蔵峰樹氏に、その狙いなどをお伺いしました。
「デザイン」「アントレプレナーシップ」に比重を置く
―学校長に就任されたのは2020年11月ですが、それ以降の学校長としての大きな取り組みを教えてください。
「カリキュラムを取りまとめること」と「文部科学省への認可申請書類の作成」の2点が挙げられます。
カリキュラムに関しては、情報工学を中心としつつ、デザイン能力とアントレプレナーシップの育成に比重を置くようにしました。アントレプレナーシップの育成は国立高専でも取り組んでいますが、それ以上に単位数を割いています。
しかし、その反動として、「一般科目をどれくらい残すべきか」が大きな課題となりました。国立高専機構のモデルコアカリキュラムに携わっていらっしゃる教員の方々にも何度かご相談し、様々なアドバイスをいただいたうえで、現状のカリキュラムに落ち着いています。
「文部科学省への認可申請書類の作成」に関しては、あとから教育関係者に聞くと、校長のする仕事じゃないみたいですね(笑) 膨大な作業量でしたよ。
―デザイン能力やアントレプレナーシップは、今の社会でどれほど重要なのでしょうか。
高専を卒業し、エンジニアとして生きてきた自分の経験から申しますと、デザイン能力の重要性の大きさに気づいたのは、ZOZOに入ってWebサイトをつくったときでした。「カッコいいモノをつくりたい!」「使いやすいモノをつくりたい!」——そのためにはデザイン能力が重要ですが、別の部分でも重要になります。
というのも、アントレプレナーシップにもつながりますが、新しいものをつくったり、世の中のニーズに応えたりする際の「課題発見能力」もデザイン能力の1つだからです。「何が求められていて、どういう仕組みをつくって、どのように顧客に体験してもらうか」を考えるのは「本質的なデザイン能力」であり、「見た目のデザイン能力」と同じく必要です。
しかし、モノをつくっただけでは何も起こりません。それは、ただの自己満足です。どのように世の中で使ってもらい、かつ、どのようなインパクトを与えるかを考えないといけません。アントレプレナーシップにおいて、起業や経営やマネジメントも確かに重要ですが、「何のためにやるのか」という「社会に対する意義」を考える方が重要なのです。
「エンジニアリング」「デザイン」「経営」全てできる人を目指す
―「エンジニアリング」「デザイン」「アントレプレナーシップ」すべてを理解することが重要なのですね。
そうです。社会に出ると、「つくる人(エンジニア)」「デザインする人」「経営する人」など、同じ会社内で役割が分担されているケースがほとんどですが、それでは最先端のスピードについていけません。
例えば、エンジニアとデザイナーとで喧嘩をすることがよくあります。「デザイナーのこだわりが理解できない!」とか「なんでボタンの配置を変える時間がないんだ!」とかですね。このような喧嘩は、お互いの仕事を理解していないから起こるんです。
しかし、「エンジニアリング」と「デザイン」どちらもできる人だったら、あっという間にモノがつくれます。「アントレプレナーシップ」も備わっていれば、自分1人で考えて、プロダクトをつくり、世の中に対してモノを提供することもできるはずです。
もちろん1人でできることは限られますが、「エンジニア」「デザイナー」「経営者」の3人が集まるのと、「エンジニアリング」「デザイン」「経営」全てできる3人が集まるのだったら、絶対後者の方がいいですよね。今後はそのような人材が求められると肌で感じていましたので、カリキュラムもそれに対応したのです。
―それでは、カリキュラムの概要について教えてください。
通常の高専のカリキュラムは専門科目を学ぶ時間がしっかりありますので、ここにデザイン能力とアントレプレナーシップ育成をただ単純に加えるのは無理があります。そこで、本校の専門科目である情報工学の内容をかなり削ぎ落としました。
具体的には、Webサービスの開発を基本とし、IoTを見据えた電子回路の基礎やコンピュータサイエンスも最低限組み込んだカリキュラムになっています。これによって空いたスペースに、「デザインの基礎」や「アントレプレナーシップ育成」を入れました。
「デザインの基礎」は、「デッサン」や「UI・UXといったWebやプロダクトのデザイン」などを通して、いわゆる「デザイン」を全部理解できるような構成にしています。また、知識だけでなく、アドビのイラストレーターやフォトショップなどといったデザインツールを実際に授業で使い、社会に役立つデザインスキルを身に付けてもらう予定です。
「アントレプレナーシップ育成」は、専門の授業も用意していますが、情報工学科目やデザイン科目と合わせた演習科目としても用意しています。各演習科目の中で自身が設定した課題を解決するという流れを低学年から行うことで、アントレプレナーシップ育成につなげようという狙いです。
また、カリキュラム外ではありますが、毎週水曜日に2名ほど「起業家講師」を本校にお呼びして、講演や学生とのディスカッション・交流などの時間を設けています。
この意図としては、第一線で活躍されている起業家やスペシャリスト、デザイナー、エンジニアといった方々が、なぜそこまで活躍できるようになったのか、その過程を知ってほしいからです。あと、このような方々って、学生から見ると雲の上の存在かもしれませんが、いざ話してみると、普通の人だったりするんですよね(笑) そういうことも合わせて知ってほしいのです。
地域連携!——その前にやるべきこと
―神山まるごと高専は、なぜ「徳島県神山町」にあるのでしょうか。
そもそも、「高専をつくろう→場所は神山にしよう」ではなく、「神山での新しい教育として何をすべきか→高専をつくろう」が順番として正しいです。
というのも、神山町は過疎化を防ぐために、これまで「アート・イン・レジデンス」や「サテライトオフィスの誘致」などを行ってきました。しかし、これはあくまで「大人を外から呼び込むためのもの」で、過疎という長期的な視野を持つべき問題に対する解決策としては不十分だったのです。そのため、「子どもたちへの教育」は外せない課題となりました。
では、神山町での新たな教育の理想は何なのでしょうか。神山町は5,000人程度の町です。新たに小中一貫校をつくるのは既存の小中学校とバッティングするのでダメ。同様の理由で高校やフリースクールもダメ。大学も5,000人規模の場所ではつくれないのでダメ。
となったときに、本校の理事長でもあり、もともと神山町にサテライトオフィスがあったSansan株式会社の代表取締役社長/CEOの寺田親弘さんが高専の存在を知り、以前からつながりのあった現地のNPO法人「認定特定非営利活動法人グリーンバレー」理事の大南信也さんと、「高専だったら神山での教育に理想的だ」と判断したのです。
―神山町と神山まるごと高専は、今後どのように関わっていくのでしょうか。
「すぐに、神山町と連携していきたい!」と胸を張って言いたいところですが、まずは、「本校を理解してもらい、信頼を得る」必要があると考えています。なぜなら、現地の方にとって、私たちはまだまだ「外部からやってきた、よくわからない人たち」だからです。
例えば、本校の学生や教職員の顔を覚えていただくことも、理解と信頼を深めるための1つの段階だと思います。神山町全体の本校に対する信頼を徐々に深めていったのちに、「連携して○○をやりましょう!」となれば嬉しいです。
「口だけじゃなくて、手を動かす人」に来てほしい
―1期生の募集については、どのような予定になっていますか。
秋ごろから正式に学生を募集し、12月ごろに入試を行う予定です。一般入試は「国語・数学および小論文(1次試験)」「ワークショップ(2次試験)」「面接」の3段階となっています。
ただ、1次試験は出題範囲を先にお伝えし、オンライン教材で学習したうえで試験してもらいますので、解答だけでなく学習プロセスも試験対象です。また、小論文では今回の試験および学習の振り返りを記述してもらいます。これらによって「個の能力」を、2次試験で「コミュニケーション能力やチームワーク力」を測り、面接を経て、合否を判定する流れです。
ちなみに、本校の学費は年間で200万円かかってしまいます。1学科40人しか受け入れられず、全寮制でもあるのが理由ですが、これでは富裕層の学生しか入れません。ですので、「学費の実質無償化」を目指しています。
しかし、本校は母体のないスタートアップであり、開校資金すら外部からの寄付で賄っている状況です。そんな中、奨学金の基金を毎年外部にお願いするのは現実的ではありません。
そこで、まず外部から資金を一気に集め、それを資産運用し、運用益を奨学金に充てるスキームをつくりました。現時点では、1期生の実質無償化は実現しています。
―最後に、神山まるごと高専を目指すみなさんにメッセージをお願いします。
私は出身がエンジニアベースですので、「モノづくりの力」に興味のある人に来てほしいです。今、モノをつくっていなくても構いませんし、会社をつくる手段としてモノをつくりたいという動機でも構いません。重要なのは「人に頼らず、自分でやる」ことです。「口だけじゃなくて、手を動かす人」に来ていただけると嬉しいですね。
あと、モノをつくるにしても、自己満足でモノをつくるのではなく、「誰かから感謝されるモノづくりやコト起こしをしたい人」に来てほしいです。困っていることに対してモノをつくってアプローチし、それを世の中にリリースすることで、多くの人から感謝される人材を育てたいなと思います。
神山まるごと高等専門学校
〒771-3310
徳島県名西郡神山町神領字西上角 および 徳島県名西郡神山町神領字大埜地
MAIL: info@kamiyama-marugoto.com
TEL: 088-677-1776
https://kamiyama-marugoto.com/
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