
国立高専機構と月刊高専が主催で2025年2月に開催した「第2回高専起業家サミット」のイントラプレナー部門で、仙台高専 広瀬キャンパスのチーム「杜の都 Oral Wellness」が最優秀賞を受賞しました。
本チームは、取り付けるだけでAIを用いた歯磨き状況の可視化ができる歯ブラシアタッチメント「Properio AI」の事業化を目指しています。そのビジネスプランについて、チームリーダーの田坂青輝さん、開発担当の菅煌真さん、ビジネス担当の伊藤知世さん、千葉舜介さん(4名とも情報電子システム工学専攻 専攻科1年生)にお話を伺いました。
※第2回高専起業家サミットのレポート記事もコチラで公開しています。
開発のきっかけは、チームリーダーの虫歯
―このプロダクトを考案された背景を教えてください。
田坂さん:昨年の夏、私が虫歯になったことがきっかけです。恥ずかしながら、神経を抜かなければならないほどの重い虫歯でした。毎日2回、しっかりと歯を磨いていたつもりだったのですが、実際のところは磨けておらず、知らず知らずのうちに虫歯が進行していました。歯磨きには認識と実態のギャップがあると身を持って実感した出来事でした。
そこで、自身の歯磨きの動きを可視化できるようになれば、虫歯や歯周病などを減らせるのではないかと思い、今回のビジネスプランを思いつきました。

―「Properio AI」とはどのようなプロダクトですか。
田坂さん:Properio AIとは、歯ブラシの持ち手部分に取り付けたアタッチメントで歯磨きの動きを読み取り、磨き残し箇所を可視化できるサービスです。スマホアプリを通して予測結果がリアルタイムに見られるので、歯磨きにおける無意識下の癖を可視化することができます。

田坂さん:虫歯・歯周病になると歯を失うだけでなく、糖尿病や脳卒中といった合併症につながるリスクもあります。Properio AIを用いて歯磨きをすることで、実際は磨けていないのに磨けたつもりになる、といったことをなくし、これらのリスクを低減することができます。
―ビジネスプランを思いついてから、どのようにプロトタイプ(試作品)を具現化していきましたか。
田坂さん:まずは歯の状態の可視化をするために必要な機能を整理して、そこからはひたすら手を動かしました。開発にはかなり試行錯誤しましたが、その期間があったからこそ、技術や製品への理解が深まったのだと感じています。
実は高専起業家サミットの時点ではプロトタイプがうまくつくれていなかったんです。というのも、AIを用いる前段階である「歯磨きの動きを姿勢推定すること」に難航していました。しかし、高専起業家サミットが終わった3~4月に、一気に開発の目途が立ったんです。
―どうすることで、歯磨きの動きを姿勢推定することを改善したのでしょうか。
菅さん:歯磨きみたいに手を高速で動かす動作って、実はセンサーにとってはけっこう難しいんです。姿勢推定では加速度を計測して重力方向を求めることがありますが、歯磨きでは加速度が重力加速度とは別のベクトルで働いているので、汎用的な方法じゃ正しく姿勢をとらえられないことが多くて。
そこで、姿勢推定のために加速度と角速度のどちらを使うべきか、適宜切り替える特殊なフィルターをつくりました。そのおかげで、これまでうまくいかなかった歯磨き中の姿勢も、一気に進みました。

―高専起業家サミットでは、Properio AIが「理想的な歯並び」をしているという前提のもと、歯磨きのデータを取っている点に指摘が入りました。個々人に合ったデータを取得することに対して、現状どのように考えていますか。
菅さん:将来的に、歯科医院での診断結果をもとに「どれくらいの強さで、どれくらい往復運動をして、どれくらいの時間磨けばよいのか」を歯ごとに算出し、それをもとに歯磨きを評価できるようになれば良いと現状は考えています。このあたりはまだ固まっていない部分ですので、今後さらに検討していきたいです。
田坂さん:サポートいただいている歯科医は、私たちの指導教員からご紹介いただいた方です。私がデモで歯磨きをしたら「強く磨きすぎ」とご指摘をいただきました(笑)
―審査員コメントで豊橋技術科学大学の学長である若原先生は、歯科医が用いている指標(プラークコントロールレコード)に準拠しつつ、既存の歯ブラシにアタッチメントを付ける“だけ”にした点を「高専らしい」と評価されていました。
田坂さん:開発に当たっては歯科医が用いている何かの指標に準拠するべきだと考え、プラークコントロールレコードに注目しました。アタッチメントを歯ブラシにつけるだけの仕様にしたのは、ユーザーの日常のルーティーンを変えたくないという思いから生まれたものです。若原先生から評価いただき、率直にとても嬉しかったですね。
高専起業家サミットの後に、最初のターゲット層を変更
―競合に関しては、どのように考えていますか。
千葉さん:電動歯ブラシの中には磨き残しを検知できる製品があるのですが、私たちの製品はどの歯ブラシにも付けることができる点に優位性があると考えています。いつも使用している歯ブラシを変えることなく使える点が魅力です。

―価格設定について教えてください。
千葉さん:全部で3プランを用意しています。どのプランもアタッチメント本体の購入が必要でして、それは現状3万円で考えています。そして、プランの1つであるライトプランは、月額0円で磨き残しの検知が可能になります。個人にあった歯磨きを提供するため、様々なプランを用意しています。

―ターゲット展開について教えてください。
田坂さん:高専起業家サミットでは「介護施設に入られている高齢者の方々」を最初のメインターゲットとして想定していると発表しました。介護士の方が代わりに歯磨きをするなど、うまく歯磨きができない状況であることや、その歯磨き情報を介護士の間でデータとして共有できていないなど、ヒアリングを進めることでニーズがあると判断したからです。
しかし、介護施設への導入には制度や運用の面で高いハードルがあることが分かり、最初のメインターゲットとしては難しいと考えました。そこで、まずは現実的に「歯磨きに意識的な中年層の方々」からアプローチし、実績を積んでいく方向に見直しました。この層から子どもや高齢者層へと裾野を広げていきたいですね。そういった実績を積み上げることができれば、介護施設への導入を進めることができると思います。
また、歯磨きという行為は世界で行われていますので、かなり将来的な話ではありますが、幅広い展開が見込めると考えています。「自分で自分の歯を守れる未来」を実現するために、段階的に、でも着実に進めていきたいですね。
―日本における歯磨きへの意識は、どのように捉えていますか。
田坂さん:海外と比較すると、そこまで高くないのかなと考えています。日本における電動歯ブラシの普及率は20%程度と言われているのですが、国によっては50%以上を占める場合もあるんです。
この理由としては、文化的な違いのほか、海外では国民皆保険制度が整備されていないからこそ日頃のケアをしっかりしている国があることも挙げられます。
伊藤さん:日本でも予防歯科の波は来ていると私は感じています。歯磨き以外でもそうですが、自分磨きのためにお金を払う方々が増えてきていますので、歯科医院に定期的に通院されているような方々に対して最初は働きかけていきたいです。

ビジネスの視点を持つ難しさ
―Properio AIのビジネスプランをつくる上で苦労したことを教えてください。
伊藤さん:「あったら便利だよね」といった声が多いからといって、必ずしも製品にお金を出してくれるわけではないというギャップに苦労しました。「どうニーズを検証していくか」「どう価値を創出していくか」を考えるのがすごく大変でしたね。
千葉さん:ビジネス的な視点で物事を考えた経験がなかったので、プロダクトが開発されていく中、それと並行してミーティングでビジネスプランを具体化していくのが大変だなと感じました。
先ほど田坂から「最初のメインターゲットを変更した」とお伝えしましたが、実は先生方やメンターの方に指摘いただいたことが変更のきっかけだったんです。そういったビジネス的なアンテナを磨かないといけないと思いました。
田坂さん:技術をどう人に届けていくか、どのような人に使ってほしいか、という視点を持つことが難しかったです。ビジネスプランの考案だけでなく、全体としてもメンバーや指導教員の先生方、歯科医の先生など、本当にたくさんの方々にお世話になりました。まずは感謝を伝えたいです。
それから、これはチームリーダーとしての感想になりますが、これまでは開発担当・ビジネス担当とチーム内で分担して、主にオンラインで作業を進めていたため、今後は全体で集まる時間も多く取っていきたいですね。
菅さん:開発側からすれば、ビジネス担当のメンバーによって、自分が必死になって開発してきた技術に価値が付けられたことで、「意味のあるものができたんだ」という充実感が得られました。そういった点は楽しかったですね。
―第2回高専起業家サミットに参加された感想をお聞かせください。

千葉さん:他高専のみなさんの発表をお聞きしたことで、自分たちとは違う視点を知ることができ、とても楽しかったです。特に茨城高専のチーム「コンブキャンプ」のポスター発表が印象的で、一般的な発表ポスターでは見られない斬新なデザインが勉強になりました。
菅さん:ポスター発表を主に担当しました。人に何かを発表する際に、どのように情報を整理して話せばよいかを学べる機会になりました。発表を重ねていく中で、伝える情報の順番や、想定される質問への回答を都度メモし、アップデートさせていきました。
伊藤さん:他のコンテストやピッチとは異なり、高専起業家サミットは高専生限定の大会ということもあって、こんなにも頑張っている高専生がいるのだと、すごく刺激になりました。
田坂さん:自分が知らない世界のお話をいろいろ聞けたと思っています。今までさまざまなイベントに参加したことがあるのですが、そのほとんどが自分の専攻分野である情報系のものだったんです。高専起業家サミットだと、農業であったり船舶であったりと、情報系とはあまり関係のない分野のお話をたくさん聞くことができ、とても勉強になりました。
―これまでの経験を踏まえて、起業を考えている現役の高専生へアドバイスを送るとしたら、どのようなことを伝えたいですか。
田坂さん:起業を果たしたわけではないので説得力があるかわからないですが、「思いついたら、真っ先に手を動かしてみること」が一番大事なのかなと思います。夢物語だとしても、手を動かしてみたら「意外といけるんじゃないか?」といった光が見えてくるかもしれません。無謀な挑戦だと思っても、時間が許す限り、まずは一度やってみるのがいいのと思います。
仙台高等専門学校の記事
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