長野高専、香川高専、明石高専と3つの高専の教員を経験された神戸松蔭女子学院大学の奥村紀之先生は、「それぞれの高専には特徴がある」と語ります。先生から見た高専の魅力とは。また、先生が力を入れているAIを用いた研究とは。お話を伺いました。
小学生で抱いた興味がずっと続いている
―研究内容を教えてください。
AIを応用した研究で、主に2つあります。1つは言語処理の技術を使い、日記や業務日報などの日々の記録から執筆者の精神状態(メンタルヘルス)を推定するもの。不調をきたしている可能性を検知することで、適切な休息を促すシステムの構築を進めています。
もう1つは、広島工業大学の上泰先生と同僚教員のグループとの共同で、衣料品のリサイクル・リユースを促進させるためのシステム開発を進めています。具体的には、私の持っているAIの技術を応用し、写真から「まだ着られる服」と「そうでない服」を簡易に判定するシステムの構築を行っています。
それと同時に、上先生の最適化に関する知見を服のコーディネートに応用する研究も進めています。本来であれば廃棄される可能性のあった、まだ再利用できる服同士を組み合わせて新たな着こなしを提案することで、リユースを促進させることが狙いです。
―その研究に至った経緯を教えてください。
言語処理技術による執筆者の精神状態の推定については、指導していた学生の中にメンタルを崩しやすいタイプの人がいまして、その人に日記を書く習慣があったことから、その記録を元にメンタル面の推定をしてみたことがきっかけでした。
すると、不調な時期とそうでない時期には日記の記述にも変化が現れることが分かってきたのです。例えば句読点のつけ方や絵文字の使い方、テキストの量などは特に変わりやすい傾向にあります。
実際に本人に聞いてみると、変化が見られたタイミングで何らかの出来事が起きていました。「落ち込んだ」などの直接的な表現を見付けるのは容易ですが、その直前の発言傾向から「そろそろメンタル面の不調が出る可能性がある」と推定することは、なかなか難しい。その部分を主たるテーマとして研究に取り組んでいます。
衣料品リユースについては「世界第2位の汚染産業」とも言われるアパレル業界を変えていくためです。大学でも「服の交換会」という取り組みをしているので、今後はオンライン上で簡単に服の交換を促進できるような環境をつくりたいと考えています。
―AIに興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか。
1990年、私がまだ小学生だった頃にゲームソフト『ドラゴンクエストⅣ 導かれし者たち』が発売されました。発売日には徹夜の行列ができたり、300万本を売り上げる異例のヒットを飛ばしたりと、社会現象を巻き起こした超人気作です。
実は、このゲームにはキャラクターの戦闘行動を自動で選択できるAIシステムが、シリーズで初めて搭載されたことでも話題を呼んでいました。
当時の自分には「何かすごそう」というくらいしか理解できていなかったのですが、そこから「将来はAIに関する仕事に就きたい」と思うようになりました。ゲームをプレイしていたときに感じたAIに対する興味の延長線上に、今の研究があるのだと思います。
置かれた場所で努力をする
―高専への進学は考えませんでしたか。
中学生になると先生からの勧めもあり、明石高専への進学を目指して勉強をしていました。ところが、1995年1月17日、阪神淡路大震災が神戸を襲いました。自宅は一部損壊し、明石高専に行くための交通手段も途絶えてしまった。つまり、受験できなくなってしまったのです。
さらに、滑り止めにしようと考えていた公立高校は、震災の影響もあってか、例年よりも倍率が高くなってしまいました。私は決して真面目な生徒ではなかったため、先生からは「内申点が低いから、今の状況だと厳しいかもしれない」と心配されましたね。
結局、私立高校に行って両親に学費の負担をかけるのも嫌でしたから、確実に入学するために志望高校のランクを1つ下げることにしました。この年は同じような理由で進路変更をする受験生が多かったと思います。
―その後、大学に進学した理由を教えてください。
高校入学当初は「自分が思っていた人生からだいぶ変わってしまった」と、結構な心理的ダメージを受けました。最初の年は校舎内や通学路にまだ瓦礫も残っていて、なかなか大変だったと思います。でも、入った以上はここが自分の居場所だと気持ちを切り替え、「大学こそは」と勉強に励みました。
進学先に同志社大学を選んだのは、友人から評判を聞いていたことと「知識工学科」という学科名に惹かれたからです。中学の卒業文集には「大学を出て博士になる」と書いていたほど研究職に興味があったので、学部卒業後は院に進学し、博士の学位を取得しました。
―高専の教員になった理由を教えてください。
博士3年の頃に「JREC-IN」(研究人材のキャリア支援サイト)をのぞいたところ、高専教員の募集が目に入りました。在学中から友人に勉強を教えることは得意でしたし、そもそも自分は高専を目指していたこともあり「挑戦してみようかな」と思いましたね。
最初は長野高専に就職し、その後、香川高専と明石高専の教員も経験しました。
―高専にはどんな印象を抱きましたか。
3校を経験して思ったのは、何より「県民性」が如実に表れるということです。例えば長野高専は、驚くほど真面目で素直な学生が多い印象でした。
これは私の勝手な見解ですが、長野は広く、小規模の中学から進学してくる学生も少なくありません。小規模ということは、先生がしっかりと一人ひとりを見てくれるため、学び残しがない。こんな環境で育つから、真面目で素直な学生が多いのではないでしょうか。
香川高専はスーパー高専として再編された高専で、高松と詫間の2キャンパスがありました。うどん県と自称するだけあり、うどんの好きな大らかな学生が多かった印象です。
明石高専は「高専のトップ」と称する人がいるのも分かるくらい、想像以上に優秀な学生ばかりでした。もし学生時代の自分がこの中にいたとして、ここまでの猛者たちと渡り合えただろうか……と思うほどでしたね。
文系の学生にIT業界の選択肢を
―先生が感じるAIの魅力は、どこにありますか。
AIは極論、「ツール」でしかありません。例えば、2022年に公開されて以降、大きな話題を呼んでいる「ChatGPT」は、リアルな最新情報を知りません。すなわち、予想外のことには答えられない。知っている知識はAIというツールを使って解決し、それ以外の部分で人間が付加価値を出したら良いのだと私は考えています。
よく「AIに仕事をとられる」という声が聞こえますが、自分の“相棒”として考えてみてはどうでしょうか。何もかもを便利にしてくれて、自分の身の周りの手助けをしてくれる心強い存在——それが、AIなのです。
―現在の、研究以外の活動を教えてください。
大学では、文系学生のIT業界への就職支援に力を入れています。さまざまなIT系のイベントに学生を連れて行き、「文系だから」と初めから選択肢を狭めてしまわないよう、IT業界の実情を知ってもらいたいからです。その一環として、神戸市の地域ICT推進協議会(COPLI)を通じた学生イベントの企画なども手掛けています。
今、IT業界は文系の学生を欲しています。なぜなら「ChatGPT」などの生成AIを使いこなすには、語学系の学生の文章力が重要だからです。もちろん、ただ「文章が書けます」だけでは強みにならないので、IT技術の知識も習得できるよう、学生に指導しています。実際に、“超”がつくほどの文系だったのに、今はIT企業の開発部門でプログラムを書いている卒業生もいます。
―高専を目指す中学生にメッセージをお願いします。
高専の学生は地頭が良い人が多く、きっかけを与えれば学生同士で切磋琢磨しながら技術力を上げていく印象を強く持っています。我々教員もそれなりの知識や技術がありますが、若さならではの吸収力やそのスピードは桁違いです。
技術に特化した学校であるからこそ、そうした分野に興味がある中学生にはぜひ受験をしてもらいたい。ただ、印象だけで受験をするとミスマッチを起こす可能性が高いので、必ずオープンキャンパスや学園祭に参加し、進学を希望する高専の雰囲気を知ってから決断することをおすすめします。
奥村 紀之氏
Noriyuki Okumura
- 神戸松蔭女子学院大学 人間科学部 都市生活学科/情報教育センター 講師
2003年3月 同志社大学 工学部 知識工学科 卒業
2005年3月 同志社大学大学院 工学研究科 知識工学専攻 博士前期課程 修了
2008年3月 同志社大学大学院 工学研究科 知識工学専攻 博士後期課程 修了
2008年4月 長野工業高等専門学校 電子情報工学科 助教
2012年4月 香川高等専門学校 情報工学科 助教
2015年4月 同 専任講師
2016年4月 明石工業高等専門学校 電気情報工学科 専任講師
2018年4月~2020年12月 大手前大学 現代社会学部 専任講師
2018年6月~2020年12月 株式会社ポコアポコネットワークス 技術顧問
2019年4月〜2020年12月 株式会社グローカルアイ 技術顧問
2021年1月 大阪市立大学 健康科学イノベーションセンター スマートライフサイエンスラボ 特任講師
2022年4月より現職
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