幼い頃から自然科学がお好きで、研究者としてのキャリアを経て高専教員となられた一関高専の中川裕子先生。科学の世界を志すきっかけや、海外でのポスドク経験から得た学び、高専の学生に伝えたい思いに迫りました。
自然科学に魅せられた子ども時代
―幼い頃はどんな子どもでしたか?
花の名前に詳しい母と、科学雑誌「ニュートン」を購読する父の元に生まれ、物心ついた頃から植物や生物の存在が身近にありました。中学に上がってからは、NHKで放送されていた「地球大紀行」に、はまっていました。生物の先生がユニークだったのも、自然科学に興味を持つうえで大きく影響していると思います。
高校では変わらず理系科目が好きでしたが、文系科目の成績の方が良く、3年生のギリギリまで進路に迷っていました。最終的には「自分のやりたいことをしよう!」と決意して理系を選択。当時はサントリーの青いバラの研究に興味を持っていたので、農学部のある東北大学へ進学を決めました。
ですが、大学に入学して間もなく、有機化学が得意でないと色素分野の研究は厳しいことが判明。全ての生物に共通し、生命の仕組みに迫ることのできる「育種の研究」にシフトしました。
自ら飛び込んで、興味のタネを見つけよう
―大学院への進学を選んだ経緯を、教えてください。
昔から人見知りで大人数を相手にするのはあまり得意ではなかったので、就職は研究所が良いと思っており、自然な流れで大学院へ進学しました。この頃に参加した学会でアメリカ人の教授と知り合い、「卒業後のポジションが決まっていないなら、うちの大学に来なよ」とお誘いをいただき、アメリカ・インディアナ州へ渡りました。
パデュー大学ではポスドクとして2年間勤務。最初は英語をほとんど話せなかったのですが、研究室には世界各国から集まった留学生がいて、みんなカタコトの英語で会話をしていました。思った以上に英語力は伸びなかったのですが(笑)、おかげで世界中に友だちができました。
日本に帰国してからは、東京大学生物生産工学研究センターや岩手生物工学研究センターでもポスドクを経験。研究室の学生に接する機会も増えた頃、多くの縁が重なって一関工業高等専門学校にたどり着きます。まさか自分が先生になるとは、思いもよりませんでしたね。
―最初に教壇に立った時のお気持ちを、お聞かせください。
最初に受け持ったのは、1年生の「化学I」の授業でした。ポスドク歴が長かったので、学生相手についつい大学のような一方的な講義をしてしまったことを覚えています。全てが手探りでしたが、比較的少人数を相手に指導ができたので、1年が終わる頃には学生とも打ち解けて、「あの頃の先生、頑張ってたよねー」と褒めてもらえました(笑)。
―高専教員になり10年以上が経つ今、どんな教育を心掛けていらっしゃいますか。
答えのない実験に興味を持ってほしいと思っています。それには、教員自らが楽しく実験している姿、あるいは先輩が楽しそうに研究している様子を見せる必要があると考えるようになりました。最近、「この文献はないですか?」と、実験をする前から尋ねてくる学生の声をよく耳にするんです。答えのないものに不安に感じているようですが、既に答えがあるのであれば最初から研究する必要はありません。
答えがあるのかさえわからないものに挑み、一番に結果を得る楽しみを知ってほしい。実験や研究に限らず、何事もチャレンジしてほしいと感じています。私自身、海外に行ってその楽しさや価値観の広がりを実感しました。今は海外渡航が難しい状況ですが、機会があればぜひおすすめします。趣味で行った旅でも、何かの興味のタネが見つかる可能性は十分にありますから。
酵素のチカラで持続可能な社会に
―現在の研究テーマについて、教えてください。
微生物の酵素の機能解析と利用をテーマに2つの研究をしています。ひとつは「キチン・セルロース等の多糖バイオマス分解関連酵素の解析」。もう一方は「深海菌由来の生分解性プラスチック分解酵素の解析」です。
多糖バイオマスの酵素分解を促進する「モノオキシゲナーゼ」の研究は、もう10年間続けています。従来、多糖バイオマスの分解には環境に負荷がかかる薬品を使用したり、特殊な設備が必要であったりと、多くの課題を抱えていました。これを環境負荷の少ない酵素法で分解する系を効率化できないかと考え、始めた研究です。
高専に勤務して2年目になる頃、この研究の解決策を探していたところ、ノルウェーに有名な先生がいることを知りました。すぐに連絡を入れて、在外研究員として8カ月赴任。研究が大きく前進し、帰国した今も共同研究を進めています。
深海菌の研究は、2年ほど前に始めたテーマです。海洋研究開発機構(JAMSTEC)を退官されるひとりの先生と出会い、研究を引き継ぎました。
現在は、日本海溝から分離された好冷好高圧の海洋細菌由来の酵素を材料に、プラスチックが蓄積する深海でのプラスチックの分解機構を解明しようとしています。まだ目立った成果は得られていませんが、解析できる組換え酵素を十分量得て、新たな知見を収集したいと考えているところです。
―今後の展望についてお聞かせください。
2つの研究を継続しつつ、新しいテーマにもいろいろとチャレンジしたいと考えています。せっかく高専にいるので、異分野融合ができれば理想です。また、教育面では学生の自主性を育むアプローチに力を入れていきます。与えられたものだけに満足せず意欲的に学ぶ姿勢を自分でも見せながら、「自ら探求する楽しさを知れば、好きなものをもっと好きになれる」ということを伝えていければと思っています。
中川 裕子氏
Yuko Nakagawa
- 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 准教授
1992年 神奈川県立光陵高等学校 卒業
1996年 東北大学 農学部 生物生産科学科 卒業
1998年 東北大学大学院 農学研究科 植物遺伝育種学専攻 修了、農学修士
2001年 東北大学大学院 農学研究科 応用生命科学専攻 修了、農学博士
1998年4月-2001年3月 日本学術振興会特別研究員(DC1)
2001年4月-2003年4月 アメリカPurdue(パデュー)大学 園芸学科 ポストドクター
2003年5月-2006年3月 東京大学 生物生産工学研究センター 共同研究員
2006年4月-2009年1月 岩手生物工学研究センター 研究員
2009年2月-2010年3月 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 生研機構研究員
2010年4月-2013年3月 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 助教(2013年3月まで 2011年9月-2012年3月 ノルウェーNorwegian university of life sciencesにて在外研究(高専機構在外研究員)
2013年4月-2014年3月 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 講師
2014年4月 一関工業高等専門学校 物質化学工学科 准教授(未来創造工学科に名称変更し、現在に至る)
一関工業高等専門学校の記事
アクセス数ランキング
- 研究職からプロアドベンチャーレーサーに転身! 「自分の選んだ道こそが正解」と胸を張って言える人生に
- プロアドベンチャーレーサー
イーストウインド・プロダクション 代表
田中 正人 氏
- 高専は何でも学びになるし、人間としての厚みが出る。「自立して挑戦する」という心意気
- 黒田化学株式会社 グローバル品質保証部 品質管理課
宮下 日向子 氏
- 養殖ウニを海なし県で育てる! 海産物の陸上養殖普及に向けて、先生と学生がタッグを組む
- 一関工業高等専門学校 未来創造工学科 化学・バイオ系 教授
渡邊 崇 氏
一関工業高等専門学校 専攻科 システム創造工学専攻1年
上野 裕太郎 氏
- 研究は技術だけでなく「人と人がクロスする連携」が重要。「集積Green-niX」の「X」に込めた半導体への思い
- 東京工業大学 科学技術創成研究院 集積Green-niX+研究ユニット(工学院電気電子系担当)教授
若林 整 氏
- 高専OG初の校長! 15年掛かって戻ることができた、第一線の道でやり遂げたいこと
- 鹿児島工業高等専門学校 校長
上田 悦子 氏
- 高専生から東京工業大学の学長に。益学長が目指す大学改革と、高専への思い
- 東京工業大学 学長
益 一哉 氏
- 「外国語を学ぶ」の、その先へ。探究を重ねて“グローバル”な場で活躍したい!
- 東京外国語大学 言語文化学部 言語文化学科 朝鮮語専攻
藤野 綾乃 氏
- 高専から東京大学大学院へ。進学して感じた「高専の強み」と、「進学するメリット」とは?
- 東京大学大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻(東京大学総合研究博物館 所属)
廣田 主樹 氏
東京大学大学院 理学系研究科 生物科学専攻(国立科学博物館 所属)
山本 真生 氏
- 高専生が多色ボールペンで特許申請!自ら抱いた疑問を自ら解決する「自主探究」活動とは
- 八戸工業高等専門学校 総合科学教育科 教授
馬渕 雅生 氏
八戸工業高等専門学校 産業システム工学科(電気情報工学コース) 教授
中村 嘉孝 氏