2021年4月に鳥羽商船高等専門学校 校長に就任された和泉 充先生。鳥羽商船に赴任するまでのご経験や学校の特色、高専教育から思い描く持続可能な未来について話を伺いました。
海と船の世界に魅せられて
―先生が理数系の道へ進まれた原点を、教えてください。
中学生の頃は物理が嫌いでした。理科よりも歴史が好きで、将来は社会科の先生になろうかと思っていたくらいです。物理に興味を持ったのは、高校2年生の時。風や振動によって水面で起こる「波」について学び、その複雑な現象に興味を抱きました。ちょうどその年、物理学者の朝永振一郎先生がノーベル物理学賞を受賞されたことにも影響を受け、文系から理数系へ進路を変更しました。
―物理学を学ぶため、筑波大学へ進学されたのですね。
ええ。私が入学したのが、東京教育大学が発展的に解消、学園都市に移転・開学して第一期生を迎えた年です。コンクリートの匂いが残る新しい校舎に、人文・社会系、理学系の学生(自然学類という新名称の教育組織)と教授・職員が一同に集まり、お互いの距離が近くておもしろいコミュニティでした。
1~2年生で基礎を学び、3年生から本格的に物理の道へ。大学院では、今の研究にもつながる応用物理学に出会いました。4年生の卒研では、炭酸ガスレーザを製作し、大学院では、レーザや超電導磁石を利用した物性実験の研究をしていました。
後に、超電導そのものを利用した動力機関の研究開発につながり、船舶海洋の工学分野へ紐づいていくのですが、まさか自分がここまで海と船の世界にのめり込むとは、当時は思っても見ないことでした。
―海と船の世界に近づいたのは、どのタイミングだったでしょう。
筑波大で博士号を取り、3年ほど物理学系の助手として勤務した後、長崎大学の教育学部物理学教室へ異動しました。超電導の材料、特に高温超電導材料の研究と磁石応用の研究は東京商船大学(現・東京海洋大学)に異動のあと本格的になり、船舶の電気推進用の超電導モータの開発を始めたころから船舶海洋工学の領域に関わるようになりました。
超電導モータの研究開発は、国内の重工メーカーや国の研究所を含めた産学官の連携で進み、後年は、世界の4大産業用ロボットメーカーのひとつである重電・機械系外国企業を含む共同開発を進めました。それぞれ世界初の成果をあげて研究が完了しています。ここでは、商船高専や工業高専から編入した学生諸賢が大活躍してくれました。
2008年以降昨年まで、東京海洋大学全学の産学連携、地域連携をあずかる産学・地域連携推進機構や研究・社会貢献担当、産学連携・広報担当の業務を兼ねたことから、2011年の東日本大震災の津波被害を受けた三陸の復興プロジェクトにも関わり、磯焼けの藻場回復に向けた水中ロボット(ROV)の応用など海洋・水産分野の事業や研究支援人材の育成、アフリカ沿岸諸大学との海事・人材育成分野での連携活動等で、海洋と船の世界に密な大学生活になりました。
そして65歳を迎えた今年、三重県・鳥羽商船へ赴任し、学校長を務めています。
現象を多角的に見られる目を養う
―鳥羽商船の特色について教えてください。
鳥羽商船高等専門学校は、2021年8月で創立140周年を迎えました。非常に長い歴史のある学校です。商船高専は全国に5校ありますが、なかでも鳥羽商船の特色は、尖った2つの学科です。一つは外航海運における船長、機関長をはじめ海事関連産業で活躍できる人材を育成する商船学科。そして、もう一つが3年前に新設した情報機械システム工学科です。
従来、情報系と機械系の学科は別々に設置されている場合が多く、本校も制御情報工学科と電子機械工学科2つの学科を持ち合わせていました。しかし、ICTからIoTへと先進通信技術やAIなど、複雑な科学技術が絡み合いながら発展している現代では、どちらか一方を使いこなすのみならず、相手とするシステムを十分理解できることが求められます。
そこで、2つの学科を統合してつくったのが、情報機械システム工学科です。情報と機械を上手に使いこなせる技術者を、後期中等教育に相当する15歳という頭脳が柔軟なうちから教育し、第4次産業でも活躍できる人間性ゆたかなエンジニア育成に尽力しています。
―情報機械システム工学科で積極的に取り組まれている、PBLについてお聞かせください。
本校ではPBL(Project Based Learning:課題解決型学習)を積極的に導入し、地域が抱える課題の解決を、学生自身が学年の壁を超えたチームにより取り組みます。特に注力しているのが、少子化や気候変動の影響を受けて、非常に辛い状況にある一次産業や三次産業です。
鳥羽商船のある三重県は、イセエビをはじめ、アワビ・真珠・ノリなど豊富な海産物に恵まれています。しかし、若者の多くが県外に流出し、一次産業や三次産業の現場でも高齢化が進んでいることが実情です。我々は、こうした課題の肝の解決につながるIoTやDXなど技術面から支援しています。
2021年の全国高等専門学校ディープラーニングコンテスト(DCON)で入賞した、海苔の養殖支援システム「NoRIoT(ノリオーティー)」も、プロコンで最優秀賞を受賞したドローンと水中カメラを活用したアカモクの管理システムも、PBLの中で生み出された成果です。
IoTやDXを使えば全ての課題が解決するかというと、決してそうではありません。テクノロジーだけが先走っても、養殖や漁業の現場に有効に反映されず「水産学栄えて、水産業滅ぶ」になってしまう可能性もあります。
この技術開発と現場への社会実装のバランスを鑑みながら、いかに現場と一体の目線でサポートをするか。学生のうちから、多角的な目を持ち技術開発ができるエンジニアの育成を目指しています。高専は社会のお医者さんを育成するということに通じますね。
―商船高専の取り組みに地域が積極的に協力してくれるとは、素晴らしいですね。
私も赴任をして一番に実感しているのは、地域の方々の温かさです。鳥羽商船は140年の歴史がある学校のため、地域には卒業生が数多くおいでです。そのため、地元のご理解が非常に深く、船舶海洋工学の研究や新しい海洋の科学技術開発を受け入れる環境が整っている非常に恵まれた学校なのです。本校のように豊かな自然環境と歴史・文化の中で、最先端技術を学べる環境はなかなか他にないと自負しています。
目指すは、マリンリゾート・コアキャンパス
―今後の展望についてお聞かせください。
本校は今、練習船「鳥羽丸」を新しくしようと計画しています。気候変動による自然災害や南海トラフ地震と津波などの危機感が高まる中、数年後に完成を計画している練習船は災害支援機能を備えた新しい「鳥羽丸代船」です。
防災・減災を意識した施設整備という側面では、学校自体も地域の防減災・備災の場所としての役割・機能も合わせ持ち、学生や教職員が安全安心に、快適に過ごせることはもちろん、船や海とともに地域に親しまれる連携するキャンパスを目指しています。
鳥羽商船の2学科を卒業して准学士の称号を、さらに専攻科の海事システム学専攻と生産システム工学専攻を修了し学士の学位を取得する学生には、どこに行ってもここで勉強した成果を生かし、海事産業と「Socity5.0」の成熟社会に貢献する人材になっていただきたい。本校が目指すは、人づくりを通じて海づくりをする「マリンリゾート・コアキャンパス」です。
G7伊勢志摩サミットの開催地となった鳥羽市周辺は、伊勢湾の出口に位置して海運や水産、観光に関係する多くの事業、三重県水産研究所や鳥羽市水産研究所、三重大学水産実験所、鳥羽水族館、海の博物館、独立行政法人水産研究・教育機構(増養殖研究所)などがあり、船と海に関する勉強をしたい学生には絶好のロケーションです。
お隣の伊勢市周辺には先端技術を擁する情報・機械システムに関連する企業の事業所群もあり、今後も近隣の大学や地元企業、行政等と連携して、地域との持続可能な共生・共創を図る高等教育機関として取り組みを進めていきます。
和泉 充氏
Mitsuru Izumi
- 鳥羽商船高等専門学校 校長
1983年-1999年9月 筑波大学院 博士課程 物理学研究科 物理学専攻 修了(理学博士)。長崎大学 講師、東京商船大学 助教授、同学在任中 仏政府給費留学生・仏国立科学研究センター(CNRS)外国人研究者、文部科学省 短期在外研究員、キヤノン財団ヨーロッパ客員教授等
1999年10月-2021年3月 東京商船大学 教授(現:国立大学法人東京海洋大学)、海洋工学部 海洋電子機械工学科・大学院 海洋科学技術研究科、東京海洋大学 理事・副学長(研究・社会貢献)、同学 副学長(産学連携・広報)、同産学・地域連携推進機構長・副機構長、三陸サテライト長等を歴任
2021年4月、独立行政法人国立高等専門学校機構 鳥羽商船高等専門学校長、東京海洋大学 名誉教授。研究領域:超電導工学、船舶海洋工学、応用物理工学、IEEE/電気学会員等
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