東京都立高専(現:都立産業技術高専)を卒業後、現在は不動産業界で働く柏渕祐子さん。卒業後のキャリアや専門外の業種に就いたきっかけ、高専での学びについて伺いました。
一人の人間として尊重してくれる高専は居心地が良かった
―高専に進学を決めた理由を教えてください。
部活を引退した中学3年の夏頃、受験対策で通い始めた塾の先生に教えて貰った数学が面白く、みるみる魅力にのめり込んでいきました。国語科目に苦手意識があったこともあり、「自分は理系に進んだほうがいいのかな」と、そのとき初めて好きな分野が理系であることを意識するようになりました。
そんな中、いよいよ進学について考えねばと思っていた頃に、テレビでNHKロボコンを観たのです。多くの高専生が中学時代にロボコンを見た時に同じ事を思ったと思うのですが、学生がロボットを使って競技をする様子に「自分も高専に行ったらこんな活躍ができるのかも」と思いました。
さらに、番組では競技だけではなく製作過程の様子も特集されており、学生と先生のやりとりにも惹かれたのを覚えています。指示されるがままではなく、学生が主体となっていきいきと取り組んでいる姿がとても印象的でした。
―実際に入学していかがでしたか。
実は普通高校も受験したので、どちらに進学するかギリギリまで迷いました。当時の高専は今よりさらに女子が少なく(30人クラスに女子は1~2人)、また5年制という一般とは違う専門的な学問を学ぶことに対して、もし専門分野が自分に合わなかったらどうしようかと少し不安だったのです。その様子を見た友人から「やらない後悔より、やる後悔だよ」と背中を押され、高専に進学を決めました。
実際に入学してみると、20歳を過ぎた学生もいるので、喫煙室で普通に煙草を吸っている先輩もいるし、制服もないしで、非常に自由な校風だなという印象を受けました。また、小中学校では「先生から指導を受ける」という受け身の立場だったことが多かったのに対し、高専ではただ学生として見られるのではなく、一人の人間として個人の意見や行動を尊重してくれたことも魅力のひとつです。その分、自分の行動には責任が伴うことも学び、主体性が身につきました。
―高専ではどんな研究をしていたのでしょうか。
専門は超音波です。臓器にできたがんを見つける「超音波検査」は、簡単に言えば、体の表面に超音波が出る機械をあて、臓器から跳ね返ってくる反射波を映像化する仕組みです。これを肌に触れずにコンピュータ解析で実現できないかシミュレーションするというのが私の研究でして、具体的には、脳波に使われる「フーリエ変換」を用いて解析していました。
超音波は医療を始めさまざまな分野で活用されているので、自分の就職にも有利になるかなという思いもありました。しかし、この研究に至った一番の理由は、尊敬する吉澤昌純先生に教えを乞いたかったからです。先生のおっしゃる事がさっぱりわからないときも正直ありましたが、なんとか必死で食らいついていました。
結婚を機に専門分野外の仕事へ転職
―高専卒業後、東京農工大学に進学したのはなぜですか。
大学進学を意識したのは本科4年生の頃です。当初は就職をするつもりでしたが、高専で過ごしているうちに自分の未熟さを実感し、このまま社会に出るのは不安だと思うようになりました。研究分野を突き詰めたいというよりは「もっと自分の視野を広げたい」という気持ちでしたね。
高専は5年間ほとんどクラス替えがなく、ほぼずっと同じメンバーの中で勉強をします。絆が深まるので良い面ももちろんあるのですが、どうしても関わる人が少ない。だからこそ、大学でたくさんの人と出会ったことで刺激を受けました。「もっと勉強をしたい」と思って進学してきた人たちばかりで、レベルも高く、本当に良い環境だったと思います。
実は高専時代から語学留学をしたいと思っていたのですが、高専は長期休暇も部活や卒論で忙殺されていたので、大学に編入した事で時間がつくれ、念願の語学留学に行くことができ、視野がぐんと広がりました。進学して良かったと思っています。
―その後、鉄道会社に就職されたのはなぜですか。
父が旅行好きで、小さい頃から日本や海外含めていろいろな場所に連れて行ってくれました。その経験から、行きたい所に連れて行ってくれる乗り物に対して愛着に似た夢や憧れがあり、「自分も安全・安定の輸送を支える一員になれれば」と志望しました。また、単純に乗り物のフォルムがかっこよく感じて、見るのが好きだったということもあったと思います。
入社後に任されたのは、信号機のLED化工事の現場監督です。終電が終わってからしか作業ができないため、月に8回は夜間の作業でした。線路上での仕事ですので、駅の中間での作業ではトイレがなく、水分は極力とらないようにするなど大変な面も多々ありましたが、現場のみなさんとともに何かをつくりあげる経験はやりがいに満ちていました。
ただ、結婚を機に自分のライフステージの変化を考えたときに、子育てをしながら技術職を続けるのは難しいだろうと思うようになりました。そこで退職の道を選び、手に職をつけようと資格取得の勉強を始めたんです。
―どんな資格取得を目指したのですか。
以前から興味があった不動産鑑定士です。「この資格があれば開業もできるし、自分のペースで働けるようになるのでは」と思ったことがきっかけでした。ただ、「三大国家資格」と言われるだけあり、かなりハイレベルで……4、5年かけて勉強をしましたが、取得には至らず、同時期に取得した宅建士と簿記2級の資格を糧に、不動産の総合マネジメントサービス企業「ザイマックス」の不動産会計部門に転職しました。
ライフステージが変わっても生きている、高専での経験
―ザイマックスではどんな仕事をしていますか。
入社当初は不動産会計を担当していましたが、その後は経理業務を経て、現在はグループ企業のザイマックストラストで不動産鑑定業のミドルスタッフとして勤務しています。
役割としては、鑑定業としての社内ルール整備、依頼の受付対応、案件担当の差配、役所調査サポートなどです。会社を法的に守ること、メンバーへの業務の割り振り、商況整理など、自分で会社全体を把握して管理している感覚は責任感も伴い、充実感があります。
ザイマックスに就職してからは、二度にわたって産休・育休も取得させて頂きました。当時は保育園で待機児童があふれていたため、各地で抗議デモが行われ、新聞記事にもなった時期でしたので、もし働く前に出産をしていたら、保育園に入れず、今と同じように就職して仕事ができる可能性は低かったと思います。恵まれた環境で働けていることに感謝しています。
また、実際に子育てを経験し、その大変さから、やはり夜勤を伴う技術職を続けるのは自分には厳しかっただろうと改めて実感しました。
―柏渕さんのほかにも、高専の卒業生は働いているんですか。
毎年、新入社員のうち10名前後は高専生です。ザイマックスはビル管理が本業でもあり、高専出身社員はビル管理の一環であるメンテナンスのサービスに関わる仕事を担当していることが多いです。技術力が高く、人間性も含めてとても優秀だと噂で聞いています。
ビル管理の仕事をしている高専出身社員は公私ともに連携しあっているようなので、 同じ高専卒業生として話してみたいと思っているのですが、今の仕事上、なかなか機会がありませんね。
―今後の目標を教えてください。
子育てのことを考えてジョブチェンジしたものの、子どもたちは中学生になり、だいぶ手がかからなくなりました。やや時間を持て余している感覚さえあります。ライフステージの変化に合わせてキャリアを変えてきたように、今のままとどまるのではなく、もっと働ける環境に飛び込むことが今後の目標です。
―高専を目指す学生にメッセージをお願いします。
自由な環境で、一人ひとりの個性を尊重してくれるのが高専です。一般的には「変わり者」と言われるような人でも、高専にはそれを受け入れてくれる土壌があると思っています。自分らしく、のびのびと勉強をするには最適な場所です。
現在の私は高専・大学で学んだ専門ではない仕事に就いているので、いわゆる高専卒業生らしいことは言えないかもしれません。ただ、あえてその立場からメッセージを送らせていただくなら、高専に入学したからといって、その時点で将来の道を決める必要はないということです。
もちろん、迷わずそのまま突き進んでその道を極めるのも素敵で素晴らしいことです。ただ、今はたくさんの情報があふれています。途中で不安を感じたり、自分にしっくりこなかったり、新しい夢に出会うこともあるでしょう。そんなときには、その時点から実現できるように行動すればいいだけです。
振り返ってみると、高専は「根性を磨く場所」だったと感じます。ここで身についた根性があったからこそ、専門外の資格取得にも懸命に向き合えました。何かひとつのことを貫く、いわば執念のようなパワーは、きっとどんな道に進んでもみなさんを支えてくれるはずです。
柏渕 祐子氏
Yuko Kashiwabuchi
- 株式会社ザイマックス
株式会社ザイマックストラスト(出向)
1998年 東京都立工業高等専門学校(現:東京都立産業技術高等専門学校) 電気工学科 卒業
2000年 東京農工大学 工学部 電子情報工学科 卒業
2000年 大手鉄道会社 入社
2008年より現職
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