教員歴36年のベテランで、学生の信頼も厚く、面倒見の良さに定評がある小山工業高等専門学校の山下進先生。モットーは学生たちと「とことん付き合う」こと。高専での機械工学の研究を通じて、地域や社会に役立つ取り組みや活動を、学生たちと考え続ける山下先生にお話を伺いました。
恩師の後押しで数学教師を志した大学時代
―数学の先生を目指す中で、高専で教鞭をとることになった経緯についてお聞かせください。
高校くらいまで、人前で話すのは嫌いではなかったのですが、得意ではありませんでした。そうした私の性格を高校時代の担任の先生が見抜いたのでしょう、クラス委員をさせられたんです(笑) そのおかげもあり、人前でしゃべることが割と平気になりました。
数学は昔から好きでした。高校2年の担任が数学の先生で、数式をすらすら黒板に書いて説明している姿がすごくかっこよくて、「将来、数学の先生になれればいいなあ」と考えはじめました。将来自分の進むべき道が、そこではっきりしたような感じですね。 大学・大学院は、日本大学の生産工学部 数理工学科へ進みます。数理工学科は物理数学コンピューターを中心に勉強するところでしたが、唯一、数学の教員免許が取得できる学科でしたので進学を決めました。
数学の教師を目指して、埼玉県の県立高校や私立高校の教員採用試験を受けたんですが、なかなか縁がありませんでした。どうしようかと思っていた時に大学の指導教員から「栃木県の小山高専を受けてみたらどうか」という話をいただきました。
就職浪人して高校教員試験にチャレンジするか、高専の募集に応募するか、すごく迷ったんですね。実は高専のことは、よく知らなかったんですよ。埼玉県には高専がなかったので、「普通の専門学校」だと思っていました(笑)
よく調べると、中学校卒業後に5年間学ぶ理工系の学校ということを知り、「高専でも数学を教えることができるんじゃないか」と思いました。高専だったら応用数学だから、大学院で研究してきた内容を引き続き生かせるのではないかと考えたんです。
そしてご縁あり小山高専に採用していただくのですが、「機械工学科」での採用でした。一般科目の数学を教えたかったので、「やっていけるのかな」と最初は不安がありましたね。
最初の授業はすごく緊張しました。教壇に立ってみて初めて高校時代の数学の先生の気持ちがわかりました。ただ、カッコイイだけじゃないんだなって(笑)
機械工学を生かした3つの研究テーマで、地域や社会へ貢献
―高専では機械工学を生かしたユニークな取り組みをされています。研究内容をお聞かせください。
学生たちには、ものづくりに興味をもってもらう研究テーマにしたほうがいいのではないかと考えていました。ここ10年ぐらいは3つのテーマに絞って、製品開発やものづくり、乗り物の運動解析というものをやっています。
1つ目は「葉物野菜調整装置」というものです。葉物野菜とは、ほうれん草とか小松菜とかニラとかですね。栃木県はニラの生産量が全国2位なのですが、葉物野菜の中でニラは出荷するまでの調整が一番大変なんです。
農家の方から、「半自動化というか少し楽に調整ができるような装置をつくってもらえないか」という相談を受けました。通常であれば農家さんだけが使うものなんですが、その農家の方が福祉関係の仕事もしている方で、知的障がいを持った方の就労支援をされていました。
その話を聞いて興味を持ち、4~5年前から設計をして形にしていくというようなことを始めました。将来は事業化して、農家さんの労力軽減と、知的障がいを持った方に使ってもらうことで就労支援をしていくことを目的とした研究に、今一番力を入れているところです。
2つ目の研究は「小型ACVの運動特性の解明」というもので、災害救助やイベントでの安全利用が目的です。ACV(エアー・クッション・ビークル)は、一般的な言葉でいうと「ホバークラフト」のことですね。水陸両用の乗り物です。
学生から研究の相談を受け、「ホバークラフトっていう水陸両用の乗り物があるんで、それをつくってみたらどう?」という提案をしました。まったくゼロから手づくりで始めましたが、学生はもうやる気満々で乗ってきましたね。
さらに部活だけでなく、卒業研究として運動特性に着目しました。水陸両用ですからタイヤもないし、ブレーキもない、非常に操縦は難しく、思い通りに動かすことができないんです。そういうものを卒業研究にしてみたらと考えました。
さらに地域のいろんなイベントに持ち込んで、地域の人たちに乗ってもらい、ホバークラフトの魅力とものづくりの面白さを伝えるこができないかとも考えました。また災害時の救助用にホバークラフトが使えないか、そうした2つの目的で研究をやっています。
3つ目は「福祉機器の安全性評価」という開発です。私が地域共同センターというところの仕事をやっていた時に、地元にある自治医科大学とか国際医療福祉大学での研修やフォーラムに参加して、医療福祉にちょっと興味を持ったことがきっかけです。
そこで国際医療福祉大学の先生と知り合いになり、福祉機器に関する共同研究を今も続けています。義足のような義肢とか、装具ですね。ちゃんと安全に事故なく使えるようにするための、いろんな試験をやるわけです。
いかに壊れず使えるかという試験、かつ安全に使うための試験評価をやったり、「新しい福祉機器があれば便利ではないか」ということを考えたりしました。特に手動車いすは、坂道や段差の乗り越えが大変なので、使う人が楽に操作できないかを研究テーマに、卒業研究としてやっているところです。
この3つの研究はまったく違う分野なんですが、すべて地域や社会に貢献できる内容だと思っています。当初、研究室の専門分野はコンピューターシミュレーションだったんですが、最近では研究室の名前も支援や補助を視野に「支援工学(Assistive technology)」という名称にしています。
高専での36年の教員経験を生かし、学生たちとは「とことん付き合う」
―高専でのご活動や取り組みについてお聞かせください
大学への編入学を目指している学生に対して、数学の対策講座を年に25回程度行っています。最近は進学したいという学生が半分ぐらいいるんです。赴任した当時は1~2割でしたが、現在は5割ぐらいが国立大学、専攻科も含めて進学しています。
そこで昔からの夢だった「数学を教えたい」という思いがあり、正課でない補習授業だから堂々と数学を教えられるだろうと、編入学試験対策として数学を教え始めたんです。まあ自分が好きだっていう事もあったんですが(笑)
そのほか学習支援室員として、学生への学習支援活動や質問等の対応もしています。学習支援室の仕事は、大学への編入だけじゃなく、日々の授業とかでわからないことの質問などを受けるような仕事もやっています。
キャリア支援活動は、会社見学会・OBによる会社説明会を実施していて、今年度4つの企業への見学会と4社OBを高専に招き説明会を実施しました。大学に編入する学生も最終的に就職しますから、すべての学生に対しての支援の意味もあります。
―写真部や機械工作研究部の顧問もされていますね。
写真部は、写真の魅力を伝える活動として、赴任して36年間ずっとやっています。もともと自分の趣味だったんですが、写真の面白さを伝えたいなと始めました。デジタルが盛んですけど、写真の原点であるフィルムによる撮影・現像・印画紙への焼き付けをしています。
また、撮影旅行を企画し、撮影技術の向上と部員同士のコミュニケーションを深めています。コロナの関係で部活も制限されていますが、「撮影旅行に行けるから入ったんだ」っていう部員も多いので、今後なるべく行きたいなと思っています。
機械工作研究部は、学生に達成感と、ものづくりの大切さを伝えることが目的です。今年度、小山市からの依頼で国体のカウントダウンボード製作とロールス・ロイス サイエンスキャンプへ参加しました。今後は、スターリングテクノラリーへの参加、ミニ四駆実車版の製作、燃費競技会への参加、地域イベントでの活動を予定しています。
―学園祭の企画「ローラーコースタープロジェクト」についてお聞かせください。
「ローラーコースタープロジェクト」は3年目を迎えました。最初、機械工学科3年生の担任クラスにローラーコースターのチームリーダーがいて相談を受けました。学校から「学園祭で人を乗せて走らせるのは危険だからダメ」と宣言されていたんです。
何とか人を乗せて走らせてあげたいと、複数の教員から技術的なアドバイスをもらって、「これだったら人を乗せても問題はない」と、学校側に提言しました。そして3年目の今年、「学園祭で一般のお客さんを乗せる」という目的がやっと達成できました。
一生懸命頑張っている学生に対してはとことん応援したいと思っています。今回6人の学生が中心となって、念願だったお客さんを乗せることが実現できました。今後も製作したローラーコースターの有効利用に対して先生方と協力し、応援していきたいと思っています。
―最後に、高専の魅力と未来の高専生に向けてメッセージをお願いします。
高専は5年間かけて、ゆっくり勉強なり研究なりができるところだと思います。自分が本当に興味を持ったことをやりたいのであれば、必ずそういうことができる機会はあると思うんです。特にものづくりに興味がある学生さんに非常におすすめのところだと思います。
高専は就職も良いし、進学も頑張ればできる。自分が希望する道へ進むには非常に良い環境だし、設備もある。そういう体制が整っていると思います。学校としてももっとPRをして、優秀な方に来てもらい、自分の好きなことができるように導いてあげたいと考えています。
なかなか自分が好きなことが見つからない方でも、高専に入ってからいろんなことを勉強して、自分の興味あることを発見することはできると思うんですね。いろんなことを経験して、自分の好きなことを見つけてください。高専はその両方ができるところだと思います。
山下 進氏
Susumu Yamashita
- 小山工業高等専門学校 機械工学科 教授
1985年 日本大学 生産工学部 数理工学科 卒業
1987年 日本大学 大学院生産工学研究科 数理工学専攻 修了
1987年 小山工業高等専門学校 機械工学科 助手
1995年 同 講師
1998年 同 助教授
1999年 長岡技術科学大学 機械系 講師
2001年 小山工業高等専門学校 機械工学科 助教授
2007年 同 准教授
2019年より現職
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