
岐阜高専を卒業した後、大学、民間企業での勤務を経て、現在は豊田高専で准教授を務める大畑卓也先生。当初は教員になることはまったく考えていなかったそうですが、恩師からの「恩返し」という言葉に導かれるようにこの道を進むことになりました。そんな大畑先生が思い描く未来とは。
希望が持てないまま高専へ
―岐阜高専に進学したきっかけを教えてください。
県立高校に行くつもりで考えていましたが、中学の先生から「いきなり本番に挑むのではなく、試しに受験をしてみたほうがいい」と勧められたのが岐阜高専でした。すると、思わぬ合格という結果に。どうしようか悩んだのですが、せっかくだし自転車でも通える距離だし……という単純な理由で進学を決めました。
実は当時、「ノストラダムスの大予言」で地球は滅亡するものだと信じ切っていて、「2000年問題」が世間を賑わせていたこともあり、将来に希望を抱いていなかったんです。夢のないことを言ってしまいますが、「とにかく高校は行っておかないと」という感じで、将来の目標は特に持っていませんでしたね。
―実際に高専に進学してみていかがでしたか。
正直に言うと「間違えた!」と思いました(笑) 何せ、当時は女子学生がほとんどいない、おまけに授業スピードも速く、何もかもが中学校とは違って衝撃でした。成績も下から数えたほうが早いくらいで……。でも、「入ったからにはここでやるしかない」と決めて、何とか食らいつきました。
一方で、何でもやらせてもらえるありがたい環境でもありました。ボランティア活動に興味があった私が国体のサポーターや地域のまちおこしなどに参加したいと言うと、複数の先生方がすぐに動き、参加できる手筈を整えてくださりました。
高専で働く先生方はネットワークが幅広いからこそ実現できたのだと思っています。普通高校だったら、さまざまな制約などが邪魔をして、ここまで自由に動けなかったかもしれません。その点でも、高専に行って良かったと思っています。
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―卒業後は岐阜大学に編入していますが、その理由を教えてください。
高専入学時は民間企業に就職するつもりでいました。ところが、就職活動に励んでいた頃は就職氷河期真っ只中。「就職に強い」と言われる高専でさえ、当時はなかなか採用がもらえなかったのです。大手企業の最終面接まで進んでも、「大学生になってから、また来てください」と言われる始末。そこで、大学進学を考えました。岐阜大学を選んだのは、これもまた通える範囲だったからです(笑)
大学では、コンクリートの耐久性などを追求する研究室に所属しました。高専時代は構造力学について研究していたこともあり土木関連に興味があったこと、何より、所属している先輩方の多くが留学に行っていたことに惹かれたからです。実際に、私も南アフリカ共和国や韓国などさまざまな国に足を運びました。自分の目で見なければわからないことがたくさんあり、大学に進学した価値を実感しましたね。
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その後は就職氷河期から一転し、スーパー売り手市場に。私も48社中45社から内定をいただき、就職する気満々でした。ところが、当時お世話になっていた先生から声をかけてもらったことで引き続き研究を続けようと思い、大学院への進学を決めました。
先生を尊敬していたからもありますが、何より研究が楽しかったんです。私が研究に携わったコンクリート素材を使うことで街の課題が解決され、地域の方々が喜ぶ姿を見るのが何よりうれしかった。これぞ土木の研究に関わる醍醐味だと感じました。
土木業界を経験したからこそできること
―修士課程修了後はジェイアール東海コンサルタンツに就職されていますが、決め手は何でしたか。
博士課程に進むことも考えましたが、再び就職氷河期が訪れ……博士号を取得しても働き先がないかもしれないと思い、就職を決意した次第です。ジェイアール東海コンサルタンツは鉄道施設を中心に、土木や建築分野の調査・計画・設計などを手掛けていることもあり、惹かれました。
ありがたいことに、社内では花形と言われる設計部門に就き、やりがいに満ちていました。一人当たりの仕事量が非常に多く、ハードな環境ではあったものの、給与は高かったですし、一切不満はありませんでしたね。また、在籍中に社会人博士号を取得することにも成功しました。
ところが、勤務して7年が経った頃、恩師から「豊田高専のポストが空くから、働いてみないか」と連絡をいただいたのです。「君もそろそろ恩返しをする頃なんじゃないか」と言われ、心が揺れました。でも、確かにそうだなと思う一方で、自分に教員が務まるとはとても思えなかった——そこで、大学の先生に相談すると、「意外と向いているのではないか」と背中を押していただき、教員の道に進むことを決めました。
正直に言えば、それまでは教員になろうと考えたことなんてありませんでした。「恩返し」という言葉が頭から離れずに今に至っています。
―現在の研究内容を教えてください。
コンクリートに関する研究は現在も続けていますが、高専だからこそできた研究を一つご紹介します。
2018年、近隣の小学校に通う1年生が、熱中症で死亡するという痛ましい事故が発生したのを覚えているでしょうか。この報道を受け、情報工学科の早坂先生と学生とともに、顔画像から熱中症リスクを判定するAIを開発しました。このシステムはDCON2022で企業賞を受賞し、株式会社ポーラメディカルより「カオカラ」という製品として販売され、小中学校から介護施設、建設現場などで現在も活用していただいています。
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昨今、私のメインフィールドである土木分野でも、作業員が熱中症に罹患することが増えていますから、こうしたシステムの開発に携われたことは非常に感慨深いですね。やはり、多くの人の役に立つものをつくって社会実装されることは何よりのやりがいです。
今後は、この成果を糧に、熱中症リスク判定に限らず建設業界でAIが浸透できるような研究ができたらと考えています。インフラを守るためにも、AIはきっと大きなキーワードだと思いますから。
起業に興味があれば、高専へ!
―学生に指導する上で心がけていることはありますか。
高専生時代、自分自身がのびのびと自由に過ごしたので、学生たちにもそうあってほしいと願っています。好きなことや興味のある分野を伸ばし、一緒に伴走し、楽しく勉強や研究ができる環境をつくることが私の役目だと思います。
大事にしていることは、主役はあくまでも学生であるということです。例えば、学生たちとの研究で何かを受賞した場合、表に出るのは学生であってほしい。私は一歩引き、後ろから学生を見守る存在でいたいと常々思っています。
―今後、高専で取り組んでみたいことはありますか。
豊田高専をはじめ、現在は全国的にアントレプレナーシップ教育に力を入れています。新しい会社が生まれると、経済活動は活発し、雇用も創出されるでしょう。さらに、既存の業界の新陳代謝も促されるので、経済成長の原動力にもなるはずです。つまり、今後の日本がさらに発展していくためには起業家がどんどん生まれていくことが必須なのです。ですから、アントレプレナーシップ教育は今後も大切にしていきたいと思っています。

また、高専の魅力を伝えていくことにも注力したいですね。豊田高専は、近隣の高専と比べると毎年倍率が高いんです。それは、活躍している卒業生が多く、その魅力をうまく発信できていることが大きな理由ではないかと考えています。こうしたノウハウを他の高専とも共有しあい、願わくは他校同士で高め合っていきたい。これこそが恩師から言われた「恩返し」にもなるのではないかと思っています。
―最後に、高専を目指す学生にメッセージをお願いします。
最近は「YouTuberになりたい」と言う中学生も増えている印象です。周囲の大人から反対されることもあるかもしれませんが、自分の事業として仕事をしていくわけですから、YouTuberも立派な起業家です。
近年は、起業を考えている高専生も増えてきました。「将来は起業したい!」という中学生は、ぜひ高専を目指してください。高専には起業して事業を展開するための技術とスキルを学ぶ環境が整っています。
大畑 卓也氏
Takuya Ohata
- 豊田工業高等専門学校 環境都市工学科 准教授

2006年3月 岐阜工業高等専門学校 環境都市工学科 卒業
2008年3月 岐阜大学 工学部 社会基盤工学科 卒業
2010年3月 岐阜大学大学院 工学研究科 博士前期課程 社会基盤工学専攻 修了
2010年4月 ジェイアール東海コンサルタンツ株式会社 土木事業部
2016年3月 岐阜大学大学院 工学研究科 博士後期課程 生産開発システム工学専攻 修了
2017年4月 豊田工業高等専門学校 環境都市工学科 講師
2023年4月より現職
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