富山商船高専の国際流通学科(現:富山高専 国際ビジネス学科)2期生だった岡本尚美さんは、2002年卒業、大学に編入学、その後電機メーカー等に勤務し、2014年に「岡本なおみ社会保険労務士オフィス」を開業。自身もキャリアに悩んできたからこそ、働く女性のキャリア支援に力を入れているという岡本さんにインタビューしました。
就職したい? 就職しなければならない?
―高専に進学を決めたきっかけを教えてください。
社会科の勉強が好きで、特に地理や公民といった「今」の日本や海外の動きを知ることに非常に興味がありました。田舎に住んでいたので、広い世界をのぞけることが、当時中学生だった自分にとって刺激的だったのかもしれません。
その一方で、高校は大学進学を視野に地元の普通科に進学するという、ごく一般的な流れにのるのかなあと漠然と考えていました。ところが、受験勉強を控えた中3の秋頃に、教室の掲示板に貼ってあった富山商船高専の案内を目にして「これだ!」と一瞬で惹きつけられたのです。
その案内は、国際流通学科が新設されたことを知らせるものでした。私が興味のあった社会科系の学問を専門的に学べる——それだけでワクワクした気持ちが抑えきれず、高揚感に包まれたのをよく覚えています。「ここしかない」と強く思いました。
―実際に高専に入学してみていかがでしたか。
語学、流通経済、商業、貿易など、多岐にわたるテーマを体系的に学べました。何かひとつに限定するのではなく、まんべんなく分野をのぞけたので、さまざまな社会への入口を見せてもらえたと思っています。
当時では珍しいマーケティングの勉強もできましたし、簿記や韓国語検定に挑戦したり、オーストラリアにホームステイしたりと、多くの経験を得ました。
―卒業後、大学編入を決めた理由を教えてください。
早く社会に出てみたかったので、当初は就職を希望していました。就職難な時代でありながらも、ありがたいことに内定もいただきました。でも、どこかで「それ以外の進路に目を向けないままでいいのだろうか」と葛藤していました。
就職を希望していた気持ちの裏には、高専3年次に父を病気で亡くしたことや、3人兄弟の長女だということで、必要以上に自分の行動を制約しているのではないかと感じる部分もあったからです。「就職したい」ではなく「就職しなければならない」という使命感を持っていたのかもしれません。普通高校に進んだ友人が県外の大学に進学して楽しんでいる様子を聞いて、大学生活に興味が湧いている自分もいました。
そんな私の迷いを感じ取ったのか、母は「大学という場所で学ぶことは、生涯得られない経験になるかもしれないよ」と、背中を押してくれました。もっと広く学んでみたい。学生としての世界を広げたい。自分の考え方を柔軟にしてからじっくり就職に向き合いたい——就職活動に区切りをつけ、進学すると決めたのは高専5年次の夏休みでした。
「このご時世にせっかく内定がもらえたのに」と、先生からお叱りを受けながらも、なんとか金沢大学の法学部(現:法学類)に編入。交友関係が広がりましたし、法学部で学んだことによって、就職先の選択肢が増えたのは一番の収穫でした。
「すべてがここに繋がっていた」
―就職先はどのようにして決めたのでしょうか。
大学卒業後は、電機メーカーに営業職として就職しました。どんな仕事がしたいというよりは、さらに広い視点で社会全体を見渡してみたいという思いが強かったからです。大手企業という安心感もありました。
当時、会社初の女性営業職ということで活躍を期待されていたのですが、近くにロールモデルがいない不安と同時に、期待されているからには早く結果を出したいという焦る気持ちで、何を言っても何をしても空回りになってしまうような状態だったと記憶しています。大手企業で制度も人も充実して、何一つ不満なく働けるものだと思い込んでいましたが、自分自身の弱さが自分を働きにくくしていたのだと、今だから思います。
自分の将来に自信が持てなくなり、結婚を機に退職しましたが、当時抱いた感情と当時を振り返って今だから分かる上司や先輩の言葉が今の仕事の原動力になっているのは間違いありません。
―その後、社会保険労務士を志したのはなぜですか。
あるとき、母が「こういう仕事が合っているんじゃない?」と、社労士事務所の求人を見せてくれました。社会保険労務士とは、企業の人事や労務管理をサポートする仕事。さまざまな会社に関わり、その会社が抱えている問題点を解決していきます。なんて興味深い仕事なのだろうと、かつて高専を見つけたときに似た高揚感に包まれました。
ありがたくも採用していただいた社労士事務所はとても風通しの良い職場で、パートスタッフの私にも幅広い仕事を経験させてくださいました。そこでますます魅了され、育児休業を利用して勉強に励み、「社会保険労務士」の国家資格を取得しました。
―開業にいたった経緯を教えてください。
国家試験に挑戦したときは「開業したい」といった意識がまったくありませんでした。ただ、娘の入園先の関係で送迎をしながらここで働くのは距離的に難しいと思い、自分の裁量で働いて子育てもしやすいようにと、長女の入園に合わせて2014年に「岡本なおみ社会保険労務士オフィス」を立ち上げるにいたりました。
開業から10年経って改めて感じることは、自分の裁量で働ける一方で自分が全ての責任を負うという緊張感ある働き方でもあるため、家庭との両立においては良い面難しい面があるということです。
電機メーカーを退職した際、「もっと粘り強く頑張っていたら、違う景色が見えたのかもしれない」という後悔が、ずっと消えませんでした。でも、高専・大学で学んだこと、職場で経験したこと、母になったこと、すべてがここに繋がっていたのだと、今は思えます。紆余曲折ありましたが、今は充実した人生を送れていると心から感じています。
現在は富山県の女性活躍専門コンサルタントとして、女性のキャリアをサポートする取り組みにも力を入れています。昔に比べると女性が働きやすい環境が形成されつつあるものの、まだまだ改善すべき課題は山積み。組織の課題解決につなげるために、個々に寄り添ったサポートもできるよう、まだまだ見識を深めていかなければいけないと痛感しています。
“自分らしさ”を育める高専
―高専に入学してよかったと感じることはありますか。
さまざまな分野をバランスよく味わいながら、自分はどの道をチョイスしていくのかをじっくり考えられたことです。ひとつの専門に特化するのではなく、柔軟に他の学びを取り入れながら自分のものにしていく学び方こそが、今の私に繋がっているのではないでしょうか。
また、5年間のびのびと勉強も交友関係も深められたことは、かけがえのない経験だと思います。こうした経験を10代の早いうちから積み重ねることで、“自分らしさ”を失わずにここまで突き進めました。
さらに言うなら、たとえ違う高専の出身であろうと、年代が違おうと、高専出身というだけで一気に絆が生まれるのも、高専ならではだと思います。
―子育てをしながら働く上で、オン・オフの切り替え方は意識していますか。
私の中では仕事も家事育児も常にオン。母親でも社労士でもなく、一人の“岡本尚美”として過ごせる時間が、唯一のオフだと思っています。
実は、2年ほど前に娘から「お母さんは仕事も家のこともして、ずっと忙しそうだから、私は『お母さん』になりたくない」と言われたことがありました。その時に、忙しいことと充実していることを同じと思っていないだろうかと自問自答しました。
仕事に育児にと日々頑張ることには変わりなくても、頑張るではなく楽しんでいる姿を感じ取ってもらえるよう、これからの10年は働き方、生き方をもっともっと工夫したいと思いますし、オフの時間をお互いにつくれるよう、夫と協力しあっていきたいと思います。
―高専生にメッセージをお願いします。
私が学生の頃と比べると、一段と多様な価値観や技術開発が進んでいる現代社会。さまざまな経歴を持った先生や立派な環境の中、腰を据えて学びに没頭し、仲間との友情を深められる高専での時間は、人生にとって宝物になるはずです。
高専を選択した皆さんは、とても素敵な個性を持っているのだと思います。そして、その個性を豊かに彩ってくれるステージが、高専には必ずあります。自分の選択に誇りを持ち、勉強も遊びも楽しむ気持ちを忘れず、明るい未来に向かって歩んでください。
岡本 尚美氏
Naomi Okamoto
- 岡本なおみ社会保険労務士オフィス 代表
2002年3月 富山商船高等専門学校 国際流通学科(現:富山高等専門学校 国際ビジネス学科) 卒業
2004年3月 金沢大学 法学部 公共システム学科(現:法学類 公共法政策コース) 卒業
電機メーカー営業、労働組合、社会保険労務士事務所等を経て
2014年4月 岡本なおみ社会保険労務士オフィス 開業
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